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東京シンデレラストーリー

 緑のイチョウのマークが描かれたカードが、部屋の壁に刺さっていた。
 ――今夜、あなたのお金を盗みに行きます。by東京都。
 カードにはそう書かれていた。心がときめく。いや、意味が分からない。
 
 今日も東京に灰が降る。
 白い粉雪のように降り積もる。
 だが吸い込むと最悪死ぬ。死の灰、cendreだ。
 空は一面灰色に染まり、西の空が赤く黒く燃えていた。
 富士山だ。噴火している。だが最近、半島の火山も噴火したらしい。
 静岡の富士山と半島の白頭山が噴火して、都内は二重の被害を受けた。
 高層ビル群は腐海の谷と化し、人々は東京を出て行った。地方疎開だ。
 だがまだ少なくない数の人たちが、都内で粘っていた。
 Y(22歳女)もその一人だ。アーティスト志望の元女子大生だ。
 奪われた青春を取り返すべく、執念を燃やしている。
 東京は最高の舞台だ。現代世界でこれ以上の都市はない。
 核戦争?火山噴火?ハイパーインフレ?全てYには関係がない。
 それよりも、感染症で全てをマスクに覆い隠された青春を取り返せ!
 
 アーティスト志望の元女子大生のYは、カードの裏を見た。マスクde都知事が、謎のキメポーズで白い歯を光らせている。これは抽選パーティの招待状だ。今夜、都庁へ行く。
 親から仕送りを断たれて、大学を中退した恨みを、今こそ晴らすべき時が来た!憧れのキャンパスライフは、感染症と被って過疎ったが、それでも行きたかった!学費が欲しい!お金が欲しい。だがこれはあくまで招待状に過ぎない。都庁の舞踏会に行くためには、魔法が必要だ。
 カードには、魔法の始動キーが書かれている。思い出の場で全てを捨てろ!
 Yは、銀行に行くと、預金を全部下ろして、バッグに万札を突っ込んだ。
 新紙幣だ。安っぽい。渋沢栄一?とかいう人物が描かれている。シン・1万円札だ。
 Yは、表参道と原宿の間にある有名な歩道橋に行った。大戦前、イチョウの並木に白銀のイルミネーションが飾られて、もの凄く輝いていた思い出の場所だ。今はもうない。
 世界でこれほど、ロマンティックな並木道を見れる歩道橋はない。
 だがなぜか、またあの歩道橋が架かっていた。どうして出現したのか分からない。変異?神変か?とにかく、最高の見晴らしなので、Yは思い出の歩道橋を登って、呪文を唱えた。
 「Aschenputtel、Cendrillon、Cindereeeeeella!」(シンデレラ、シンデレラ、シンデレーラ!)
 シン・1万円札を沢山、歩道橋からばら撒いた。時々見上げるが、拾う人はいない。
 パン一斤10,000円、ハイパーインフレの世界、東京だ。1万円の購買力は、往時の100円程度になっていた。地方に行けば、まだパンは流通しているので、数千円程度で買える。東北や北海道ではまだ千円台だと聞く。都内だけバカ高くなっていた。理由は色々あるらしい。
 Yは万札をばら撒きながら思った。もうこんなの惜しくない。ただの紙切れだ。
 こんなの百円札を蒔いていると思えばいい。このおもちゃみたいに安っぽい新紙幣は、好きじゃない。この新紙幣を日銀が大量に刷ったせいで、ハイパーインフレが起きたと東京都知事が言っていた。そうかも知れない。もういっその事、昭和の聖徳太子に戻せ?
