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小説「15歳の傷痕」71~元カレの彼女

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― Diamondハリケーン ―

「じゃあ上井、森川さんと付き合うことになったん?」

俺が森川さんと付き合い始めた翌日の放課後、生徒会室へ立ち寄ったら山中が丁度来ていたので、昨日の顛末を話し、告白し合ってカップルになったことを報告した。

「そういうことなんよ」

「そうか!おめでとう、上井!長いこと苦しんだもんな。森川さんなら、お前にピッタリだよ」

「これから山中に相談する時は、どう女の子と付き合えばいいか?とかで相談すると思うけど、よろしくな」

だがその裏の若本との因縁については、山中には言って無かったので、触れずにいた。

「俺が考えてた、体育祭の日に上井と森川さんをカップルにする計画も、不要になったな。いや、めでたい」

「体育祭の日に考えてた計画って、どんな計画?」

「まあ簡単に言えば、あるタイミングを見計らって、生徒会室でお前と森川さんが二人切りになる状況を作って、告白をさせてやろうと思ってたんよ」

「そうなんやね、ありがとう」

「でももう、ほっといても二人切りになるよな、お前なら」

「なんじゃ、そりゃ」

とりあえず山中に報告出来たことで、一安心した。
あと厳密には、若本にも言わないといけないのかと思ったが、昨日森川さんと、成り行きに任せようと決めたので、同じクラスの彼女達に任せることにした。

とは言うものの、やはり若本と森川さんの関係は気になる。
これまでとは違い、森川さんは俺が守るべき彼女なのだから…。

とりあえず森川さんとは帰る方向が逆なので、帰りに下駄箱で待ち合わせて、校門までの僅かな距離を一緒に帰ることにし、その間にお互いの今日の出来事とかを喋ったりすることにしていた。

今日はまだ生徒会室での仕事もないので、俺は下駄箱へ向かった。

「上手くやれよ〜」

という山中の声を背中に受ける。山中が味方に付いてくれたのは、百人力だ。

下駄箱に着いたら、ヒョコッと小さく手を振りながら、森川さんが顔を出してくれた。

「早かったね!」

「はい!6限目が終わったら、すぐ下駄箱に来ちゃいました。エヘヘッ」

満面の笑顔で俺を待ってくれていた。彼女が出来たんだなぁ…と実感した。

「じゃあ、ほんの少しだけど…」

「はい!一緒に歩きましょう」

俺は気になっていたことを尋ねた。

「今日はどうだった?1日、無事だった?」

「無事でしたよ?先輩、何かアタシのことを心配してくれてますか?」

「ま、まあね。若本と何か話したかな?って思って」

「若本さんですか?今日は何も話してないです。先輩との約束通り、アタシからは特に何も言わないことにしてます」

「そっか。雰囲気も、いつもと変わりない感じ?」

「はい。当分はこんな感じじゃないかな、って思ってます」

と話していたら、もう校門に着いてしまった。

下駄箱から校門までだと、短すぎる。

「先輩、もうバイバイの時間です…。短すぎて、寂しいな」

「本当だね。何かいい方法ないかな…。あ、お昼を一緒に食べるの、どう?」

「わあっ、いいですね!先輩と一緒にお昼ご飯、楽しそうです」

「じゃあさ、明日は土曜日じゃけど、4時間目が終わったら、屋上で待ち合わせて、お昼ご飯、一緒に食べない?」

「はい!屋上ですね。楽しみです〜。早く明日のお昼にならないかな」

「じゃ、約束だよ」

俺は小指を立て、森川さんと小指を絡ませ、約束を交わした。

「また明日ね、森川さん…じゃなかった、ゆ、ゆっ、裕子」

「先輩、まだ慣れてない〜。早くアタシのことを、裕子って気楽に呼んで下さいね」

「うん。頑張るよ」

「じゃ、また明日…。先輩、昨日お約束したアレ、やって下さい!」

「えっ、は、恥ずかしいな…。でも約束だもんね」

俺は森川さんの頭を、ポンポンと軽く2回叩いた。いや、叩いたというのも語弊がある。撫でる位の触れ方だった。これを、毎日別れ際にしてほしいというのが、森川さんの願いだったそうで、昨日から俺は実行させられている。

「わあい、先輩にヨシヨシされてるみたいで嬉しいです。元気が出ます!」

「じゃあね。明日の昼休み、待ってるからね」

「はい!アタシも楽しみです。では…先輩、バイバイ!」

「じゃあね、バイバイ!」

俺は森川さんの背中を見送りつつ、何度か俺の方を振り向いてくれる度に大きく手を振った。
別れ際には、サヨナラではなく、バイバイと言い合うことを、俺から言い出した。対等な関係でいたいからだ。
完全に視界から森川さんが見えなくなってから、宮島口駅へと歩き始めた。

