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短編小説『誰かになりたかった』

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東京のとあるホステルでのアルバイト経験をもとに書いた短編小説です。 1. インド人のピアノ  2. アメリカ人のハイヒール  3. カタール人の海苔巻き
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#毎日note

インド人のピアノ #2

夜が落ちてきた。

22時になったら、近隣住民への配慮で灰皿の位置を裏口から正面へ移動させることになっている。ブロック塀に腰を掛けて煙草を吸っていたカップルに、「夜だから向こうに移動してねー!」と軽く声を掛ける。まだ5月なのに顔で感じる風が生温くて、そんなに急いで夏にしなくてもいいのにと思う。

このアルバイトはインターネットの求人サイトで見つけた。「ホステルで働き始めた」と報告すると「ホステスじ

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インド人のピアノ #3

どういうわけかわたしは、誰もいなくなったカフェスペースで、乱暴にティーバッグを突っ込んだマグカップを2つ用意し、宿泊施設にピアノがないという当たり前の事実にひどく落胆しているインド人男性の前に座っている。

業務時間はとっくに過ぎていたが、今にも泣き出しそうになっている人を放って帰るわけにもいかず、従業員としてではなく同世代の友達として、終電の時間までは話を聞きましょうということになった。

まだ

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