義理歩兵自伝(14)
【義理歩兵自伝(1)はこちら!】
こうしてまたもや夜の世界へと潜水する覚悟を決めた義理浪士は、
再び求人広告とにらめっこをし始めました。
「とにかく生活費だけでなく学費もしくは修業中にかかる費用も出すとなると、またそれなりに稼げるところを選ばなくては・・・
できないかもしれないだとか、できなかったらどうしようと考えることすら許されぬ。やり遂げるのみ、それ以外の可能性はない・・・!」
このとき義理浪士の胸に、ある思い出が去来しました。
その思い出の持つ意味、メッセージが、大太鼓のように心に鳴り響いたのです。
それは、高校時代のマラソン大会での出来事でした。
義理浪士は小学生当時、スポーツテスト時に異様に高い結果を出しては疑われ、ひどく苦しんだ思い出がありました。
当時から枯れ枝のように痩せた体型のために「ナナフシ」などと呼ばれていたにも関わらず、筋力テストをすると握力は42キロを越え、女子は体重の半分が平均と言われる背筋力も約90キロに及び、測りなおしばかりさせられていたのです。
止まったまま前方に跳躍する立ち幅跳び時に至っては、結果が2メートルを超えたため、信用してもらえずに砂の上の別の足跡で再計測され、泣き寝入りをしたのでした。
小学生だった私はその時、自分には「ノミ」などの昆虫類に見られる、体躯に釣り合わない筋力を備えるDNAが存在しているのかもしれないと考え、万が一それが知られればバイオ研究のおもちゃにされるかも知れないという恐怖がわいてきて、今後一生、決して人間ドックを受けまいと何度も思ったものでした。
この思い出は幼い心を思った以上に傷つけていたようで、中学高校となんの部活にも所属せず、その能力を隠したまま過ごしました。
しかし、高校最後の年の冬、マラソン大会があると当日に知り(学校の予定や連絡を何も把握することができず、なぜ他の生徒たちがテストの日程やテスト範囲、各行事の予定を知っているのかがまったくの謎でした)、これは今までの汚名を返上する最後の機会に違いないと、ひとり合戦の前の兵士のように心に火柱を立て、執念の走りを見せると決起したのでした。
「ここで必ず、決死の走りで女子上位を取るのだ・・・!」
しかし、そこにひとつ大きな問題がありました。
義理浪士の通っていた高校には陸上部があり、部員たちは毎日のように学校の周りを走って練習に精を出していて、大会などでそれなりに良い結果を出していたのです。
これに勝つのは至難の業・・・しかし自分の特殊DNAの力を試してみたい。
そして、学校の教師という存在に結果を叩きつけてみせなくては、あの恨みも晴れぬというものだ・・・
サーモグラフィーであのスタートラインに立っていたスタート直前の生徒たちを見てみたとすれば、ひとつだけ真っ赤に燃える点があったに違いありません。
私はニギニギと執念の目力が蜃気楼のように出ていることを周囲に隠しもせずに、走る方向を睨みながらあの場に立っていました。
そして義理浪士はそのまま、スタートを切ってすぐにハイペースで走り始めました。
しかしあっという間にふくらはぎにひどい疲れを感じ、すぐにでもスピードを落として歩いてしまいたくなりました。
「なんと・・・体がひどくなまっている!あのノミのDNAはもう、眠ってしまったのだろうか・・」
スタート前の心の火柱はみるみるうちにしぼんで、まるで線香花火の先っちょのように小さくなってしまいました。