彼女が出来たってだけで、こんなに気持ちが違うんだな。

俺は中3の夏に、神戸さんと両思いになった時のことを思い出していた。

あの時も思いが届いた日は夜も寝付けず、いつデートに誘おうかとか、何をプレゼントしたら喜んでくれるかなとか、毎日毎日神戸さんのことばかり考えていた。

それが次第に、どう付き合えば良いか分からなくなり、起死回生にと思った誕生日プレゼントが逆にとどめを刺す形になり、フラレたのだった。

今回は同じ轍を踏む訳にはいかない。
ましてや相手は約1年間、ずっと俺のことを一途に思ってくれていた女の子なのだ。
大切に、なおかつ積極的に付き合えるよう、頑張らなくては…。

吹奏楽部を引退したら、中3の時のように魂が抜けてしまうのではないかと思っていたが、彼女が出来たという喜びが、吹奏楽部引退の寂しさを補ってあまりあるほどだ。

そんなこんなでついついニコニコしながら歩いていたら、唐突に後ろから声を掛けられた。

「上井くん!」


俺のことをミエハルではなく、名前で呼ぶ知り合いは限られている。
予想通り、そこにいたのは神戸千賀子だった。

「あれ、神戸さん。大村は?」

「彼は今日は予備校なの。2学期になって受講時間が早くなったっていって、高校から直接行ってるんだ」

「じゃあ、下校時間名物の、大村と一緒の下校は、回数が減るの?」

「何よ、下校時間名物って!まあでも、多くの人に見られてるのは…分かってるから…」

「なんか寂しげだね。やっぱり大村がいないと寂しい?」

「んー、どうなのかなぁ。よく分かんない。あ、上井くん、コンクールお疲れ様」

「ありがとうね。でもコンクールも、夏休みに結構情熱燃やしてたのに、銀賞であっさり終わって引退したじゃん。なんかやり残し感が強いんよね。客席で聴いてて、どうだった?」

「そうね、演奏は前も言ったかな…。全体的に焦っとるように感じたよ。他にはアタシは…クラと、上井くんを中心に見てたよ」

「そんな、照れるじゃん」

俺は本当にちょっと照れてしまった。

「上井くんがバリサクを演奏する姿を客席で見るのは、1年生の時のアンコン以外だと初めてだし、その時はまだこんなに仲直りしてなかったから…」

「そ、そう?まあ、そうなるね」

「だから、その点では新鮮だったかな。先生の指揮する後ろ姿とかも」

「でも客席で見てたら、やっぱり演奏したい!って思わんかった?」

「それは思うよ〜。ウズウズしちゃった。あの時、みんな同じ事言ってたもん」

「大村や村山も?」

「そうよ。広田のフミちゃんもだし、大田くんもだし」

「なんだ、みんな本当はコンクールまで出たかったんじゃん!」

「結局そうなるね、アハハッ」

「でももう1回、あの4人組で、練習の息抜きにプールに行きたかったな~」

夏休みの部活が8月に入ってからお盆しか空いてなかったので、最初はお盆休みに前と同じ4人で、今度はチチヤスプールに行かない?と話していたのだが、大村もその時は予備校が休みとのことで、ガッチリとデートを入れられてしまって、神戸さんを誘えなかったため、話が流れてしまったのだ。

「そうだね…。太田ちゃんとも話してたんよ。太田ちゃん、2回目に備えて、ビキニ買ったんだって」

「えっ、そうなん?」

太田さんのビキニ姿…。スレンダーな姿にビキニ…。思わず妄想してしまった。

「あー、絶対に今、上井くん、太田ちゃんのビキニ姿想像しとったじゃろう~」

「えっ、いや、その…。想像しないわけないじゃん!」

「開き直っとるしぃ。でも、それを着る機会が無くなったって、ちょっと残念そうだったよ」

「そうだろうね。女子の水着って、結構高いじゃん。で、来年になったら違うデザインが流行ったりして。その点は女子は大変だなって思うよ」

「都会なら、9月でもレジャープール開いてるのにね。ナタリーやチチヤスがもう少し開いてれば良いのにね」

と、まだまだ残暑厳しい帰り道を歩いていたら、多分今日一番俺に聞きたかったであろう質問を、ぶつけられた。

「ところで上井くん…」

「ん?」

「もしかしたら、彼女が出来たの?」

「えっ、なんで知ってるの?」

俺はちょっと…いや、かなり動揺した。まだ山中にしか、正式には伝えてないのに。

「やっぱり…。なんでと言われても、校門でいつまでも女の子に手を振ってるんだもん。そんなことするのは彼女さんぐらいじゃない?」

「げっ、そんな場面、見られてたんじゃ。恥ずかしーっ」

「恥ずかしがらなくても良いのに。でも、良かったね。アタシが言うのはおかしいんだけど…」

「ハハッ、でもそんなことを言ってもらえるようになれたのは、嬉しいよ」

「そうだね、仲直りしてなかったらこんなこと言えないし。ね、あまり深くは聞かないけど、どんな女の子なの?」

「自分で言うのもメッチャ恥ずかしいんだけど、去年の体育祭で俺のことを見掛けて、好きになってくれたんだって。それで、俺に近付きたくて、俺が山中に引っ張られて生徒会役員候補になった時、立候補して生徒会に入ったほどで…」

