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小説「15歳の傷痕」61~秘密

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― C―Girl・2 ―

太田さんが、ふと俺にこう言った。

「あれ?なんだかミエハルって…。もうチカちゃんと仲直りしてる?」

俺は太田さんにそう言われ、一瞬なんで知ってるんだ?と思った。

ふと神戸さんの方を見ると、同じく俺の方を見て、ちょっとだけ舌を出して、やっちゃった…という表情をしていた。

(あっ、今の話の流れが、あまりにスムーズだったのかな?)

キョトンとした表情なのは、太田さんだった。

(もしかしたら、ヤバい?)

という意味を目に込めて、神戸さんを見たが、神戸さんはゴメーンとばかりに手を合わせていた。ということは、ヤバいということだ。

(うーん、さてどう振る舞おうか…)

と思っていたら、山中が4人分のナイタープールのチケットを買って、戻ってきた。

「はい、チケット。もう入れるけぇ、はよ入ろうや」

「あ、山中、チケット代はどうすりゃいい?」

「まあ、中でもお金使うじゃろうし、最後に精算しようや」

「それじゃ、早速入ろうよ!着替えたら待ち合わせは、滑り台の前にしない?」

率先して神戸さんが言った。なんとなく妙な雰囲気を、少しでも早く変えようとしてのことだろう。

「そうだね、じゃあアタシとチカちゃん、ミエハルと山中くんに別れて、続きは滑り台の前でのお楽しみってことで…」

「じゃあまた後でね…」

誰ともなくそう言いながら、入場口からナタリーの中へと入り、男女に別れ、それぞれの更衣室へと消えた。

「ねえ、チカちゃん」

「え、なに?」

太田美紀がブラウスを脱ぎながら、神戸千賀子に話し掛けた。

「さっきさ、ミエハルが喋った時、なんか凄いタイミングよくチカちゃんが呼応して話に乗っかった気がするんだけど、もしかしたらミエハルと仲直りして…る?」

神戸千賀子もスカートを脱ぎながら、絶対に聞かれるよね…と思ってたことを聞かれたので、どう答えようか迷っていた。

「…うーん。あのね、太田ちゃん。一応仲直りはしてるんだ…」

「えっ、そうなの?」

太田美紀もブラウスに続けてスカートを脱ぎ、既に着ていたワンピースタイプの水着姿になり、肩の部分やお尻の部分の違和感を直しながら聞き返した。

「ただ、ただね…」

神戸千賀子もブラウスを脱ぎ、先に着ていたビキニの水着姿となって、脱いだ洋服を畳みながら答えた。やっぱり、完全に仲直りしたのは隠しておこう…。

「なんでも話せる間柄かって言うと、まだそこまでじゃないの」

「ん?なんか中途半端な感じ?」

太田美紀は水着を整え、髪の毛を縛りながら聞いてきた。

「そう…。去年、上井くんが部長で、アタシは副部長だったじゃない?だから、ある程度は喋れるようにはなってるのよ」

神戸千賀子も水着を微調整しながら、そう話した。

「そうなんだね。でもさっきは、なんか阿吽の呼吸でミエハルの言葉に反応してたみたいだったから、もしかしたら仲直り…というか、色々喋れるような関係になったのかな?と思ったんだ」

「さっきのは、条件反射みたいな感じかな…」

神戸千賀子の体を、冷や汗が幾筋も流れていく。まだプールに入っていないのに、水着が濡れていく。

「じゃあ、せっかく少しでも関係が回復しつつあるんなら、今日2人でプールで遊んで、思い切り仲直りしちゃいなよ。なんならミエハルにも言うし」

「そうね、ありがとう」

神戸千賀子は、なんとか流れを修正出来たと思い、安堵した。

「でもチカちゃんの水着、水玉模様のビキニなんて大胆だね。普段からは想像も付かなかったよ。もしかしてミエハルにこんなアタシも見せちゃえ!とか?アタシも新しい水着は、ビキニにしようかなぁ」