この意気消沈の最中、男子たちはどんどん先を行き、陸上部の女子たちはしっかりとしたペースで逆にスピードを上げているように見えました。
ここで、自分の中にある考えが浮かびました。
「もしここで、すべての体力を使い果たして走った場合、人は一体どこまでの記録を出せるのだろう。
きっと、ゴールした途端に死に至るほど、走るという行為で全体力を使い果たし、人間一人の生命力を尽くしきったのなら、すごい結果が出るのだろう。どんなに命懸けで走ったと言っても、ゴールしたあとにスタスタと歩く体力を残しているようでは命懸けとは言えないのではないか?」
走っているという行為のせいか思考は一点に集中して、その考えに囚われた義理浪士は、ならば全体力を使い果たし、ゴール後に歩けないほど燃え尽きて真っ白になったらどうなるのかを見てみようという気になりました。
ちょうどそれは、明日のジョーと丹下のおっさんを自分ひとりで自作自演しているようなものでした。
そしてやはりこれも走っているという行為のせいだと思われますが、その他の生徒が、皆ホセ・メンドーサに見えました。
幸いここでちょうど距離的には中間より手前で、ゴールまではまだ距離がありました。
それまでとても長く感じられていたゴールまでの距離が、途端に短く思えました。
あのゴールまでの間に、真っ白にならなくてはならないのだ。
温存しようと考えるとあれほど頼りなかった体力は、使い果たしてしまおうと考えると有り余るように感じられ、むしろ使い切れるのかどうか自信がないほどでした。
「こんなにノロノロ走っていては、ゴール後の視界、真っ白どころか何万色だよ?!」
そこからは周囲のホセたちのことも忘れ、自分の体力を使い切ることにのみ集中し始め、ゴール後に歩いてたまるか・・・!という気持ちのみで短距離走のようなスピードで走り続けました。
結果、女子1位を獲得、男子を合わせても5位という快挙を成し、心の中の丹下のおっさんと抱き合い、胴上げをし、ビールを頭からかけ合いました。
ゴールしたあとにはやはり歩くことはおろか倒れたまま立ち上がれませんでしたが、心は子供の頃の悔しさを晴らすことができたという、確かに「真っ白」な爽快感でいっぱいでした。
あの時のマラソン大会と同じだ、自分を守ろうとすればするほど、今持っている力が頼りなく感じられるのだ。
逆に使い果たしてみようと、自分をぺしゃんこのシナシナのスルメにしようと考えてみると、この生命力、心の強さ、非常用のドライ・ポジティブマインドまでを使い切るのは容易なことじゃないぞ?!
これを思い出した義理浪士は、生活費を稼ぐことなど、途端にひどくイージーなことに思えてきました。
自信があるかないか、などと考えていたのがチャンチャラおかしくなってきたのです。
できるかどうか、ではない。完遂するのみ、じゃないか!
義理浪士がとても前向きに仕事先を探していることに、大卒浪士は安堵したようでした。
そして、あるとき決意を打ち明けてくれました。
「俺、進む方向を決めたよ。ガーデンデザインをしてみようと思う。庭の設計をするということに、すごく惹かれたんだ。
通信教育で図面の引き方やその他の基本を学べるみたいだから、それを終えたらすぐに仕事先を探して修行して、その後独り立ちをしてみようと思う。それまで頼ってしまいますが、、お願いします」
義理浪士は飛び上がるほど喜びました。
「わかった、好きなことならなんでもいいんだ、とにかくそこまで協力してやっていこう!!むっほー楽しみだぞ~?!
