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電子使い風子誕生!

 風子はコミュ障だった。高校をダブった。19歳の女子高生だ。カッコ悪い。
 「わた、わた、わたしは!ふうこでは!あり、あり、ありません!ぷ、ぷう、ぷうこです!」
 情報学科にいる。卒業したら、ITエンジニアになって、テレワークで世界を制したいと思っている。コミュ障なので、人と話すとか無理だった。だからダブった。でも話したい。
 「じ、じじ、人工言語がと、得意です。プロ、プロペラじゃない。プログラマーです」
 自己紹介すると、いつもどもる。自然言語は苦手だ。無駄に文字列が長くなる。美しくない。
 「J,JavaとPHPの、に、二刀流です。ス、ス、〇ターバーストストリームです!」
 Web系が好きで、PHPが得意だったりする。コードを読んだり、書いたりする事は嫌いではなかったが、最近はインフラ系にも興味があったりして、ネットワークの勉強も始めている。
 「でででも、でもでも、ささ、さい最近、C,CC,CCNAも取りました!」
 具体的には、ネットワークを制御するルーティング・プロトコルに興味がある。ダイナミック・ルーティング・プロトコルだ。こういったものがないと、トラフィックが混乱して、ネットがダウンする。手動によるスタティック・ルートで、全部ネットを繋ぐ訳にもいかない。
 「I、IIT万歳!テレ、テレ、テレテレワーク万歳!い、いい以上!」
 ITというものは、複雑で理解し難い。特にネットワーク・エンジニアは、システムの設定を考えて、繋いでいく仕事だ。ネットワークの通信速度が遅い時は、どこがおかしいのか、探す事を求められる。状況を読む力と、問題を見抜く目を求められる。とても面白い。
 「つ、つい、追伸!お、おおお仕事下さい!サ、サイ、サイ、サイト作れ、ます!」
 Web系でサイトを構築して、開発するのも面白い。だが完成したら、あとは運用するだけだ。規模が小さければ、単発の仕事となる。清涼飲料水販売会社の何とか応募キャンペーンとか、そういう奴だ。一度やってみたい。こういう仕事は、現れては消えるのだろうが。
 「あ、ああとわた、わた、わたしに、はな、はな話し掛けて、下さい。ご、ご意見待てます!」
 だが風子は、何かもっと異なるものを求めていた。自分はITに進むべき人間だと思うが、何かイメージが異なっていた。ITはITだが、もっと異なるものを予感していた。上手く説明できないが、ネットワークについて考える事は、それと関係があると思っていた。
 風子は、子供の頃から心の中で、ちょっと変わった自己イメージを持っていた。
 夜、星空の下で瞑想し、無数のネットワークと繋がっている。そんな夢だ。
 「え、ネ、ネットワークって、な、何ですか?ですか?し、し、質問ですね?」
 ネットワークはITの一分野だ。ではITにおけるネットワークとはどんなものか?
 「じ、じじ人体で言えば、じゅ、循環器系、けっ血管やし、神経です」
 ITの仕事を人体にたとえると分かり易い。
 システムを頭脳とすれば、サーバーは臓器に当たる。そしてネットワークは神経や血管と言える。血管にも心臓に上がる静脈とか、心臓から下る動脈と言ったルーティング・プロトコルが存在する。JavaやPHPなど人工言語は、システムの言語で、人の頭の中の言語に相当する。
 「だ、だから、ネットワーク・エンジニアは、ネ、ネットワークのおお医者さんです!」
 ITエンジニアは、病院の医者にたとえる事もできる。内科の医者がいるように、サーバー・エンジニアがいる。頭脳であれば、システムエンジニア。循環器系であれば、ネットワーク・エンジニア。人体の部位にそれぞれ専門医がいるように、ITも専門のエンジニアがいる。
 「そ、それから、ど、どう、動画サイトは、I、I、IITのデパートです」
 YouTubeとか動画サイトの場合、全てのITの仕事が詰まっている。
 画面のデザインはWebデザイナーの仕事だし、画面の開発はプログラマーの仕事だ。サイトのフロントと言われる。表側で動く処理があるなら、当然裏側もあるので、サーバーサイドもある。皆が上げる動画を保管しておく機能だ。サーバー・エンジニアの領域だ。
