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小説「15歳の傷痕」-17

- ろ く な も ん じ ゃ ね ぇ -

体験入部期間が終わり、正式入部のタイミングを迎えた。

吹奏楽部は、かつてないほどの新入部員を迎え、楽器の割り振りが大変な状態になっていた。

どうしても楽器が足りないため、渋々打楽器へ移ってもらった管楽器経験者もいたほどだ。

だが初心者も多いため、毎年4月末に呼ばれる地元商店街の春祭りの演奏曲は、去年は8曲だったが、今年は福崎先生と協議して6曲に減らした。
しかも曲もやりやすい、マーチとかアニメのテーマとかを主体にした。

しかし第一の苦難が俺を襲う。

4月末の依頼演奏後、1年生が何名か退部を申し出てきたのだ。

「なかなか部活に慣れなくて…スイマセン」
「やっぱり自分がやりたい楽器を吹けないのは、辛いです」

理由はそれぞれだが、退部者が出ると俺は部長として物凄く責任を感じる。

「ちゃんとフォローして上げれなくて、ごめんね。機会があれば、また何時でも待ってるから」

としか言えなかった。


次の悩みは、同期の唯一の打楽器、松下弓子が、海外留学のために1年間休学し、アメリカに行くことになり、文化祭を最後に退部することが決まった件だ。

「結構前から考えとったん?」

「実はね…。入学した時から考えてたんじゃけど、なかなか言い出せなくて、ごめんね」

「いや、留学なんてなかなか出来るもんじゃないし、元気に行ってきてよ。応援しとるよ」

「打楽器が心配じゃけど…」

「そんなの、何とかなるよ。気にせずに行っておいでよ。帰国したらまた吹奏楽部に戻ってくれたら、嬉しいけどね」

「ごめんね、ありがとう」

だが、打楽器唯一の2年、松下弓子が抜けるのは痛くない訳はない。俺は3年生の打楽器の先輩達に、何とかコンクールまで出て下さいと頭を下げた。
事情を察知して、打楽器の先輩達は了解してくれたので、1年生を育てながらコンクールを目指すことになった。

5月に入って文化祭の曲も決まり、中間テスト後にその練習が本格化するのだが、その頃からまた初心者を中心に1年生の退部ドミノが発生し、沢山の1年生に恵まれ順風満帆に思えた今年度の吹奏楽部が、少しずつ不協和音を奏で始めた。

特に3年生の先輩からは、俺のやり方が悪いから1年生が辞めていく、と陰に陽にチクリと刺さる事を言われるようになった。


トドメは、文化祭の後にやって来た。

松下弓子が留学のために退部後、打楽器の1年生が1人を残して全員退部してしまったのだ。

その他のパートからも退部する1年生が相次ぎ、気付いたら1年生は、最初の人数の半分以下にまで減っていた。

3年生からの陰口はピークを迎え、俺はすっかり部長をやり続ける自信を喪失していた。

(俺のやり方が間違ってるのか…?明るく楽しくみんなが来やすい雰囲気作りなんて公約、全然守れてない…)

文化祭の後、直ぐに期末テスト週間に入ったため、部活禁止となり、朝練、昼練は認められていたものの、俺は音楽室に足を向けられなくなってしまった。

音楽室からは、朝と昼になると楽器の音が聞こえるので、何人かは練習を欠かさずに来てくれているのだろう。

それはありがたいと感じたが、八方塞がりに陥ってしまった俺は、いつまでも期末テストが続いてほしい等とまで思うようになっていた…。

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テスト期間が終わり、否応なく部活再開となった。

俺は期末の勉強より、部活立て直しをどうするかの方にばかり気が行ってしまい、各教科の期末の結果は散々だった。

割と得意にしていた科目でも平均点以下になってしまい、先生から心配されたこともあった。

だが逃げるわけにもいかない。まずは吹奏楽部の立て直しを図らねばならない。部活再開の日、俺は最初に音楽準備室へ顧問の福崎先生を尋ねた。

「おぉ、上井。待っとったよ」

先生もどうすればよいか、俺と話さなきゃ、と思っていたのだろう。

「先生、本当にスイマセン。1年生があんなにいなくなるなんて想像も付きませんでした。かといって無理やり引き留める訳にもいかなくて…」

「それは仕方ない。上井、あんまり自分を責めるなよ。辞めたいっていう者の意思を翻すのは、とてもじゃないが無理だと思うし」

「あ、ありがとうございます」

「お前は明るいことが売りなんじゃけぇ、部員の前ではつらいかもしれんけど、明るく振る舞ってくれよ」

「はい…分かりました。それで先生、壊滅的状態の打楽器なんですが…」

俺は打楽器をどうするか、こればかり考えていた。

「そうなんよのぉ…。コンクールまでは何とか3年の2人も残ってくれると言ってくれとるが…」

「俺、バリサクから打楽器に移ります」

「えっ?いいのか?」

「はい、サックスはコンクールなら俺1人抜けても4人いますし、先輩方も非常時には呼んで、と言ってくれていますし、お願いしようと思っています」

「本当にいいのか?お前、バリサクが吹きたいからって入部してきたのに。あの時の目の輝き、俺は忘れられんよ。それでも…」

「はい、期末の間、ずっと考えてました。コンクールまで日はないですけど、部長の自分が動かないと、部員も動かないと思うんです。バリサクなら、若本が吹きたがってましたから。ちょうどいい機会ですよ。俺も本格的な鍵盤系はすぐには無理だと思いますけど、ティンパニーとか小物系とかから始めれば、いずれはもっと貢献できると思いますし」