 世間では、幣原内閣の新円切替と、似た事が起きたと言われていた。アレは1946年2月16日の話だ。タンス預金パー、いんちきデノミ、預金封鎖とかよく分からない用語が飛び交っていた。折からの火山噴火、原油価格の高騰、停電、断水、降灰で東京は滅茶苦茶になった。
 Yが、全財産を歩道橋から投げ捨ててしまうと、奇跡が起こった。
 表参道の四車線を、堂々とかぼちゃの馬車?が駆けて来た。
 いや、それはトナカイが引く橇だった。サンタクロースが御者を務めている。車には、仙人と花咲爺が詰まっていた。車から手足が飛び出している。プレゼントの山の上に、シスター姿の謎の若い女性がいた。信じられないくらい綺麗な顔をしている。金髪碧眼だ。
 Yがびっくりしていると、サンタクロースは橇を止めて、降りてきた。
 「……じじいの頭数が足りなくてすまんの。話の都合で、あと四人調達できなんだ」
 そのサンタクロースは、Yにそう言った。彼女は、首を傾げて答えた。
 「白雪姫と七人の小人?」
 「……ああ、すまん。間違えた。この話はシンデレラだったか。ワシが魔法使いだ」
 「違うよ。魔法使いは私だよ」
 シスター姿の若い女性が、ぴょんと飛び降りて、訂正した。ギターを下げている。
 「来てくれて、ありがとう。魔法使いのお姉様。でも舞踏会に着て行くドレスがないの」
 Yはたった今、全財産を投げ捨てたのだ。パーティに着て行く服がない。
 「……お辛(しん)ちゃん。坪内逍遥(注71)バージョンだから、午後6時までに帰るのよ」
 「え?そのバージョンだと、魔法使いは弁天様じゃなかったっけ?」
 Yは大学で国文を専攻していた。1886年の『新貞羅』、1900年の『おしん物語』などだ。
 「……ほら、私、外国の女神様みたいなものでしょう」
 その弁天様?は、シスター姿でギターを下げていた。見るからに、弁天様?だ。
 「ドレスはどうすればいいの?」
 「……それはこのQRコードのお店に行って」
 弁天様?が、スマホで表示したQRコードを、Yが読み取ると、地図が出た。
 「弁天様!お店紹介してくれてありがとう!午後6時までに帰るね!」
 「……都庁の公務員は5時で帰るから、気を付けてね!」
 Yは手を振って、弁天様?率いる三人しかいないドワーフたち?と別れた。
 お店が見えて来た。メルヘン・ブティック・マザーグースだ。日本語的には、何の違和感もない。いや、よく考えてみると、色々おかしい。メルヘンはドイツ語で、ブティックはフランス語で、マザーグースは英語だ。西洋人が見たら、そのセンスに度肝を抜かれる事だろう。
 中国語と韓国語と日本語が合体したお店の看板があったら、東洋人はどう思うか?これはそういう問題だ。だが日本においては、これは何の違和感もなく溶け込んでいる。それがこの島国特有のシンクレティズムだ。いや、言い直そう。これは一種のもののけ、妖怪だ。
 語感さえ、外見さえよく見えれば、何でもいいという妖怪変化の類だ。最早、文化じゃない。日本人の心には、そういう考えが巣食っている。日本史で、仏教と神道のバトルでそうなった。外国から転生した魂であれば、この異常さに幼少時に気が付く。日本という国に対して、表現のしようのない違和感を覚えるのだ。(あくまで個人の感想です。体験には個人差があります。)
 ちょっと興奮して、脱線した。話を戻そう。

