Bruce Springsteen, 'New York City Serenade'
ブルース・スプリングスティーンで一番好きな歌についてこう tweet したことがある。
Bruce Springsteen の 'New York City Serenade' はアルバム 'The Wild, The Innocent and The E Street Shuffle' に収められている(下)。1973年に出たブルース・スプリングスティーンの2枚目のアルバムだ。彼自身も気に入っているとみえて、2013年のライヴでも苦心してスタジオ録音の音を再現しようとしている。
だけど、やっぱりこの歌はスタジオ録音(1973年の方)にとどめをさす。ピアニスト的観点からいって、David Sancious のここでのピアノ演奏は奇蹟的なくらいすばらしい。冒頭の、弦をハープのようにかき鳴らすところから始まって、歌に至るまで、まるでファンタジー小説で冒険に乗出すときのようなワクワク感がある。稀有な冒険だ。
多くのピアニストが、おそらく、このイントロを自分でも弾いて愉しんだことだろう。ピアノのイントロの最後の E7(-10) のアルペッジョにつづいてからんでくるアクースティック・ギターのするどいストロークはブルース・スプリングスティーンそのひとだ。このひとは詩も歌もギターもぜんぶ、かっこいい。
この歌はスタジオ録音されたスプリングスティーンの歌の中で最長の歌だ(約10分)。
歌としては、傑作とされるこのアルバムでも、屈指の名作で、Rolling Stone 誌がえらぶスプリングスティーンの歌100選の31位にランクされている。同誌はこの歌が 'Dylanesque storytelling, doo-wop and Latin jazz' にまたがると指摘するが、その「物語」('storytelling')の部分は分明ではない。さまざまな断片が溶かしこまれたようになっている。元になっている歌が2つあるのだが、そのうちの一つ 'Vibes Man' にあった家庭内暴力の部分をスプリングスティーンが削除したといわれている。
歌の内容はスプリングスティーンにとっての 'My romantic ideas and fantasies of New York City' であるのだろう。が、物語の中心人物と思われるビリーとジャッキーのカップルはどんなニューヨーク生活を送っているのか。
歌の冒頭で、「ビリーが線路のそばにいる」('he's down by the railroad tracks')ことが歌われるので、後半、彼女の関連で出てくる 'train' とか 'tracks' が交通機関にかかわることばに聞こえてしまうが、まず間違いなく後半のそれは別の意味の隠語だろう(おそらく 'tracks' は麻薬を繰返し注射した跡)。そう思って聞くと、そのあとの彼の関連で出てくる「金は大事にしろよ、ブルーズには使うなよ」('Save your notes, don't spend 'em on the blues, boy')はそういう表の意味でなく、麻薬関連の隠語だろう('blues' は「アンフェタミン」)。そうとって初めて、歌の最後の「売人には気をつけろよ」('Watch out for your junk man')の意味がわかる。
どうやら、歌の背景にあるニューヨークの生活は「ロマンティック」な「ファンタシー」などではないようだ。
ともあれ、ニューヨークのとなりのニュージャージー(スプリングスティーンが育ったところ)から見た大都会の明滅する生活が、スプリングスティーンにとって最後のジャズ的香りのあふれる歌にちりばめられている。何度聞いても、飽きることがない。
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