Novelber2019:14 ポケット

カウンセリングルームの中からものすごい剣幕の怒鳴り声が聞こえてくるのを、宮城野は手の中の飴を見つめながら聞いていた。
今部屋の中でバチクソに怒鳴られている人間が、入る直前にポケットの中から出してくれたものだ。

『そんな沈んだ顔してたら病人みたいだぜ、病は気からって言うじゃん』

実際、きっとそうだ。これは、宮城野にとっては病気だった。
幼い頃から病床に臥せっていた原因が自らの能力であるということを知った時、義理の父母は我が事のように喜んでくれた。それが原因で命を奪ってしまった実の両親と、偶然家に居合わせた家庭教師のことを思うと、やりきれない思いがずっと募る。募り続けている。
ポケットの中から飴を出して渡してくれるようなフランクさを自分に対して向けてくる人間は、今のところ一人しか知らない。

「君はねえ!!レポートより優先すべきものを持ってるっていう自覚をマジでもうちょっと持て!!私がもうちょっと上にいたら無理やり自費にしてやったからな多分!!」
「いやっでも一般学生としての責務じゃないですかレポートっていうか実験が全部悪いんですよ実験が」
「何もかも実験のせいにしてたら何にも進まないだろうがよ!このアホ!」

宮城野陽華は、いわゆる優等生だ。中にいるあっぱらぱー(今聞こえてきた)のようにレポートの提出のギリギリを攻めることもなく、朝寝過ごして友人に代返を頼むこともなく、淡々と全てをひとりでこなしてきた。だからこれからもそうするものだとばかり思っていた。

『いいか、今日からこいつがお前のパートナーだ。カス野郎だが腕は保証する!』
『人を説明する時にそんなこと言います!?』

そういえばあのときも、ポケットの中から飴が出てきた気がした。
あの人はいつもそうで、いつもどこからかお菓子が出てくる。カバンの奥底。ポケットの中。筆箱の中。いろいろなところから何かが出てくる。
そうやって与えられた経験なんてほとんどないから、もらうたびにこうして眺めてしまう。
――今の環境は恵まれている。何にも困ることはない。金にも、家族にも、理解者にも。

「……」

それでも、手の中にあるしわくちゃの包みの飴が与えられるような機会は、ごく僅かだ。そもそも袋詰めの飴を買わないし、買い与えられることもない。――いや、望めば買ってもらえるのだろうが、そういうものとは縁遠い家庭に暮らしている。今は。
だからこの砂糖の塊が、何だかもったいないような気がして、宮城野は飴をカバンのポケットに入れようとして、気づいた。

「あ……」

これのど飴だ。

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