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小説「15歳の傷痕」56

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- GO AWAY BOY -

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(上井くんに告白しちゃったようなものだけど…これからも仲良くしてくれる?)

やや暗くなりかけた3年7組の教室内で、大谷さんは顔を真っ赤にしながら、精一杯の言葉を俺に対して言ってくれた。

答えは明日まで待って…等とは許されない。

しかし大谷さんの真意は、恋人としてなのか、男女を超えた友達としてなのか、今一つ見極められない俺がいる。

慎重に言葉を選びながら、俺は大谷さんを再び傷付けないよう、目を見てゆっくり答えた。

「まずは…っていう言い方もおかしいけど、前みたいに気楽に話とか出来る関係…。友達?いや、友達よりちょっと上?みたいな感じでも大丈夫?」

大谷さんは俺の答えをしっかりと聞いた上で、こう返してくれた。

「嬉しい…。アタシ、上井くんに、もう話したりするのはやめようって言われたらどうしようと思って、凄い緊張したの。良かった…」

俺はとりあえずホッとした。

「俺、大谷さんとたまに喋れたら、凄い癒やされるんだ」

「えっ?アタシなんかとのお喋りで?」

「うん、そうだよ。大谷さんは優しいし、いつも俺みたいな男のことを気遣ってくれてる。そんな女子のクラスメイト、いないもの」

「そう言われると照れちゃうけど…」

「だからこそ、無視されてた2週間ほど?は、凄い辛かったよ」

「…本当にゴメンね。アタシの勘違いで…」

「でもH高の不良女子って、そんなに怖く見えた?」

「アタシにはね…。異次元の世界だから、あんな人は」

「そっか、そうだよね。でも先生から聞いたと思うけど、俺はあの子を立ち直らせるつもりなんだ。向こうにしたら余計なお世話だろうけど」

「ミエハルくん、本当に優しいんだね。H高の不良の女の子を、いくら中学の同級生だからって、手を差し伸べて上げるんだから。それに…」

「ん?それに…なに?」

「一度はミエハルくんのことを嫌いにならなきゃって、勘違いで思い込んで、ワザと無視してたアタシのことを、許してくれて…」

大谷さんは再び涙ぐみ始めた。だが、いつの間にか俺の呼び方が、上井くんから、ミエハルくんに戻っていたのを、俺は聞き逃さなかった。少し、関係が戻ってきたかな?

「俺は…無視された原因が分からなかったのが、一番辛かったよ。だから末永先生が、俺の成績が急降下したのを、何かあったのか?って気に掛けてくれなかったら、多分今も大谷さんとは喋れてないよね」

「……」

大谷さんは、俺が渡したハンカチを握り締め、時折溢れる涙を拭いていた。

「でも末永先生には敵わないよね。俺、1年生の時から助けてもらってばかりだよ」

「アタシはね、ミエハルくんが許してくれたのが、本当に嬉しいし、反面、信じられないの」

「なんで?」

「だって、期末テストの成績をガタガタにした犯人だよ、アタシ。もっと大谷、お前のせいで!って怒ってくれてもいいのに。ミエハルくんはアタシなんかと喋れて癒やされるなんて言ってくれる…。なんて優しいの、ミエハルくんは…」

