Novelber2019:04 恋しい

走っている。走っていた。そのはずだった。
永遠に続く、もう何両編成なのか分からない、電車の連結部を通り抜けていく。どうして車両の連結部に立っていてはいけないか、あなたは知っているか?それは、事故が起こった時にとてもよく分かるだろう。鉄の塊が動いた瞬間、人間なんてちゃちなものは一刀両断されてしまう。
今は、できることなら、そうやって脱線のひとつでも起こして欲しい。それが起こったところで、何ができるのかは分からない。ただ、追いかけてくるやつの動線くらいは防げやしないか。そんな淡い期待を持ち続けている。
暗い中、電車は走り続ける。

人恋しい。
あの場所が恋しい。
あの集団が、
あのひとが、

「大丈夫ですよ」

声、声、声。響く声。車内放送のように四方八方から響く声。
声が、追いかけてくる。

「大丈夫です」

足がもつれて、転んだ。無数に伸びてくる影のような手。引きずり込まれる。
指は立たない。床のほんの僅かな突起に引っ掛けたくても、それが、できない。力強く引きずり込まれる。座席の下に派手に腕をぶつけた。痛い。

「俺が」

声。声。声。それは、聞いたことがあって、恋しい、


けたたましい電子音。

「アアーアオウッアッ!!ハ!?……、……」

この音のアラームはまだセーフ、ということを、西村は経験(というか携帯の設定)で学んでいる。つまりセーフである。一限TAの尊厳は守られた。つまり金がもらえる。
それはそれとして、だ。嫌な夢を見ていた気がする。あれは、走っていたのは間違いなく俺で、そしてその手を引いたのは、

「……」

やめだやめ。そいつは普通に生きているし、西村の後輩だ。第一状況がよくわからない。この紫筑は私鉄が走るまで陸の孤島と呼ばれていたらしい場所だ。電車にはあまり縁がない。
再び鳴る違う音のアラームをバックに、着替えを始める。朝チキンレーサーはかしこいので、次の日用の着替えを別に特に用意せず、洗った服ゾーンから雑に取って着る。そして、雑に着たら上に雑に昨日とは違う上着を羽織れば、秋冬仕様の着替えは終了だ。天才。
当然ながら今日用の準備を昨日しているわけがない。大学用カバンに全部詰めておけば何も必要ないのだ。はい天才セカンドシーズン!どちらかというと怠惰を極めるための効率化な気がするが、気にしない。気にしてはいけない。

(……一応カウンセリング受けるだけ受けとくか……)

靴下を履き忘れていたことに気づいた。ものぐさ最大の壁は片方だけどっか行く靴下で、これに一番朝の着替えの時間を取られている気がする。同じ靴下だと思ったら色は同じだが微妙に丈が違うやつとか、よく掴まされる。いや掴むような状況にしているのは自分だが。
ドアを開ける。吹き込む冷気は、さすがに冬の訪れが近いことを感じさせた。うわっ布団に帰りたい。俺布団が恋しい。
急ぎドアを閉めて(当然暖かい空気を逃さないためだ)、アパートの階段を駆け下りた。

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