「そうか…。そこまで考えてくれたんか。助かるよ。ありがとう、上井」

ちょっと俺は照れてしまった。

「いえいえ。それで先生、俺を1人加えても、打楽器はもう1人くらいは必要ですよね、コンクールの曲や、コンクール後を考えると」

「そうだなぁ…。コンクールも今の曲だと打楽器4人だと厳しいな。仮にお前がコンクール後もそのまま打楽器に残ってくれたとしても、3年の2人はいなくなるから、お前と1年生の宮田の2人だけになってしまう。体育祭なんかでも、最低3人は必要だしな」

「とりあえず今日のミーティングで、呼びかけてみます。中学時代に打楽器で、今は管楽器の部員がいないか。いれば是非助けてほしい、と」

「そうか。じゃあ頼むな」

「はい。まずは今日から打楽器に入門して、基礎から練習します。バリサクは若本に譲ります」

「色々お前なりに考えてくれたんだな、ありがとう」

「いえ、俺のせいですから…」

「だから上井、お前は自分を責めるな。自分を責めたところで、どうにもならないぞ。明るく前向きに、が今年のスローガンだろ?部長は率先して明るく前向きに動いてくれよ」

「あっ、はい…失礼しました」

おれはそう言って音楽準備室を辞し、音楽室に入った。物凄く久しぶりの音楽室に感じる。

「ミエハル先輩~なかなか朝練とか顔出してくれないから寂しかったですよ!」

と話し掛けてくれたのは、サックスの1年生、若本だった。丁度よかった。

「ホンマに?じゃあ久しぶりの挨拶に、分け目チョップ!」

「おっと、予告付きは受け止めますよ。不意打ちじゃなきゃ~」

俺も若本も、髪型が7:3で分けている感じなので、サックスのパート練習等でお互いなんでも喋るようになった頃から、分け目チョップとかして遊んでいた。

そこには、俺を慕って遊んでくれる若本が、失恋のトラウマを癒す存在に思えていたのは否めない。

「ところで若本さん、バリサク吹きたい?」

「え?唐突ですね~。もちろん吹きたいですけど、それはミエハル先輩が成仏されてからでいいですよ」

「南無南無…って、おい!」

久しぶりにこんな会話が出来ることが、嬉しかった。俺は表情を変えて…

「実はさ、真面目な話なんだけど、俺、先生と話し合って、打楽器に移籍することになったんよ」

「えっ?ミエハル先輩が打楽器に?ええーっ?」

「今、打楽器は事実上1年生の宮田さん1人になったじゃろ。やっぱ部長として責任を感じないわけにはいかないんだ。だからコンクールまで日はないけど、打楽器に移ることにしたんよ」

「そんな…サックスが寂しくなりますよ…」

若本は本気で寂しそうな顔をしてくれた。

「大丈夫、大丈夫!俺まで退部する訳じゃないし。だから、移籍して空いたバリサクの穴を、若本さんに埋めてほしいんよ」

「そういうことだったんですね…」

若本は複雑な表情をしていたが、やっぱりバリトンサックスがコンクールで吹けるということは嬉しかったようだ。

「じゃあ先輩が吹いていたバリトンサックス、今日から吹かせてもらっていいんですか?」

「うん、もちろん。逆に俺は今日から宮田さんの弟子になって…って、まだ宮田さんには伝えとらんけど、基礎打ちから習っていくよ」

「…先輩」

若本が突然小さな声で囁いた。

「ん?な、なに?」

「マウスピースやリード越しに、アタシと先輩、間接キスしたことになりますよ…」

俺は一気に顔が真っ赤になった。

「ちょっ、なっ、なにを…」

「わーい、やっぱり先輩をイジると楽しいな♪冗談ですよ。今言ったことは忘れてくださーい」

若本のこんな小悪魔的なところが、俺の心にどんどんと入り込んでくる。

(可愛いし楽しいし、ホンマに好きになりそうだよ…)

去年、伊野沙織にフラれてから女性不信に陥っていた俺を、若本なら変えてくれるかもしれない。
実際会計の仕事をやってくれてはいるが、会計の面で俺が話をするのは村山だけで、伊野沙織は相変わらず俺と目も合わせようとしてくれない。

