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育てるものの日常

素敵な本に出会ったので、感想を書きます。
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著者は津守房江さん。
何の人なんだろう? 本を読んでわかるのは、4人の子どもの母親であり、母子愛育会の愛育養護学校の家庭指導グループで障害幼児の保育に関わっていた方、ということ。
この本は婦人之友社から刊行されていて、1986年ごろの『愛育』という雑誌などの連載をまとめたものらしい。
そして、Amazonで中古しか売ってなかったので、もう絶版になっているのかも。

内容は子どもについてのエッセイ。
子どもの何気ない姿など、本当にちょっとしたことがありのままに描かれてる。
それに対する著者の眼差しが暖かく、感受性の豊かさが素敵だなって思う。
津守さんの視点を借りて自分の子どもとの記憶をたどると、全部かけがえのないことに変わる気がする。

どの話もよくて、読んでいるあいだはずっと胸がグッッッてなる。
特に好きなのは「悲しみの心にふれて」という話。

家庭指導グループに通っているT君は、言葉を話せない。
ある日、新しい画用紙とクレヨンをおいておくと、T君はうれしくてたまらない様子で近寄ってきて、はずむように6枚も描きあげた。
しばらくすると、「ウー」と不満そうにうなり声を出しはじめた。
Tくんは、悲しそうな声をあげながら、クレヨンを床に投げつけたり、拾ってきて箱に並べたりしている。
その様子を見ているうちに、津守さんは気がついた。
あんなに美しく並んだクレヨンが、使ったら短くなって汚れてしまったから、元に戻してほしいのだ。
どんなにTくんの要望に応えたいと思っても、それはできないことである。
この話を、津守さんはこう結んでいる。
「悲しむことは、自分がそのことを心の中に引き受けることである。時がいやしてくれるし、涙が悲しみを洗い流してくれる。それでもそのことは心に残り、いつか悲しみのもととなった事柄を、とらえ直す精神的な営みをさせてくれる。(中略)このありふれたことが、どんなにか人間を育ててくれることかと思う。」

わたしは、子どもをなるべく甘やかそうと決めている。
どうせ、小学生ぐらいになったら辛いことあるし、中学高校になったら踏ん張らなくてはいけないことも出てくる。
働き出せば、他人の卑怯な面や狡賢さに触れることもあるだろう。自分が大人になったって、「大人って汚い、大っキライ!」と思うこともあるw
さらに大人になれば、清濁を併せ呑まなくてはいけなくなるのだ。どうせ。

大きくなるほど、傷つくことは増える。
それなら、小さい今のうちは、優しい世界にいていいし、わたしぐらいはなるべく優しい面ばかりで接してもいいじゃん、と考えてる。

そして、絶対に無理な願いだとわかっているけれど、この子の人生にこの先ひとつも悲しいことがありませんように、と思ってしまう。
しかし、わたしがどんなに甘やかしたとしても、もうすでに子どもの世界があって、そこには子どもなりの悲しみがある。
すべての悲しみから守ることは、もうすでにできないのだなぁと、T君の様子を読んで思った。
それでも、悲しみはただ悲しい出来事というだけでは終わらないことに、救いがある。

もうひとつ、「おわりに」に好きな言葉があるので、引用する。
ーーー
ある日曜の朝、夫と並んで歩きながら、その時私の考えていたことを、話してみた。
「過去の出来事は、もう以前に起こってしまったことだから、変わらない事実だと思っていたけれど、こちらが変わると、見え方も変わってきて、過去は変わるように思うのだけれど……」すると、子どもの発達を研究している夫は、強い調子で答えた。
「そう、過去は変わる。過去は深さに向かって開かれている」「そして未来は高みに向かって開かれているよ」
私はこの時の会話が心に残っていたが、子どもたちとの日常の小さな出来事を、文章に書いているうちに、再び心に浮かんできた。私がこの本の一章に書いた出来事は、十年、十五年、いやそれ以上前のことである。その時、心に残り、その意味が分からないまま、心の中にしまってきたものもある。途中でとり出して考えたこともある。考える時によって見え方がいくらか変わってくる。その後の子どもたちの成長によって、意味が明瞭になってきたこともある。
過去は変わることであり、開かれたことだということを、実感をもって知った。
ーーー

子どもの成長はあっという間らしい。そのことをわたしは寂しいと思う。
もし本当に「過去が深さに向かって開かれている」なら、何度でも思い出して意味をとらえ直し、より深くて鮮やかなものにしていけたらいい。そう考えれば、寂しくない。
また、このことは子どもの成長に限らないだろう。家族、親友、もう会えない人や会わない人、もしくは自分自身の過去に対しても、そうだったらいいなと思う。

「未来は高みに向かって開かれている」というのは、まだわたしにはわからない。
でもそうであったらいいし、この言葉を理解できるようになりたい。

ところで、津守房江さんはまだご存命なのだろうか。本のプロフィールには1930年生まれと書いてあった。
もし会えることがあったら、大好きです!って言いたい。心のママ友だけど、わたしのママ友はあなただけがいいです、と伝えてみたいな。

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