大学院を修了してみて|雑感
こんばんは。先日、無事に大学院を修了しました。この2年間で勉強・研究したことは過去の学習まとめに書いたので、今回はそのスピンアウト編になります。タイトルのとおり雑感なので、論理一貫性は無視してつらつらと書いていくのが今回の内容になります。
1.前置き
まず、私が在籍していたのは法政大学の経営学研究科(修士課程)です。法政でビジネススクールといえばイノベーションマネジメント研究科が有名ですが、実は経営学修士を取得できる研究科はもう一つあるんです。無名ですが、教員が多く、論文指導は細かくやってくれますよ。国内MBAの中でもかなりアカデミア寄りのプログラムです。
ここで両者の違いや比較をすることはしませんが、気になる方は以下のリンクを参照してください。
2.学生層:大企業勤めが大半
そんな無名MBAでも、学生の7割くらいは誰もがよく知る大企業にお勤めの方です。業界は印刷・医療・広告・小売り・サービスなどさまざま。残りの3割は経営者や役員、ベンチャー勤め、定年後の生涯学習目的、留学生など…たまに私のような亜種?(極小企業のパティシエ)もいます。亜種がいるあたりが無名MBAっぽいかも。
出身学部は、(弊大学よりも)格上・格下両方から来ていましたし、法政出身の人も毎年います。学(部)歴にこだわらず、勤務地・自宅からの通いやすさや、学費、雰囲気、周囲からの勧めなどで進学先を決めている人が多かったようでした。
3.通信教育部でやったことは意外と通用する(かもしれない)
そういった優秀な方々と同じ授業を取るわけですが、みんな発表はうまいし資料は美しいし、グループディスカッションでバシバシ意見が出てくる頭の回転の良さがあるので、授業開始当初は「この環境でやっていけるんだろうか」とかなり心配だった記憶があります。
…とはいえ、春学期の中~終盤になってくると、自分の位置づけがぼんやりわかってきます。自分が提出した課題が授業で(良い意味で)取り上げられたり、私のアウトプットが同級生間で浸透したりと自分の立ち位置は意外と悪くないんだなという気づきがありました。当時はその理由が分からなかったけど、いま考えると①通教時代に鍛えられた先生ウケする文章力(一般的にはアカデミックライティングと呼ばれているもの)、②それを書くための思考力、あたりが活かせたのかもしれません。あと、働きながら勉強する習慣が定着してるので時間のやりくりや計画推進力もあるのかも。なので、通教出身者はこういったアドバンテージがあるから院進おすすめですよーと言いたいです。
4.論文執筆期間は短いようで長い、でもやっぱり短い
以下のnoteにも書きましたが、うちの研究科では修士1年の終わりに指導教員が決まり、そこから論文を書くための活動が始まります。具体的には先行研究調査や実地調査、論文を書く作業です。最終的な提出まで1年近くあるので中盤でモチベーションが下がることもありますが、中盤~終盤は時間があっという間に過ぎていきます。終盤でやり残すことが無いように、中盤でモチベを維持して計画的に(むしろ前倒し気味で)やっていくことが重要です。
5.面接試問は感想戦
終盤でやり残しがあっても面接試問(口述試験)で挽回すればいいじゃないか、という意見もあるでしょうが、面接試問は将棋の感想戦のような感じでした。つまり「振り返りや弁明はできるけど勝敗(評価)は覆らない」ということです。あくまでも提出された論文を評価するというスタンスのようで、提出後の挽回は不可です、多分。したがって、論文執筆の終盤でやりきることが重要だといえます。ただし分野・専攻によってはこの限りではありません。
6.指導教員との相性は大事
多くの場合、指導教員は論文テーマの一致度に決まると思います。が、個人的にはテーマフィットよりも指導スタイルとの相性がかなり重要なんじゃないかなと考えています。先生の中には進捗を細かく管理する人がいればそうでない人がいるし、研究のヒントの出し方も様々です。教員側で「この学生は○○なタイプだな。じゃあこう指導しよう」と手を打ってくれればいいですが、必ずしもそうではなさそうです。これと同時に、学生側も教員に言われるがままではダメで、自律して研究していかなければなりません。手厚い指導で評価の高い論文を提出するのがいいのか、自由奔放な指導で必ずしも評価は高くなくとも納得できる論文を提出することが満足なのかは、人それぞれ考えが異なります。そのあたりのすり合わせは地味~に大事なんじゃないかな~とぼんやり考えています。