若本は嬉しそうに楽器倉庫からバリトンサックスのケースを引っ張り出してきた。

一方で俺は、打楽器を倉庫から1人で出している宮田さんに声を掛けた。

「宮田さん!」

「えっ、はい?あれ、ミエハル先輩、どうしましたか?打楽器に何か?」

「今日から打楽器の一員となりましたミエハルです。基礎から色々教えてね」

「えーっ、ミエハル先輩、打楽器に来てくれるんですか?やったー!」

宮田は心の底から喜んでくれた。

「今、3年の先輩が来てくれとるけど、コンクール後に引退されたら、宮田さん1人になっちゃうじゃろ?だから微力ながらコンクールから打楽器の一員にならせてもらって、打楽器の窮地を脱出しようという計画でね」

「そうなんですね。嬉しいです♬アタシ1人じゃどうにもならんし…って、ちょっと悩んでたんです。かといってアタシまで辞めたら、吹奏楽部終わっちゃいますよね?」

「いや、ホンマにそうなんよ。宮田さんが最後の砦なんよ。今までバリサクしかやってないような奴が1ヶ月程度でコンクールに挑むのは無理があるとは思うけど、色々教えてね」

「はい!楽しくやりましょう、先輩!」

宮田さんも明るい性格なので、助かる。俺は早速ドラムスティックで、基礎の打ち方から習った。

後から来た部員が、俺が打楽器の練習をしているのを見ては、不思議そうな顔をしていた。サックスパートのみんなには、ミーティング前にちゃんと伝えないと…。


その日のミーティングには福崎先生も同席してくれ、俺が打楽器に移った理由と、打楽器経験者はぜひこのピンチを助けてやってくれ、という話をしてくれた。

中学時代に打楽器だった部員が何人いるかは分からないが、1人でもいいから名乗りを上げてほしい…。

そしてミーティング後、帰宅する時は、2年生になってからは俺と村山、宮島口駅に行く途中に家がある若本と、若本の中学時代からの仲良し、フルートの桧山という4人で帰るのが、なんとなくパターン化していた。

「それにしても上井、お前が打楽器へ移籍するとは思わんかったよ」

村山が言った。

「いや、もうそうしなきゃこの局面は打破出来んじゃろ。宮田さん1人になっちゃう運命のパートに、他のパートから移ってくれと頼んでみても、誰もなかなかウンとは言わないと思うし。だったら俺が部長の責任で率先して移籍するのが手っ取り早いし」

「ミエハル先輩、流石です!お陰でアタシもバリサクでコンクールに出れるし♬」

「そうそう、それで若本さんの願いも叶うしね」

「でも先輩、コンクールまで1ヶ月半で、大丈夫ですか?すいません、余計な心配しちゃって」

「大丈夫、大丈夫!棒を持って叩けば音が出るんじゃけぇ、何とかなるよ!」

と強がってはみたが、俺は内心は不安だらけだった。今日宮田さんに教えてもらった基礎打ちですら、肘は動かさず手首のスナップで打つことにまず慣れないとダメですよーと言われたほどだ。

翌日以降も、基礎の打ち方をマスターすべく、宮田さんに教えてもらいながら…の日が続いた。

そこへヒョコっと現れたのが、同期でホルンを吹いている広田史子さんだった。

「広田さん、どしたん?」

「あのねミエハル、アタシ、中学の時打楽器じゃったんよ。だから、ホルンでパート会議して、大村君に了承もらったから、アタシも打楽器に移籍するよ」

「えっ、マジで?おー、100人力だよ!ありがとう~」

「広田先輩~、ありがとうございます!」

宮田さんと2人で喜んだ。これで打楽器は、最低限3年生が引退しても、3人は残る。

災い転じて福となす、広田さんとはあまり喋る機会が無かったが、同じ打楽器になれば、色々と喋れるだろう。

と喜びながら部活後に帰り路を歩いていたが、今日は若本&桧山コンビがいなかったので、村山と2人だった。

「なーんか俺も打楽器に移りたくなってきたのぉ」

「トランペットは今4人じゃろ?村山が来てペットが3人になるってのは、ちょっと大田に負担が掛かるし、曲的にもマズかろう」

「そう…じゃね」

等と話していたら、自販機の陰から突然女子高生が2人現れた。

「うわっ、だ、誰?」

「わー、やっぱりビックリしてる~。ドッキリ大成功!アタシと桧山ですよ、先輩」

そこには、確かに若本と桧山の2人が、缶コーヒーを持って立っていた。

「寿命が100分縮まったじゃんか~」

「100分って根拠はなんですか。とりあえず先輩達に、アタシ達からの差し入れです!」

2人はその持っていた缶コーヒーを、俺と村山にくれた。

「いつも奢ってもらってばっかりですから、たまにはサプライズで、今苦労ばっかりしてる先輩達に奢り返そうって、桧山と話してたんです」

「それで先にいなくなったんじゃね。うわ~、嬉しい。ありがとう」

この時、会話は俺と若本の2人で進んでいたが、肝心の缶コーヒーは、若本が村山に、桧山が俺にくれたことに、深い意味が隠れていた。

そんなことは気にもしなかったが、少しずつ色々な意味でのカウントダウンは始まっていたのだ。

(次回へ続く)



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ミエハル
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