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Novelber2019

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#Novelber2019

Novelber2019:14 ポケット

カウンセリングルームの中からものすごい剣幕の怒鳴り声が聞こえてくるのを、宮城野は手の中の飴を見つめながら聞いていた。
今部屋の中でバチクソに怒鳴られている人間が、入る直前にポケットの中から出してくれたものだ。

『そんな沈んだ顔してたら病人みたいだぜ、病は気からって言うじゃん』

実際、きっとそうだ。これは、宮城野にとっては病気だった。
幼い頃から病床に臥せっていた原因が自らの能力であるということ

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Novelber2019:13 あの病院

保健管理センターから叩き出され、西村は渋い顔をした。
いつも世話になっている二階堂医師は今日は残念ながら大学病院にいるので、と叩き出されたというか、遠回しに今からチャリを飛ばして向こうに行け、と言われたのだ。
学内の保健管理センター(――まあいわゆる病院のようなものだ)は、通常の生徒も当然利用する。そして学生に優しいお値段なので、混む。だから今回はちゃんと予約入れてんだろうがよ。
まあ仕方ない。医

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Novelber2019:12 並行

同じテンポで歩く足音。歩幅だけが僅かに違う。
背の高さも違う。性別も違う。けれども、腹を出た日は同じ。西村一騎は双子だ。二卵性双生児の兄が西村一騎で、妹が今隣を歩いている西村一海。

「もうちょっと人に気遣った歩き方できません?そんなだから彼女ができない」
「同じこと彼氏にして返してやろうか?」
「今二次元に忙しくて別にいらないんスよね~~~~~」

隣のことは見もしない。別に見なくても分かる。1

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Novelber2019:11 時雨

廊下を歩きながら、言葉を交わす男たちがいる。
携帯を片手に歩きながらもひょいひょい人を避けて行く方、それに続く方。

「時雨がさ~もうすごくてさ」
「時雨……ですか?」
「そう時雨」
「時雨、あんまりすごいイメージ、ないですけど……」
「なーに言ってんだよお前!時雨って言ったら幸運の象徴だぞ」

続いた言葉があったような気がするが、聞き取れない。授業後の廊下は騒がしい。
ただでさえ所属学科がとっち

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Novelber2019:10 私は信号

いいと言われるまで、【ねじれ鈴】は動いてはいけない。
いいと言われたら、どこまでも派手にやっていい。先輩が誘導してくれるので。
たとえ、途中で正気を失っても。

「……うんおおよそ分かったけど、パラレルラインまで俺が動かすの?マジで?」
「パラレル“ライン”だぞ、やってやれないことはなかろうよ」
「クソ」
「ボクの采配は基本的に完璧で天才だ。穴を埋めるためにお前たちを組ませてるんだからな」

それ

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Novelber2019:09 ポツンと

ポツンと。

「あ」

雨だ。そう気づいた次の瞬間には、雨は本降りに変わっている。
一斉に周囲の自転車が足を止め、サドルに引っ掛けて後輪とフレームの絶妙な隙間に引っ掛けていたビニール傘を開き、そして何事もないようにまた自転車で走っていく。
紫筑は広い。授業の間の休み時間の間に1~2km移動しなければならないことはざらで、むしろそれで済むのならまだマシなほうだ。自転車の傘さし運転も日常茶飯事、という

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Novelber2019:08 天狼星

大日向深知は走っている。
【知識の坩堝・ご都合主義】(アーカイブマスタリ・アズユーライク)と名付けられた汎用性の高い能力で、一時的に“走り続けないと死ぬ”という属性を身に着けた。すなわちマグロ属、Thunnusだ。逃げ続けなければ死ぬのなら、常に動いていなければならないことにすればいい。速度も申し分ない。【知識の坩堝・ご都合主義】が汎用性が高いとされているのは、ひとえにその適用方法による。知識さえ

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Novelber2019:07 朗読

学生に割り与えられる研究室には、今は誰もいなかった。賑わうのは総じて夕方以降で、昼間はみな授業に出ていることの証左だ。他大学から編入してきた宮城野は、当時の自分の頑張りのおかげで必要単位がかなり浮いている。空いたコマに自由選択で授業を入れても、まだ暇があった。家にいればいいのに、という選択肢は彼女にはなかった。今は寮暮らしだし、寮の自室にいても最低限のものしかないから、暇だ。規則正しい生活が身につ

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Novelber2019:06 当日券

カウンセリングの当日券を取ろうと思ったらよりによって1限しか開いておらず、当然1限TAとバッティングし、状況を説明したらものすごい剣幕で他人に怒鳴り散らす声が、スマホの向こうから聞こえてきた。
有り体に言うと怒られている。すごく。ものすごく。TAについてはとっさに同級生にバトンタッチすることで事なきを得た(財布的には事なきを得ていないが)。

『西村くんなんでそんなになるまで放っておいた?殺すぞ?

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Novelber2019:05 トパーズ

数人の生徒だけがいる教室に、淡々と声が響いている。
第四学群はそもそも生徒の絶対数が少ないし、その中でさらに細分化された授業が行われる。表向きは大学職員、一方で隔週の非常勤講師――二足のわらじを履いている職員は見た目よりもずっと多い。
国直下の神秘・怪異対策院、民間のミスティックアベニュー、そして大学としての体を保つ紫筑。これら三つの組織は協力関係にあるようで、ない。紫筑大学下の神秘怪異データベー

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Novelber2019:04 恋しい

走っている。走っていた。そのはずだった。
永遠に続く、もう何両編成なのか分からない、電車の連結部を通り抜けていく。どうして車両の連結部に立っていてはいけないか、あなたは知っているか?それは、事故が起こった時にとてもよく分かるだろう。鉄の塊が動いた瞬間、人間なんてちゃちなものは一刀両断されてしまう。
今は、できることなら、そうやって脱線のひとつでも起こして欲しい。それが起こったところで、何ができるの

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Novelber2019:03 焼き芋

異能学園都市、というと聞こえはいい。実情は、他の機関と路線を別にしながら張り合い、激しく凌ぎを削り合う国の認可機関だ。
この世界で能力者の台頭が激しく見られるようになったのはおよそ二十年ほど前で、故にまだ浅い学問だ。さながら怪異のような力を振り回し、人を殺す子供。何かに憑かれてでもいるのかのように、周りの人間を不幸にしていったサラリーマン。人間を怪異や神秘と同枠に扱うこともできず、かと言って人権を

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Novelber2019 02:手紙

『やあ!今日のレポートいかがかな!怪異事例分析のなら私権限で締め切りをウワッするので今から芋を焼くので来い 大日向』

返事は当然イエスであった。

大日向深知。最強大天才の名を好きにし、名は体を表すと言わんばかりの圧倒的存在力で学内で圧を放つ、表向きは第二学群のポストドクターだ。専門は発生生物学――ということになっている。あくまで表向きは。
最強大天才の真の顔は、この紫筑でほとんど日の目を見ない

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Novelber2019 01:窓辺

行き交う人。湯気を立てるホルダーつきの紙コップ。ハロー、目の前の真っ白いドキュメント画面――レポート用紙。お前もあっという間にこの行き交う人間よろしく埋まってくれやしないかい。
窓の向こうの人間が一人一文字くらい換算だとしたら、この俺に科せられた一万文字ほどのレポートはたぶん三十分くらいで終わるだろう。いやそれはさすがに言いすぎか?もう気が狂っているのでかなり分からない。
結論から申し上げるとレポ

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