義理歩兵自伝(8)

義理歩兵自伝(1)はこちら!

思い出深き窓割れアパートでの生活を卒業し、
私たちは私の実家に一時的に身を置くことにして、
都内から神奈川へと引っ越してきました。
 
この先「歩兵」と書くとどちらがどちらかわからなくなってしまうので、
ここは便宜上、

彼の方を、大卒歩兵(だいそつぼへい)
私の方を、義理を果たそうとしている歩兵、義理歩兵(ぎりぼへい)
 
と記すことにします。
 
 

私の実家に移ってきて、さっそく私たちは具体的にどんなビジネスを始められるのかを検討し始めました。

本来なら、まずは先にやりたいことがあって、それからお金を貯めるなり、技術を磨くなり、と、それをビジネスにしていくために必要な条件を満たしていくのかもしれません。
 

しかし、私たちの場合はそこが完全に逆でした・・・・

 
何になりたくてお金を貯めたの?と迂闊にも聞かれてしまって、
もしそれに正直に誠実に答えなくてはならないとしたら、

「えっ社長かな(*´艸`*)」

と言わねばならないという、真っ赤な恥を抱えた状態でした。

そしてその、順序が逆であるという事実はまた、
私の心になにか「将来に対する唯ぼんやりした不安」のようなものをもたらし、私はその不安の正体を可視圏に捉えてしまいたくなくて、

後ろを振り返ってはいけないような、
肝試しの最中に「うわ今確実に変な声みたいなものが聞こえた気がするけど絶対にそっち向けないしとにかくアクションを起こすとそれが引き金となってなにか起こりそうだから聞かなかったことにしようピーピリリー(口笛)」
と弱気な自分から必死に目をそらしているような、そんな情けない状態でした。

どうしてもやりたいことがあるわけでもないのに事業を興そうなどと言って、無理やりこじつけるようにやることを決めて準備をしても、
 
オーブン使用不可の容器内にせっせとラザニアの仕込みをして、
いざ焼こうとした時に

 
あっ・・この容器じゃ焼けな・・・・・きたか最初の土台からしてダメだった系の失敗きたかーーーーーーー
 
 
というような、最後にこの手の大ダメージを食らう気がしてなりませんでした。
 
 

これを大卒歩兵にこぼしてみるも、
「大丈夫だよ、思いついたことが本当にやりたければ、順序は結局初めからやりたいことがある人と同じじゃないか。自由な気持ちでいろいろ考えてみよう! 」
 
 
と言って励ましてくれるのでした。
 

しかし義理歩兵には、

「もちろんそこで本当にやりたいことが思いつけば大卒歩兵の言うとおりだが、サラリーマンの嫁にはなれない、という地下穴から出ている湧水の水脈をいくら辿っても、含まれているネガティブ成分はいつまでも同じなんじゃないだろうか・・・」

という反論が、しつこい痰のように喉にからまったままでした。

しかし、背中に負った渡世の義理、このまま果たさでおくべきか。
「一度乗りかかった舟だ、漕ぎ出すよりあるまい・・・・」
義理歩兵は覚悟という名の"任侠風味・砂糖不使用のど飴"でその痰を切りながら、アイデア探しを続けました。
 

 
そして、それから間もなくのある暑い日に、ふと湧いた単純な疑問。
 
アロハシャツはどうしてどれもこれも化学繊維でできているのだろう。
湿度の高い日本では、浴衣のような木綿が気持ちよさそうだけどな!
 
どんな物が買えるのか、インターネットで探してみても、どこにも見当たらない・・・・ 
いくら探しても見つからない。

それなら、縫って作ってみよう!!! 

そう思い立ち、和柄の浴衣の反物を買ってきて、私はホオアカ譲りの裁縫技術と異常な集中力で、一日で当時はまだどこにも売っていなかった、和柄の浴衣生地のアロハシャツを縫い上げました。
 
思っていた以上にかっこいいじゃん!!
柄を変えても面白そうだし、これ、好きな人もいるかもしれないね??
 