 あとは皆が動画サイトを視聴すると、サーバーに負荷がかかり、トラフィックを軽減して、分散させないといけない。これはネットワーク・エンジニアの領域だ。動画が見れないとか、内容が不適切だと、クレームを受け付けるコールセンター・ヘルプデスクの仕事もある。
 「I、ITで、みみみんなの、おお仕事をおおお、お手伝いします」
 ITというものは、それ自体の仕事は少ない。新しい人工言語を考える研究職みたいな仕事もあるが、それは少ない。基本的に、他の業界の業務を自動化、デジタル化する仕事だ。DXだ。
 業界の数だけ、会社の数だけ、業務の数だけ、システムが発生する。そういう意味では、全ての業界が顧客対象になりうるので、他の業界が全滅しない限り、IT業界は潰れない。IT業界が終わる時があるとしたら、それは現代文明が終わる時だ。それくらい浸透している。
 「こ、こん、コンピューターあるところに、ぷ、ぷうこ、あり!」
 だが半導体の問題がある。半導体がないと、PCもスマホも自動車も作れない。ハードウェアなので、製造業に属するのかもしれないが、近年は生産量が追い付かなくなっている。半導体チップの確保の問題だ。これがないとシステムが作れない。それくらい依存している。
 半導体は、システムの機能を実現する演算機能を構成する要素だが、5nm、3nmと極小化が進み、ビットを重ねて、並列処理する量子コンピューターというものが開発されている。
 古典コンピューターは、足し算的な演算能力を持つだけだが、量子コンピューターは指数関数的な演算能力を持つ。どちらも規模が小さければ大差ないが、規模が大きくなれば、その演算能力に差がつく。これが文明を変えると言われているが、宇宙の扉を開く程ではない。
 量子コンピューターでワープして、恒星間旅行をする宇宙船を作れる訳でもない。
 「ぷぷう、ぷうこあるところに、ネットワークあり!か、か管理します。管理者です。以上」
 風子はお話ができて満足した。明日、学校で発表する自己紹介用の動画を撮り終えた。無論、自宅から配信する。何度も取り直して、ベストだと思う説明、図解を入れた。力作だ。
 「……ぷうこ、寝ます!」
 風子は必ず宣言してから行動する。独り言だったが、本人はいつも本気だった。
 寝る前、昼間視聴した映画の事が頭に過った。風子は、その映画を観てピンときた事があった。その映画(注27)では、ネットに拡散してしまった動画を、宇宙人が消していた。
 宇宙人のオーバー・テクノロジーという描写だったが、ピンと来た。分かるという感覚だ。
 もう一つピンときた部分がある。これも、それは理解できるという感覚だ。
 その映画では、宇宙人でもあり地球人でもある主人公が、地球で目撃した事件が物語の起点となっている。主人公は、自分の命を懸けて、他者の命を救うとある日本人の行動に驚き、その自己犠牲の精神を学びたい、真に理解したいと思った。だから地球のために戦った。善行だ。
 宇宙の中で、地球が特異で、さらにその中で、日本人が特異に見えるというのは、宇宙人の視点から見て、在り得ると思った。自己犠牲の精神は、宇宙文明の中でも、容易に発生し得ないものかもしれない。重大な意味があり、深刻な矛盾を持っている。究極の善行だ。
 その夜、風子は夢を見た。宇宙人の夢だ。そういう夢は、実はこれまでも、時々見ていた。
 聞いた事がない、壮大で甘美な音楽が流れ、死んだ曾祖父の姿をした宇宙人が、小さな地球を指差していた。何だかキケローの『スキーピオーの夢』(注28)みたいなシーンだった。
 「電子使いPuukoよ!目覚めよ!汝、地球のネットワークの管理者となりて、悪しき動画コンテンツを駆逐せよ!汝、その魂は宇宙より来り、この星で鳳として羽ばたかん!」
 風子は、自分で気が付いていなかったが、超能力者だった。だがまだその力は眠っている。
 「これより能力をアクティベートする。ゆめゆめ、この力を悪しき事に使う事なかれ!」
 夢はそれだけだった。風子は朝目が覚めると、ちょっと首を傾げた。だが感覚は前と異なっていた。もしかしたら、これは一種のアブダクションだったかもしれないと思った。
 身体をいじられる方じゃない。魂だけ宇宙に行って、秘儀を授けられて、帰る方だ。
 よく分からないが、風子は起き上がると、マルチ・モニターの前に座った。テレワークで世界を制するために用意したSF的な作業場だ。とても19歳の女の子の部屋とは思えない。