7.飲食人も研究と相性がいい(かもしれない)
これは個人の感想ですが、料理人・パティシエの人は日常業務で試行錯誤したり探求することが当たり前になっているかと思います。そして探求することは学術的な研究と共通しているから親和性が高い。飲食からアカデミアに進む人が増えてほしいです。実務は理論じゃ説明しきれないことが多いので、関心を持たれにくいですが。
8.今後の予定
修士修了後はとりあえず1~2年休憩してD進しようかなと思ってます。博士号を取りたいというより、修論でできなかった沢山のことを補足して一連の研究をまとめたいという感じです。あとは研究科の先生から「お菓子の研究はいつやるの?」と言われていることです。研究者が飲食業界を調査することはあっても、飲食の中の人から学術的なアウトプットがされることは私が知る限りではほとんどありません。立場上、そういう研究や論文を出すことが求められていると感じています。
あとは、とにかく英語、英語を勉強しなければ博士の入試を突破できない…。高校はド底辺校でほとんど勉強していなかったし、通教の必修外国語はフランス語を選択したので、ここへ来てツケが回ってきています。
休憩といいつつも勉強不足な領域を大学院や放送大学の科目履修で補っていくので、あんまりダラダラできる感じではなさそうです。でも正規の学籍がないのでアカデミアニートであることには変わりないか。
9.国内MBAの現状
個人的な話はこの辺にして、ここからはそれ以外の話です。研究科長の話によると、MBAと呼ばれる教育プログラムは増えているが受講者の数は減ってきているということでした。そして例に漏れず(?)、弊研究科も志願者が減っていると(厳密にはその年によってまちまち。私の入学年は多かったらしい)。別の先生の話では、広告は出したけど効果はいまいちでクチコミ(上司同僚や家族からの勧め)による拡散がいちばん効果があるのだそうです。しかし、それを差し引いてもウチは知名度がなさすぎる。某公立MBAに倣ってインスタに広告を出しましょうと提案してみましたが、どうなることやら。
10.博士号取得は戦略的に
これも研究科の先生から聞いた話ですが、博論はそれを評価してくれる人がどれだけいるかを考えなければいけない、ということでした。自分のやりたい研究をやるのが一番良いが、研究を評価してくれる人(研究者および指導教員)がいないと博論審査を通らない。評価されるように書くことが重要だと仰っていました。そのために、まずはレビュー論文を書く。もしくは書くくらいの気持ちで先行研究をまとめる。そうすればおのずと研究課題が3つくらいできるので、それらを原著論文にすれば博論が出来上がるしレビュー論文は研究計画書代わりになる。このお話をしてくださったのは、社会人院生を何人も最短(3年)で博士にしてる先生です。そういう先生は具体的な戦略を持っていますね。
11.修了(卒業)式は民族衣装を着よう
これもまた個人の感想ですが、修了(卒業)式では留学生が自国の服(チャイナドレスや漢服など)を着ていて、かわいいなーと思いました。多くの学生は袴やスーツだったので目立つし。ということで海外の大学(院)を卒業される方は、ぜひ着物や袴で出席しましょう。目立つこと間違いなしです。
まとめ
ここまで、大学院(修士課程)を修了してみた個人的な感想を思いつくままに書いてきました。大学院関連のnoteは受験・合格体験記が多く、入学後どうなったかはアンノウンな部分が多いかと思います。この記事が大学院進学を検討している(主に社会人の)方の参考になれば幸いです。
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