神戸千賀子の水着は、黒を基調にした白い水玉模様が散りばめられたビキニだった。

「まさか、そんな上井くんに見せ付けるとか、大胆なことは思ってないよ」

だが内心、上井に対するアピールがゼロとは言えないな…とも思っていた。

「太田ちゃんの水着も、素敵じゃん。サイズもピッタリだし、まだ新しいのなんて買わなくて大丈夫だと思うよ」

太田美紀の水着は、赤色がベースで、全体に向日葵が咲いているような、凝ったデザインだった。

「本当に?ありがとうね。ね、アタシ達の水着で、男2人はどんな態度になるかな?」

「アハッ、想像付かないね」

「ミエハルなんか、チカちゃんのビキニ見て、鼻血出すかもしれないよ?」

「えー?そんなに驚くかな?」

女子2人は更衣室を出て、待ち合わせ場所へと向かった。


一方で山中と俺は、男子更衣室でパッパと水着姿になっていた。

「山中は太田さんとこれまで何回か泳ぎに行っとるん?」

「実は初めてなんよ」

「へぇ、結構長い付き合いなのに」

「なんかね、タイミングが合わなくて。ほら、女の子って、月に1回、ダメな時があるじゃん」

「あっ、あぁ…」

「去年のお盆に約束してたんじゃけど、生憎その月イチに当たってしもうてさ。お預けだよ」

「そうか。ウチの高校、プールがないけぇ、水泳の授業でちょっと水着姿を見れるってチャンスもないしな」

俺も山中も、家から海パンを穿いてきていたので、洋服を脱いでロッカーに入れたらもう準備OKだ。
2人揃って、待ち合わせ場所の滑り台の下へ向かった。
まだ女子2人は来ていない。

「ところで上井さぁ…」

「ん?なに?」

「神戸さんのことは、上井の中で、どんな位置漬け?存在と言ってもいいかな。まだ中3の時にフラれた傷って残ってる?」

女性陣が来る前に、確認しようという山中の気持ちだろう。

「ま、傷痕は消えやしないよ。その後に受けた仕打ちが耐えれんかったから…」

「じゃ、今も神戸さんに対して怒りの気持ちはあるんか?」

「いや、彼女に対する怒りは通り越したかな…。普通の存在だよ」

「普通の?」

「うん。他の女子と一緒で、知り合いって程度」

俺は必死に、既に仲直りして土砂降りの中を一緒のタクシーで帰ったり、今日も電話で事前に色々話したりしたことは隠し、話せるようにはなったけど、大して思い入れはないというスタンスを強調した。

「そっか…。まあお前の場合、その後も酷い失恋しとるもんな。だから女子に対する気持ちが、冷めてる部分はあるよな」

「だね…。それは言える」

「でもクラスマッチの時は、山田さんと親しくしとったじゃん。そのせいで俺は森川を宥めるのに必死だったんじゃけぇ」

「あれはまあ…。山田さんがそれまで俺と殆ど面識無かったから出来たことで…。好意からではないよ」

「上井がさ、色んな傷を抱えて…特に恋愛面で、になるけど、その発端の傷をできたら今日、少しでも治してくれよ」

「というと?」

「俺は太田とペアになるじゃろ。必然的に上井は神戸さんとペアになる。嫌でも喋らなきゃいけないし、楽しい時間を過ごしたいなら、単なる異性の知り合いって存在から、異性の友達、親友くらいにならなきゃいけない」

「うーん…」

「要はもっと仲直りして、女子に対する、恋愛に対するお前の考え方を前向きにしてほしいんだ。今、森川が、お前は山田さんのことを好きに決まってるって決め付けて、離れようとしてるけど、俺はそうじゃない、偶々なんだ、とだけは言えるし、そうやって森川を引き止めとくから、お前の神戸さんから始まる女性恐怖症を直して、なんとか森川を大切にしてやってくれよ。お前の事をずっと好きなのは、森川なんだから」