 とある動画サイトを訪れた。そこでは自殺動画で持ち切りだった。運営が一生懸命その動画を削除しているが、またどこからともなく投稿されて再生される。いたちごっこだ。
 故人の遺志を尊重して拡散している辺り、タチが悪かった。特にとある女子高生のビルからの投身自殺動画は、女子中学生二人の鉄道後追い自殺まで引き起こしている。社会問題だ。
 これはよくないと風子は感じた。検索エンジンを開いた。この女子高生の遺書なる長文も多数転載されて、ネット中に広がっていた。悪行だ。呪いだ。反響して炎上する。
 自殺はするべきじゃない。思考がループする。だからその場に留まり続ける。地縛霊だ。死者はもうどうしたらいいか分からないから、延々と思考がループし続ける。何十年、何百年と。生前に思考ループ状態に陥り、死後も止まらない。これは世界を破壊し、地獄化する。
 この思考ループから脱するには智慧しかない。古人や聖人、そして賢者の言葉だ。
 自殺動画は最悪だ。通常、自殺した人間は、地縛霊となって、自殺現場に留まるだけだ。だがこの場合、自殺した女子高生は、増殖する動画と長文を足場として、DX化していた。人が動画と長文を見ると、波長が同通して、霊なので、どこにでも現れる。DX化した怨霊だ。ネット型不成仏霊と言える。自殺を動画配信すべきじゃない。再生される度に、呪いがより強くなって成仏できないし、呪いが拡散する。そして自殺動画が存在する限り、本人はまず成仏できない。最悪のパターンだ。そしてこれを駆逐するのが、自分の仕事なんだと風子は理解した。
 「え~、え~、願いましては……この動画のご破算を」
 風子は、地球人が知らない処理方法、未知の人工言語を基にプログラムを組んだ。短くて美しい。一見して、ただ既成の人工言語を使っているように見えたが、本質的には全く別の考えを置き換えて、使っていた。ちょっと無理があったが、何とか機能した。
 「御明算!」
 風子はエンターキーを押した。妙な掛け声は、そろばんを習っていた時のクセだ。
 すると、ビルから投身自殺した女子高生の動画が消えた。全てだ。ネットから完全に消した。また誰かがアップロードしても、それも消える。正確には、全てアップデートが掛かって、その動画が自己崩壊する仕組みになっている。これはそういうプログラムだ。
 ついでに、この女子高生の遺書と女子中学生二人の自殺動画も消した。駆逐完了だ。
 電子使い風子誕生!の瞬間だった。地球上の全ネット管理者誕生の瞬間だ。
 ネット中大騒ぎになっていた。ローカルのファイルも消えてしまうのだ。ネットに繋げるとデータが消えるのだ。ホラーだった。そんな事、技術的に在り得ない。だが起きていた。
 風子は、ネットのエロ動画を全部消してやろうかと思ったが、やめた。こういうのは扱いが難しい。やれば、禁酒法時代のアメリカみたいになる。かえって悪い方向に行く。
 風子は、自分の立ち位置が急激に変わった事を自覚した。この力は大き過ぎる。秘匿しなければならない。風子は、自分を隠し、守るためのシステムが必要だと考えた。恐らく地球上のハッカーたちが今、この怪奇現象を追い掛けている筈だ。宇宙の電子使いと地球のハッカーでは勝負にならない程、格差があるが、それでも追い掛けられるのは、鬱陶しい。
 あと政治的なものも、距離を取りたいと考えた。政治はシーソーのように揺れる。一方が優勢で、他方が劣勢でも、時間が経つと、立場が入れ替わる事がよくある。正義の味方は難しい。
 当面はDX化した怨霊退治だけでいいかも知れない。怨霊がネットを駆け巡って、どこにでも現れるなら、退魔師もDX化して対抗するだけだ。だが風子は本質的に退魔師ではない。電子使いだ。この力はまた別の方面で使う機会があるだろう。風子は忙しくなった。
 
注27 映画『シン・ウルトラマン』2022年 監督 庵野秀明 スタジオカラー 日本
注28 『Somnium Scipionis』Cicero(BC106~43) 古代ローマ 大アーフリカーヌスの啓示

          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード57

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