 そのお店には、三人のお姉様がいた。ドイツ人とフランス人とイギリス人だ。Yを虐めて来る。お金がないからだ。お金がないからお店で働いて、ドレスを買わないといけない。シンデレラは、いつだって虐められる。辛いのだ。だから坪内逍遥はお辛(しん)と訳したのか!
 Patient!Be patient!(我慢!我慢!)Be force with Y!(フォースよ。ワイと共にあれ!)
 結局、Yは残業したので、ドレスを着て、お店を出た時、午後6時を完全に超えてしまった。だが都庁まで急いで行く。タクシーとかない世界なので、表参道から都庁前まで、走らないといけない。あ、ナビタイムの緑の外人さんで、4.3kmと出た。行ける!行けるよ!
 Yはガラスのヒールを脱いで、スニーカーで走った。最近、よく持ち歩いて、使い分けている。できる女は、ビジネスシーンに合わせて、靴を履き替えるのだ。これはマナーだ。
 都庁に到着した時、深夜の12時を超えていた。流石に仮面舞踏会は終わっている。景品は何だったのか?東京都は何がしたいのか?いや、新しく東京都が発行する暗号資産、仮想通貨「トンキン」のお披露目パーティだった筈だ。因みに名前はネットで公募して決めた。
 会場は無人だった。真っ暗だ。Yは、ガラスの靴に履き替えた。とりあえず、シナリオ通り、靴を片方残した。これでいい。因みに靴のサイズは24cm。平均的だ。女なら大抵履ける。
 その時、ガシャ!ガシャ!と音がして、スポットライトが次々灯った。眩しい?ルパン?
 「フェリシタシオン!(おめでとうございます!)」
 東京都知事が、パチパチ拍手しながら、会場に姿を現した。
 「マドモワゼルY、あなたはちょうど1万人目です!」
 Yがびっくりして、周囲を見渡すと、会場はマスクをした紳士淑女?で一杯だった。流石に不自然で、話が出来過ぎているので、彼女は警戒した。そう、出来る女は騙されないのだ。なぜか仮面を付けたセーラー服の女戦士たちもいた。色とりどりだ。都知事が歩いて来る。
 「……あなたが残した靴はコレですか?」
 都知事が優しく、片足に、今しがた脱いだ靴をそっと入れた。無論、入る。当たり前だ。
 「そのケッコン!ちょ~っと待った!」
 通りすがりの仮面の魔法少女が、白猫と一緒に滑り込んで来た。いや、ケッコンじゃない。
 「騙されちゃダメだよ。幸せにするって言って、沢山の子が騙されているんだから!」
 魔法の杖でビシッと都知事を指した。星の光が収束する。スタ〇ライトブレイカ〇?
 「……チッ!またお前か。危機管理!」
 都知事はスマホを掲げて変身した。マスクde都知事だ。いや、お前、変身するんかい。
 「その大砲で私と勝負するかね?」
 マスクde都知事はモノマネして言った。流石元韓流スター。アニメをリスペクト?
 「……いや、お前の相手は私だ」
 魔法少女が振り返ると、そこには仮面を付けた議員一年生と仙人がいた。
 「お父さん!」
 その外務大臣は、仮面をカランと床に落として、怪力乱心を発揮した。
 「やれ!キャスター!」
 「……ほいほい♪聖杯のご褒美もないのに働く仙人これ如何に?」
 仮面を付けたセーラー服の女戦士たちも散開した。手強い敵と認識したようだ。
 「え?何これ?バトルものだったの?シンデレラストーリーは?」
 Yは混乱しながら、後退した。だがマスクde都知事が忍び寄った。
 「あなたは何者ですか?何者になりたいですか?」
 その時、彼女は答えた。
 「Je voudrais être Cendrillon à Tokyo!」(ワイはトンキンの灰かぶり姫になりたい!)
 マスクde都知事は微笑んだ。
 「いいでしょう。マドモアゼルYには、1000万トンキンを贈呈しよう」
 マスクde都知事がスマホをかざすと、Yのスマホが、チャリーンと鳴った。
 やった!これで復学できる?憧れのキャンパスライフだ。実は大学はもうなかったが。
 こうしてYは、東京都が発行する暗号資産トンキンを沢山貰った。だがすぐに、暴落した。シンデレラは辛かった。まさにお辛だ。これが東京(トンキン)シンデレラストーリーだった。
 そして舞踏会には、緑のイチョウの葉のマークが描かれたカードだけが、残されていた。

注71 坪内逍遥(つぼうち しょうよう)西暦1859~1935年 小説家 明治

          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード97

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