「凄いじゃん!その子の思いが、上井くんに伝わって、付き合うことになったの?」

「正式に付き合い始めたのは、昨日だよ」

「えーっ?まだ付き合い始めたばかりなの?ホヤホヤなんじゃね~。同学年?」

「2年生。1つ年下だよ」

「へぇー、やっぱり上井くんって昔から、後輩女子にモテるんじゃん」

「中学の吹奏楽部の話?あれもね、噂だと思っとったけど…。でも誰も何のアクションも起こしてくれんかったからなぁ」

「だって…。中3の時は、一応アタシ達、付き合ってたじゃない。だから誰もアクションを起こさなかったし…起こせなかったんだと思うよ」

「そうかぁ。まあそれも人生ってことなのかなぁ…」

「その分、引退アーチの時、アタシがいくら待っててもなかなか上井くん、出て来なかったじゃん。ちょっと覗いたら、上井くん、後輩の女の子から握手攻めに遭ってたじゃん。アタシ少し嫉妬したんだから…」

「そうだね、そんなこともあったなぁ。懐かしいね、中学の頃が…」

その内、宮島口駅に着いた。


「じゃ、年下の彼女さんと仲良くね。バイバーイ」

「じゃあお先に…」

上井が一駅先に玖波駅で降り、神戸千賀子はもう一駅先の、大竹駅まで列車に乗る。

その一駅約5分、神戸は一人で上井と話しながら帰ったことを思い返していた。

(上井くんに…後輩の彼女か…)

上井が恋愛面で、高校に入ってからずっと酷い目に遭っていたことを知る神戸としては、良かったねと思う反面、心のどこかでモヤモヤしたものを感じざるを得なかった。

和解後、土砂降りの中を上井と2人でタクシーで帰り、運転士さんにカップルと間違われたこと、太田に誘われてプールに行き、上井に生涯初めてのビキニ姿を披露したこと、その帰り道に一瞬だが手を繋いだこと…。

この夏、大村と何度か出掛けはしたが、ややマンネリ化した大村とのデートよりも、上井と過ごしたその2回の出来事の方が、神戸には鮮明な思い出として残っていた。

(アタシってやっぱり、上井くんのことが…)

その内列車は大竹駅に着き、神戸は下車した。N高やH高の生徒も結構乗っていた。

上井につられて列車の最後尾に乗っていたので、先の車両に乗っていたお客さんがよく分かる。

ふとその中に村山がいることに気が付いた。背が高いから後ろから眺めていると、よく分かる。
神戸はちょっと小走りに村山を追いかけ、声を掛けた。

「おぉ、神戸さん。同じ列車だったんじゃ?」

「うん。上井くんも玖波まで一緒じゃったんよ」

「え?上井もおったんじゃ。気付かんかったなぁ。まあ、俺はギリギリこの列車に飛び乗ったからかもな」

「最近、上井くんとは一緒じゃないの?」

「そうじゃね、あえてアイツと打ち合わせて時間も合わせて一緒の列車で登下校って年でもないと思って。偶々同じ列車になれば、一緒に喋るけど」

「じゃ、上井くんの最新情報は知らない?」

「最新情報?コンクールで引退したくらいしか知らんけど…」

「じゃ、アタシの方が先に知ったんだね」

「何々?アイツに何か起きたん?まさか彼女でも出来たとか?」

「わ、流石親友、一発で当てたね。そうなの、上井くんに彼女が出来たんよ」

「水くさいなぁ、俺に教えてくれてもええのに…」

「いや、本当にまだ付き合い始めたばっかりなんだって。昨日付き合い始めたばかりだって言ってた」

「そうなんじゃ。じゃあまだ俺に今学期になってあいつに会っとらんけぇ、まだ分からんでもしゃーないんか」

「アタシも、偶然分かったのよ。高校から帰る時、校門で女の子に手を振ってる上井くんを見掛けてさ。問い詰めたら、昨日できた彼女だって…」

「ふーん。詳しくはまたアイツに聞いてみるとして…。神戸さんは?大村と一緒に帰ってるんじゃないん?」

「あの人、予備校通いが忙しくなって、今日も高校からすぐ広島駅に直行してるの」

「ほうなんじゃ。神戸さんは?大村のことじゃけぇ、一緒の予備校に通おうとか言われとるんじゃないん?」

「…まあね。でもウチの母、あまり大村くんのことを認めてないんよね。だから予備校とかに通うんなら、彼の影響とは無関係な塾を探しなさいって言われてて。とりあえず今は、国立の推薦狙ってるから、親戚の伯父さんに小論文を見てもらってるんだ」

「頭のええ親戚がおるんじゃね。進路かぁ…。まだボンヤリしとるけど、そろそろちゃんと決めなくちゃいかんよね」

「そうよ、村山くん。せめて志望校はいくつか絞っとかないと」

2人は改札を出た。
村山家と神戸家の方角は一緒なので、2人はしばらく話を続けながら歩いていた。

神戸は、上井に彼女が出来て動揺した、という話を村山に切り出そうかどうか迷っていたが、意を決して切り出した。

「ねえ村山くん、あのさ…」

<次回へ続く>


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