二歩兵はすっかりそのアロハに魅せられ、
様々な柄の反物を買ってきては試作品を作りました。
 
 
作れば作るほど、柄によってまるっきり印象の変わるのが面白くなってきて、私は型紙を自作し始めました。
そうして、気に入った型で納得のいくものが作れた時に、これを売るための準備を始めました。
 
 
ところが、様々な会社に話を聞くうち、服を制作して売るとなると、縫製会社にある程度のロット数で頼むことが必要となってくること、浴衣の反物屋さんというのは、昔ほどの需要がないため数が限られていて、それほど融通の利く業界ではないということ、などがわかってきました。
 
 
私たちの持っていた資金は、コンスタントに大量の反物を買い込んで工場に制作をお願いし、ウエブサイト制作のためのコストやある程度の運転資金に当てる分をすべてまかなうにははるか及ばず、服飾業界というのは砂糖不使用の任侠のど飴以上に甘くないのだとわかりました。
 
 
無知だった、これもホオアカ譲りなのだろうか、とにかく無知だった・・・・

不甲斐ない、情けない・・・自分には世の中のことは何も分かっていないのだ。
これっぽっちも。

義理歩兵は、自分がカッコ悪くて、バカみたいで、ニートに戻ってスーパーカップ1.5倍の残り汁の表面にカビの生えたものに囲まれて生きてやりたくなりました。もう一度、あの頃のように・・・!
しかし、縫い物に明け暮れて型紙まで作って頑張ったプロセスを思い出すとそこで諦めるのはあまりに悔しく、こうなったらなりふり構わず資金源を探すことにしました。
どうせあの日、クラブを辞めると告げた日に、「コロ助なり」まで覚悟した身じゃねえか!

私は、サンプル品を持って、プレゼン資料を作って、クラブで働いていた頃の人脈に体当りしてスポンサー探しをすることにしたのです。
 
 
そこで、あるIT企業の社長さんが昔ながらの柄を気に入ってくれて、
なんとなんと、売上を折半にする条件で資金の一部を投資してもらえることになりました。
 

見晒せ!
掴んだ・・・また掴んだぞ、昇り龍の尻尾を!!
 

 
私は大卒歩兵と狂喜乱舞して喜びました。
これで反物も買える、工場にも発注できる・・・・!
やっと、踏ん張る土俵ができたんだ!!!
ヒャッホ~イ、ハレルヤ~~~~! 
 

あばよ、不幸という名のストーカーさんよ。
あんたけっこう、粘着質だったよな。
楽しませてもらったぜ、アディオス・アミーゴ・・・・・
 
 

 
 
この世には、厳しい大自然のように無常で、
仏の情けも届かぬ、無情な摂理というものがございます。

皆様も何度も見たことがあるのではないでしょうか。
 
待ちに待った仲間たちとの夏の旅行。
そこで一人の若者が、ずっと片思いを募らせていた、仲間内ではアイドル的存在の最高にキュートな女の子に勇気を出してアタック・・・!
湖畔を見渡すコテージのそばの納屋で二人きりになり、互いに見つめ合い、
ピンク色のムードの中でイチャイチャし始めて、二人、これ以上ないほど盛り上がったところで、

 
あるいは、小型クルーザーで海に出て、愛し合うカップルが、ようやく得ることの出来たつかの間の静かな時間に、はじめて安心して無防備に抱き合ったところで、

あるいは、ハンバーガーショップで、スカシた上司のムカつく命令に従って一人残って皿洗いの残業をし、やっと仕事から解放されて車に乗ってチラッと恋人の顔写真に目をやって、微笑みながらエンジンをかけたところで、
 

 
 
現れるのを。あの、ジェイソンが・・・・・!
 
 
 
 
 
自分たちのアイデアに、投資してくれる人物が見つかった。
それは、この時の私たち二歩兵にとって、その時点で乗ることのできる一番高い波でした。
その波に、不安定なボードの上だろうと、乗ることができた。
これは二歩兵を「調子に乗った無防備な若者」にするのに十分な材料でした。
 
鼻歌止まらず、その鼻歌とともに鼻腔から出てゆく呼気には特殊な栄養分が含まれていて、そのせいで鼻毛が伸びるんじゃないかと危惧するくらい、豊かな気持ちでした。
 
 
そう、このときまさに私たちは、ジェイソンの現れる条件すべてを満たしていたと言えましょう。
 
 
 
狙われれば、逃れる術なし。
死神の足音は、すぐそばまで、文字通り、玄関の目の前までに迫っていたのです。
 
 

見慣れたお茶の間劇場の一場面のように、

 
ピンポーン・・・・・とドアのチャイムが鳴る。
あれ、誰だろう、こんな時間に?
そうしてドアを開けにいく。

 
 
これが私が実家で味わった無防備で幸せな時間の、最後の瞬間でした。
 
 

 
つづく・・・!!!!!

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