「大谷さん…」

しばらく沈黙の時間が流れた。そして意を決したように大谷さんは言った。

「アタシ、ミエハルくんのことを好きでいてもいい?」

「えっ?」


かなり外は暗くなってきた。

俺は結局部活には間に合わなかったので、教室で大谷さんに目を瞑ってもらっている間に体操服から制服に着替え、そのまま大谷さんと一緒に帰ることにした。

「暗くなってきたけど、暑いよね〜」

「本当に!このままだと、12月頃には最高気温が50℃位になるよ!」

「アハッ、本当にそうなったりして。そしたらどうする?ミエハルくんは」

「うーん、とりあえず高校には水着で登校かな?その時は大谷さんもビキニだよ」

「えーっ、アタシのビキニなんて、見れたもんじゃないよ!アタシ、水泳がないから、この高校にしたんだもん」

「大谷さんも同じか〜」

「え?というとミエハルくんも、なの?」

「まあね。というか俺は水泳以外も、体育自体が苦手だからねぇ」

「そうなの?まあ普段の体育は男女別々だし、体育祭じゃよく分かんないしね」

何時もの宮島口駅への帰り道も、大谷さんと2人で歩いていると、新鮮だった。朝方一緒になったことはあったが、帰りは一緒になったことがなかったからだ。

「大谷さんはどう?体育は好き?」

「うーん、好きでもあり、苦手でもある、かな?」

「微妙な答えだね」

「種目?競技?によって、違うかな…。冬のマラソンは嫌いだし…」

「うんうん、分かるよ。アレが好きなのは、陸上部だけでしょ」

「それとマット運動!目が回るし、ジャージの時期の秋冬にやればいいのに、6月から始めるでしょ。ブルマに変わるタイミングだから、ブルマでマット運動って、ちょっと恥ずかしくてさ」

「マが付く種目がNGみたいな感じだね。そっかー、ブルマはやっぱり恥ずかしい?」

「まあみんな穿いてるから、女子だけでいる時は気にならないけど。男子がいると、ちょっと恥ずかしいかな。あとエンジって色には、ビックリしたけどね〜」

「それはウチの女子が一度は思うみたいだね。何人かの女子から聞いたことがあるよ」

「そうでしょ?女の子なら、一度は疑問に思う筈だよ〜。男子の短パンはどうなの?やっぱり変?」

「いや、男子の意見としては、エンジはありがたいかな?」

「そうなんだ?なんで?」

「中学時代の短パンって真っ白だったからさ、スケスケなんだよね。だから、その、パンツが透けて見えるんだよね…」

「あー、そう言えばそうかも!懐かしいなぁ」

「あと、体育座りしたら、隙間からこれまたパンツが見えるんだよね。恥ずかしかったよ」

「へぇーっ。女子はそんな時、はみパンって言ってたけど、男子は見えパン?キャハハッ」

俺は宮島口駅に向かいながら、何という会話をしているのだと思ったが、こんな会話を出来る間柄に戻れたのが、嬉しかった。
それは大谷さんも同じようだった。

「でも、今日の朝までは、ミエハルくんとこんな会話が出来るようになるなんて思わなかったよ…」

「それは、俺もだよ。もしかしたら永遠に大谷さんと喋れないかと思った時もあるから」

「逆にアタシも…。一時はミエハルくんとはもう二度と話さないって決めてたから。でも今考えれば、それはアタシがミエハルくんのことを意識してたことの裏返しなんだよね。勝手に憧れて、勝手に喋れたって舞い上がって、勝手に不良の子と付き合ってるって勘違いして…」

「実はね、2年生になった時、部活中に広田さんから、ミエハルと同じクラスになった大谷さんって子が、ミエハルのことが気になるって言ってるから、よかったら声掛けてみて、って言われてたんだ…」

「えーっ、広田さん、そんなこと言ってたの?恥ずかしいっ」

大谷さんは、暗がりの道でも分かるほど、顔を真っ赤にしていた。

「うん…。でも俺も女の子に縁がない人生送ってきたから、声掛けるって言ってもどうすりゃいいか分からなくてね。いきなり大谷さんの所に行って、『キミが俺の事を気に入ってくれてる大谷さんかい?』なんて言える訳ないでしょ?」

