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真夜中の恐怖体験 【ブックレビュー】道尾秀介『いけない』(文藝春秋、2019年)

著者:道尾秀介
書名:いけない
出版:文藝春秋

 本書は、道尾秀介先生によるミステリー小説である。帯には、「体験型ミステリー」などといった宣伝文句が記載され、いかにも「どんでん返し」系の小説であることがうかがえる。この種の、物語に張られた数々の伏線が、物語の終盤で見事に回収され、読者の思い込みを一気にひっくり返す作品は、個人的な好みである。書店で見かけ、帯に記された謳い文句に惹かれ、ネット上のレビューも悪くなさそうであったため、購入することとした。

 物語は、以下の4章からなる。
第一章 弓投げの崖を見てはいけない
第二章 その話を聞かせてはいけない
第三章 絵の謎に気づいてはいけない
終章 街の平和を信じてはいけない
 各章は一応別の物語で、短編として読んでも楽しむことができる。

 そして、表紙裏には、各章で設けられた謎が端的に記されている。
第一章 死んだのは誰?
第二章 なぜ死んだの?
第三章 罪は誰のもの?
終章 ……わかった?

 各章の最後には、それぞれ一枚の写真が貼り付けられている。それぞれの物語における謎が、写真によって暴かれる。そして、本書の一番最後まで読めば、各章がどのように関係しているかもわかるようになる構成になっている。

 本の装丁やデザインは非常に物々しく、やや恐怖を感じながらも読み進めた。

 「どんでん返し」系の小説であることをわかっていながら読むとき、どんな結末が待っているのだろうかと、いろいろ考えを巡らせながら読み進めるのは、とても楽しい。
 全4章あるなかで、第一章は特に秀逸であったと思う。読者を惑わすための微妙な表現が隠されており、終盤に至ると、バラバラに散逸していた疑問点が見事につながり、整理される。その上、「死んだのは誰?」という新たな謎も提示されていて、さらに読み進める気力が沸いてくる。
 それ以降も、王道のミステリー的なハラハラとした展開を辿りながら、子細な点に伏線が張られていく。
 最後まで読み終えると、不気味な感覚を味わいながらも、再度読み直していろいろ確認したいという気持ちに駆られる。私は正直、読了したのが真夜中であったので、読み直すのが怖く、かといって物語の真相は知りたいので、いろいろな人が考察しているサイトを読んでみた。なるほどと思わせられることが多く、読了後の余韻が心地よくも、不気味でもあった。

 さまざまなサイトでブックレビューを読んでいる際、奇妙な現象に遭遇し、とても怖い思いをしたので、此処に書いておこうと思う。
 一つ目は、hontoのブックレビュー欄を読んでいたときのこと。スマホでレビューを読んでいたら、突然ブラウザが明滅し始めた。読了後の不気味な感覚に浸っていた中の出来事だったので、全身に鳥肌が立った。アプリケーションを再起動したら回復したので、ただのバグであったと信じたい。
 二つ目はもっと不気味だった。今度はAmazonのアプリでブックレビューを読んでいたときのこと。商品ページに表示されるいくつかのレビューを読み終えて、更なるレビューを表示しようとすると、ログイン画面で現れるような、「画面の文字を入力してください」のページに飛んだ。深く考えずに、そこに表示されていた「HUNGRY」の文字を入力すると、次に現れたのは、真っ白な背景に印字された、文字化けようないくつかの文字と、子犬型のロボットをかたどったAA(アスキーアート)であった。
 本書を読んだ人はご存じの通り、物語の中に、犬のロボットが登場する(160、161ページ)。しかも、電池切れの状態で。本書を読了後、いろいろと本書の考察を読んでも、この犬のロボットが何らかの伏線であるとの解説はなされていなかったし、現に私も、特に意味を持たない、単なる描写に過ぎないと思っていた。私にとって「唯一残された伏線」が、小説を離れたところで、現実の世界で回収されたような気がして、これまた、全身に鳥肌が立ち、嫌な汗をかいた。単なる偶然だと信じたいのであるが、「体験型ミステリー」として楽しむのもまた一興…と楽しむ心の余裕が欲しい。

 ブックレビューの中には、帯などの宣伝文句が誇大すぎると評するものもある。確かに、本書の「どんでん返し」は、物語の中の刑事事件の犯人が誰かとか、その裏にどんな事情があったかとか、そういった域を出るものではない。物語を底からひっくり返すような(例えば、繋がっていると思われた物語の時間軸が、実はズレていた、とか)、そういった類いのものではない。しかし、本書でなされる緻密な構成は、読者に再読を促すには十分すぎ、「謎解き」のように楽しむことができた。
 明るい時間に、不気味な物語を読める精神的な余裕のあるときに、オススメする一冊。

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