Novelber2019:09 ポツンと

ポツンと。

「あ」

雨だ。そう気づいた次の瞬間には、雨は本降りに変わっている。
一斉に周囲の自転車が足を止め、サドルに引っ掛けて後輪とフレームの絶妙な隙間に引っ掛けていたビニール傘を開き、そして何事もないようにまた自転車で走っていく。
紫筑は広い。授業の間の休み時間の間に1~2km移動しなければならないことはざらで、むしろそれで済むのならまだマシなほうだ。自転車の傘さし運転も日常茶飯事、というかそうしないとやっていられない。大学敷地が広すぎるのが悪い。
その点、院生はのんきなものだ。よほどでなければ(もしくは自分から選択しなければ)激しく移動を伴うこともないし、そもそも授業がそんなにたくさんあるわけではない。
線を一本引こうとして、やめた。
西村の異能【書き尽くす炎】(ライター・ライター)は、簡単に説明すれば『線を書く』、それだけの能力だ。
書いた線をストックしておいて操り、ありとあらゆることをこなす。線にできることであれば何でもできるが、書いた線はあまり攻撃に向いてはいない。かなりサポート型に近い能力で、無軌道な攻撃を線に沿わせたりして、誘導したり逸らしたりができる。
だからたとえば今日みたいな日に、頭の上に一本線を引けば、傘の出来上がりだ。だが、学内であろうと日常的な異能の利用は推奨されていない。第四学群に所属していると分かっただけで、嫌われたり、利用しようとする人間が寄ってきたりするからだ。大日向深知は何一つ気にせず学内でも元気に能力を振り回しているが、それは彼女があまりにも特異だからだ。

「……」

どこで休憩しよう。いや休憩じゃなくて雨宿りだな。
行き交う自転車をかいくぐりながら傘も差さずに歩いているところに、不意に影が差し込む。
雨音が当たるビニールの音。

「先輩」
「うおびっくりした」

振り返る。見慣れたツリ目と、きれいに刈り揃えられた髪。
いよいよ来年度から第四学群に来て、実務班入りする(だろう)ひとつ下の後輩だ。玉坂虎之丞は、呆れた様子でこちらを見ている。

「風邪ひきますよ」
「バカは風邪引かないから最強だな」

すっかり濡れたTシャツを絞る。呆れたようなため息。

「……中入ってなんか飲みましょう。先輩は温かいやつにしてください」
「言われなかったら普通にアイス頼んでたな……」
「ダメです」
「へいへい」

行き交う自転車はほとんどいなくなっていた。そろそろ授業の始まりが近いのがよくわかる。今日体育の奴らは二重の意味でご愁傷様だな、と思いながら、いつものコーヒーチェーン店に入った。

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