Novelber2019:07 朗読

学生に割り与えられる研究室には、今は誰もいなかった。賑わうのは総じて夕方以降で、昼間はみな授業に出ていることの証左だ。他大学から編入してきた宮城野は、当時の自分の頑張りのおかげで必要単位がかなり浮いている。空いたコマに自由選択で授業を入れても、まだ暇があった。家にいればいいのに、という選択肢は彼女にはなかった。今は寮暮らしだし、寮の自室にいても最低限のものしかないから、暇だ。規則正しい生活が身についている彼女に取って、朝いつもどおりに研究室に出てくることは何ら苦ではなかった。

「鉱石魔法学においては、その石に持たれている印象・言葉……名前の由来や石言葉が大きなウェイトを占める」

その暇な時間に何をしているかと言えば、もっぱら授業の復習だった。声に出したほうが頭に入るタイプなので、誰もいない場所で朗読をする。それこそ部屋でやればいいのだろうが、ほとんど寝るためだけの部屋でやるのも惜しいし、何より学内のほうが集中できる。

「語源がはっきりしない鉱石を媒体にする場合、特に術者とのリンケージが重要にな」
「あぁ~~~~~~!!レポートの音ォ~~~~~~~!!」

時々こうして乱入者が現れるのだが。
寝癖爆発の西村一騎のテンションは完全に徹夜明けだったので、多分レポート途中で寝落ちしたと見る。購買で買ったらしい栄養ドリンクの蓋を開けてから、西村は宮城野が先にいることに気づいた。

「……」
「……ウスおはよう」
「おはようございます……」
「人をあっ!またこいつレポートがギリギリだな!みたいな目で見ないで」
「……でもそうなんですよね……?」
「はい」

邪魔をしてはいけない。こいつ常に何らかの課題やってんな、と率直に思うことはあるが、理系は実験がひとつ入ると芋づる式にレポートがついてくるものだ。荷物を片付けようとした宮城野に、西村が静止の声をかける。

「別にいいよ」
「ですけど、その」
「人がいた方が捗るし、別に静かな環境求めてたらカフェでレポートしねえからな」

学生控室に見当たらなかったら図書館のコーヒー店に行け、というくらいの高確率でそこにいる人間が西村一騎で、だいたいそういう時は課題をしているのがこの男だ。
双方勉強をしていることに変わりはないのだから、と言って、西村はパソコンを広げる。

「BGMかけていい?」
「えっ……」
「エッ?」
「何かするときに音楽……かけるんですか……?」
「エッ?かけない?作業用BGM的なさあ……」

おとなしくイヤホンを取り出してパソコンに刺したのを見てから、宮城野は改めてルーズリーフに視線を戻した。自分も少し眠かったのか、文字の可読性が低くなっている。書き直そう、と思って、新しいルーズリーフを取り出した。
なんとなくリズムに乗ったようなタイプ音が聞こえてくる。

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