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洞窟の影 #18

自転車のギアを一番軽くすると、ペダルは抵抗を止め、犬の尻尾の様に喜んで回転していた。高校に入学した時に買ったこの自転車はどこにでもある普通の自転車だった。正直、僕の体にはやや小さく同級生に乗っているところを見られて笑われた経験もある。その際移動式サーカスで自転車に乗せられている像みたいだと揶揄されたがあまりにも的確な表現で腹を立てるどころか、賞賛したくなったことをよく覚えている。またこの何の変哲もない自転車には他では見つけられないお気に入りになりうる理由があった。それは自転車が鳴らす音である。ハンドルに着いたベルではなく、自転車全体から発せられる乾いた音がたまらなく好きだった。特に段差を乗り越える時が一番いい音がするため、わざわざ段差が多い通学路を選んでいる。そんな道はもちろん他の学生からは毛嫌いされていて、人通りも少なくストレスを感じずに自転車を漕げた。“がらんっ”と“からんっ”のちょうど中間の様な音はなぜだか僕を強く高揚させた。多分誰も共感してくれない魅力的な音を独占し、共有せず自分だけで楽しめることにこの上ない喜びを覚えた。性能もさほど高くない自転車でこの道を数え切きれないぐらい往復し、段差を何度も乗り越えた結果この音は奏でられる様になった。思い返せば一年生の時にはこの音は全く鳴っていなかったと思う。高校生活で大きくなった僕の体を運ぶことに音を上げていることを示す叫びなのかもしれないが、それすらもとても愛おしく思えた。

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