それに、俺に悪いなどと考える必要は一切ない。こちらのせいなんだし・・・・・わかったな。とにかく一緒にがんばんべー!」
新たな目的ができた喜びの中、義理浪士は早速仕事の面接に行きました。
隣町にある、その街唯一の高級クラブ。
給与の条件は以前働いたところに比べれば劣りましたが、他の一般的なお店に比べれば格段に良く、生活していくには間に合いそうでした。
ホステスさんというのは、ひとりひとりが社長さんのようなもの。給料はもちろん歩合で、やはりすべては売上次第なのです。
「自分の中をジョーと丹下に分ければ良いだけ、そして真っ白を目指せばなんとでもなる!」
面接に行くと、そこにはあの白魚長と同一人物かと思うほど、白魚のような、細く白く小さなボーイ長かつ唯一のボーイさんが迎えてくれました。
お店はすでに営業が始まっていて、ゆったりとしたピアノの音楽の中、少数のお客様が来店していました。
店内にはバーカウンターもあり、中には女性のバーテンダーさんがカクテルを作る準備をしていました。
再白魚長「いや久々にバッチシ売れそうな人が来たもんだから、嬉しくなっちゃってね」
再白魚は、標準語を茨城弁のイントネーションで話す人でした。
義理浪士には、それがどこか素朴で可愛いと感じられました。
義理「ありがとうございます、ホステス経験はまだ1年ほどで、お店もこちらが2軒目です」
再白魚「ああ、そう~、うちはお店の歴史も長くて、ここら辺では一番のクラブだからね、頑張ったら稼げるからね」
義理「そうですか、はい、がんばります」
よかった、雇ってもらえそうだ・・・・!とりあえず胸をなで下ろすと、そのお店のママさんが現れました。
恰幅のよさ、五つ星。肉付きのよい顔からは元々の顔は整っていることのうかがえる、ダイエットの効果が少し出てきたマツコ・デラックスを小型にかわいくしたような女性が黒いスーツを着て目の前に座りました。
幅ックス小型ママ「ふぅ~お待たせ。ふーん・・・・・あんた、前の店で売れてたでしょ」
義理「あ、、、はい、途中からは指名をたくさんいただいて、、、当時のお店では、売上は一番よかったです!」
すると幅ックスママは斜め後方をアゴで指して、ジロリとそちらを見て言いました。
幅ックス小型「だろうね。でさ、あそこに見える細い子、あれがうちの今のナンバーワンなわけよ。わかる?あんた、あの子超えてくんない?」
義理「えっ・・・・・!!!」
急にとんでもないことを言い出すママさんに驚いて、しっぽの毛が思い切り膨らんだ状態でそちらを見てみると、そこには、
背が高く、長~く細~い脚、アムラーになってしまった松嶋菜々子のような美人の女性が、非常に長く語尾を伸ばして話しながら、明るい色の髪をかきあげながら、足を組みながら、他ホステスに自分を見せつけるようにして接客をしていました。
たった1年の経験しかなくとも、私にも彼女が飛び抜けていることがわかりました。
幅ックス「あんた、やりようによっちゃ、超えられるでしょ。あの子はうちの社長のお気に入りなんだけどね」
義理「あ、、、、あの・・・お仕事は、一生懸命やります」
幅ックス「まあいいわ、じゃ明日から来て。あんたの面倒は私が見るから」
義理「はい、ありがとうございます!よろしくお願いします!!」
再白魚はいい人そうだ、よかった・・・しかし可哀想なくらい、白魚のようで、そして貫禄ゼロの人だ・・・
それよりもあのママさんは、なぜあんなことを言い出したのだろう・・・社長のお気に入りを超えてくれとはどういうことだ?
なにか、喪黒福造がすぐそばにいるような、何も悪いことをしていなくとも何かに巻き込まれそうな、この先の道には「不運の地雷」が理不尽にもランダムに埋められているような、嫌な予感がする・・・
義理浪士はこのような不安を抱えながら店を出て、春の寒さと暖かさを全身に感じながら、少しでも早く大卒浪士へ報告したくて走り出しました。
走りながら、Jrがっぱに言われたことを思い出しました。
「必ずまたどこかで働くさ。夜の世界から、足が洗えると思うのかい・・・?」
悔しいことだ、このままではJrがっぱの言うとおりだ!
自分はまたこうしてネオン街に戻ってきてしまった・・・・
必ずまた、目的を果たしたら昼の世界に戻ろう、最短でそこまで行かなくては!!!
決意新たにした義理浪士は、このあと働き出してすぐに知ることとなりました。
なぜ幅ックスママが、自分にあのナンバーワンを超えてくれと言ったのかを・・・・
つづく!
この記事が参加している募集
毎日無料で書いておりますが、お布施を送っていただくと本当に喜びます。愛と感謝の念を送りつけます。(笑)