「アハハッ!確かにね!アハハッ!」

大谷さんは爆笑していた。

「だから、俺も大谷さんのことは気になってたんだ、2年生の時から」

「そうなんだね。じゃあアタシ達って、2年生で一緒のクラスになった時から、お互いに意識し合ってたんだね」

お互いに何となく顔を見合わせると、途端に互いに照れてしまい、何を言えばいいか分からなくなってしまった。

しばらく歩きながら沈黙の時間が流れたが、俺から沈黙に耐えかねて、話し掛けた。

「あの、さっき大谷さんが言ってくれたことなんだけど…」

「さっき?あっ、ミエハルくんのことを好きでいてもいい?って言ったことかな」

「あの、大谷さん…。俺ね…」

俺はこれまでの経験から女性不信のこと、恋愛恐怖症のことを、説明しようとした。


俺と大谷さんは、宮島口駅のホームで列車を待っていた。

「ミエハルくんの気持ち、よく分かったよ。でも、アタシは多分ミエハルくんへの気持ちは変わらないから、もしその恐怖症が無くなったら…」

「ゴメンね、こんな我儘。せっかく大谷さんが思いを告げてくれたのに」

「ううん。だってミエハルくん、そんな辛い体験ばっかりしてたなんて、全然知らなかったから…。そんな目に遭い続けたら、女の子を好きになるのも怖くなるよね」

「危うく、大谷さんが4人目の記録更新者になるところだったよ」

「えーっ、それは、嫌だ!」

「大丈夫だよ。仲直り出来たから…。ただ、恋人とかは…」

「うん。いいよ。アタシはミエハルくんと今まで通りお喋り出来ればいいんだし、その延長線で、ミエハルくんのことを好きでいさせてもらえるだけで大丈夫。だからもし気が変わって、彼女がほしいな、ってなった時に、良ければアタシを思い出してくれたら嬉しいかな」

「大谷さんは本当に優しいね。ありがとう」

そこへ電車が入って来て、2人は乗り込んだ。夕方の帰宅時間帯で少々混んでおり、座ることは出来なかった。

「ミエハルくんのお友達、H高の女の子がいたりして」

「ははっ、あの子は早い時間の列車で帰るから、多分こんな時間帯にはいないよ」

「でもミエハルくん、こんなに優しいのに、なんで彼女が出来なかったんだろうね。アタシもミエハルくんの心が閉じる前に、告っちゃえば良かったかな?」

「いや…どうなんだろうね。高校生くらいだと、見た目が格好良くてスポーツが出来て、ちょっと不良っぽいテイストも匂わせてる、そんな男子がモテるじゃん。ウチのクラスなら斎藤くんとか、本田くんとか。自分みたいな、スポーツ…体育が苦手で、色白で見た目がちょっと病人みたいな男は、モテにくいよね」

「そ、そんなこと、ないよ。アタシがミエハルくんのことを気にし始めたのは、さっきも言ったけど、何事にも一生懸命な輝きが伝わってきたからだし。時々クラスで見せてくれる、ちょっとユーモアがある面も、好きよ」

「ありがとう。俺の病気?が治ったら、改めて大谷さんに告白させて。今、治療中だから…」

「うん。治療にはアタシも協力するからね」

今度は顔を見合わせても、固まることなく、自然な笑顔が出来た。

電車は玖波駅に着き、俺と大谷さんは一緒に降りた。結構な人数が同時に降りるものだ。

「この列車、もしかしたらアタシがミエハルくんに不良の彼女がいると勘違いした時に乗ってた列車かも…」

「今、7時すぎだから、もしかしたらそうかもね。喫茶店を出たのが7時過ぎだったから」

「じゃあ、因縁の列車だね。なーんて」

そして改札を抜け、自転車に乗る大谷さんを見送った。

「明日のクラスマッチも頑張ろうね!」

「そうだね。サッカーも奇跡的に優勝戦だし。俺は試合を邪魔しないようにしなくちゃ…」

「またまた!ダメだよミエハルくん、ネガティブにならないでね」

「ごめん、ありがとう」

「じゃあ、また明日ね。バイバイ」

「うん、気を付けてね、暗いから」

先に自転車を漕いで家路に着いた大谷さんの背中を見送った。今更だが、セーラー服の背中に、薄っすらと浮き出るブラジャーのラインが見えた。ノーマルなブラジャーのようで、安心した。

一部のちょっと不良っぽい女子は、透けて見えるのが分かった上で、ワザと黒や紫、赤のブラジャーを着けてきている。
それは俺も風紀委員長の立場として注意しようと思えば出来ない事はなかったが、波風を起こしたくない性格が、そういう派手な下着を見せつける為に着用する女子の放置に繋がってしまった。校則で下着は白と決まっている訳では無いのも、頭の痛いところだ。

ゆっくりと家に帰りながら、明日のクラスマッチと明後日の野球の応援が終われば、コンクールに専念出来る!と考えていたが、その前にはもう一つ波乱を乗り越えなくてはならなかった…。

<次回へ続く>


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