山中の言葉が、体のアチコチに刺さる。森川さんに宣戦布告するつもり満々の若本の顔が、脳裏を横切った。

色々思うことはあったが、頭の中をまとめて山中に返事をする前に、女子2人が現れた。山中は話し方をサッと変えた。

「とりあえず、そんな感じで。楽しく過ごそうぜ、今からは」

山中は最後にそう言い、女性陣を迎えた。

太田さんは赤地に向日葵が咲いているワンピースタイプの水着だったが、俺が驚いたのは神戸さんの水着だった。

「神戸さん、ビキニ⁉️」

俺だけじゃなく山中もびっくりして、同時に声が出た。

「…うん。ちょっと恥ずかしかったけど、このメンバーなら…って思ってね。思い切ったの」

黒に白い水玉模様のビキニだった。俺は思わず上から下まで、しばし見惚れてしまっていた。

「あーっ、ミエハル!鼻血が出てるよ」

太田さんが笑いながら茶化したが、俺も一応鼻の下を確認してしまった。

「と、とりあえずさ、4人揃ったけぇ、ペアに別れて、しばらく1vs1で遊ぶ時間にしようや。1時間後にまたここに集まろう」

山中がそう提案し、山中と太田さん、俺と神戸さんというペアに別れた。

「じゃあまた後で。上井、頑張れよ」

「チカちゃん、また後で、ミエハルがエッチなことしなかったか教えてね」

山中と太田さんはそう言い残し、手を繋ぐとあっという間に群集へと消えていった。

俺は山中と太田さんの姿が見えなくなったのを確認してから、やっと神戸さんへ話し掛けた。


「なんとか切り抜けられた?」

「うん。上井くんこそ、大丈夫だった?」

お互いに更衣室でのやり取りを確認し合った。

「まあね。でも山中って、熱い男だ…。絶対に今日、神戸さんとプールで遊んで仲直りして、親友くらいになれって…」

「アタシも太田ちゃんに、関係改善してね、って言われたよ」

そう喋り合うと、お互いに今まで引っ掛かっていたものがスーッと消えて、仲直り以降の喋り口調に戻った。

「しかし神戸さん!ビキニは驚いたなぁ!水着は中学の時のスクール水着姿しか覚えてないから」

「でしょ?まさかアタシがビキニなんて着てくるとは思わなかったでしょ?」

「大村と、海やプールにも行ってるよね?その時もこのビキニ着てるの?」

「実はビキニって、今日が初めてなの…」

神戸さんは少し照れながら言った。

「えーっ?じゃあ大村と泳ぎに行く時は…」

「ワンピースタイプしか着たことないんだ」

「じゃあ今日って、わざわざ新しいビキニを買いに行ったの?」

「まさか〜。太田ちゃんからプール行かない?って電話があったのはお昼ごはん食べてた頃だよ。それからはいくらなんでも買いに行く暇はないよ」

「じゃあ前から買ってあったんだね。ということは、やっぱり大村の為のビキニかぁ…」

分かっていても、ちょっと残念だ。

「いやいや、そんな落ち込まないでよ。大村くんに初めて見せるつもりだったら、今日はビキニじゃない別の水着にしてるもん。あえて今日、解禁したんだから。その意味を分かってくれると思ったんだけど…。それ以上はもう言わない!」

と、神戸さんはワザと拗ねて、横を向いた。

(可愛いなぁ…。なんでフラれるような行動をしたんだろうなぁ…、15歳の時の俺は…)

と後悔したが、とりあえず仲良くせねばならない。ワザと俺は神戸さんが向いた反対側へと体を動かした。

「え?上井くん?」

と、神戸さんは必ず俺が動いた側へ顔を向ける筈…。

グサッ

「あーっ、もう子どもみたいなことして〜」

「作戦、大成功!」

俺は人差し指を神戸さんの頬に向けて準備していたのだった。そこへ華麗に神戸さんが罠に嵌まって顔を向け、俺の人差し指が神戸さんの頬に刺さったのだった。

「よし、逃げよう!」

と俺は少し小走りに、プールの方へと逃げ出した。

「待ちなさーい、上井くーん!」

神戸さんも追いかけて来る。途中で俺は、人の少ない所で、プールに飛び込んだ。

「神戸さん、こっち、こっち!」

「もう!許さないんだからね!」

神戸さんもプールに飛び込んで来た。水飛沫が俺の顔目指して飛びかかってくる。

そこで俺はゆっくりと、泳いで来る神戸さんを待った。

その内、神戸さんが俺の所まで辿り着く。

「捕まった〜」

「んもー、上井くんってば…」

しばらく2人で顔を見合わせていると、どちらともなく笑い始めた。

「ねぇ上井くん。こんなに上井くんと笑い合うなんて、いつ以来だろうね」

「本当にね。俺の記憶が定かなら、中3の2学期まで遡らなきゃいけない…はず」

「一緒に朝、登校してた時?そんな前になる?」

「そう。あの時はフラれるなんて思いもせず…」

「それを言われると、アタシもちょっと辛い、かな…」

神戸千賀子は、大村と付き合う事を決意した時に、心のなかに封印した、『アタシは誰と付き合っても、最後は上井くんのことが一番好き』という気持ちが顔を出していた。

「まあ、昔は昔、今は今。今を楽しもうよ」

「う、うん。そうよね。今日は何もかも忘れてプールを楽しむって決めたんだもん。上井くん、お返しよ!」

と、神戸さんは俺の顔に水を掛けてきた。不意を付かれた俺は避ける間もなく丸々顔面に水を浴びてしまった。

「うわっ!まさかこんな逆襲が…。よーし、負けないよっ!」

俺も勢いを付けて、水を神戸さんの顔に向けて掛けた。流石に予期していたようで、顔を背けて丸被りはしなかった。だが…

「もう!上井くんったら〜」

俺と神戸さんは、2人してプールの水を掛け合って遊んだ。まるで子供に帰ったかのように遊んだ。

この時間が永遠に続けば…と、俺は思っていた。

<次回へ続く>


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