エウロパ

都内20代会社員/小説・脚本/

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最近の記事

例年に比べ暑さが厳しくなる模様です

(今年の夏は例年に比べ暑さが厳しくなる模様です。熱中症などへの警戒と対策をして下さい。) 「私たちが子供の頃ってもっと涼しかったっけ?」  数年前に行ったらしい音楽フェスの派手なTシャツを着た朗は振り返らない。どうやらワイヤレスイヤホンを付けて動画を見ている様だった。 急にこの部屋には孤独と暑さしかないように思えた。膨張し、中身が繊維状でスカスカになった暑さに編み込む様に孤独が絡まり合った。私はその絡まりを切り刻む様に少し乱暴に朗の背中を叩いた。 「ねぇ、聞いてる?」

    • 温暖化

       ラジオパーソナリティーが涙ながらに結婚を報告している。時間を昼の13時を今回った。コードで繋がれていないイヤホンは音源を曖昧にして、さも自分に語り掛けている錯覚に陥りやすい。昨日、優香と電話をしていて勧められた動画があった。ある男性が彼女の為に洋服を作る動画だった。軽快な音楽とともに作業工程が映し出され、工夫したであろうカメラアングルは彼氏の頑張りと献身さが良く伝わって来た。プレゼントを貰った彼女は大いに喜び満面の笑みを浮かべながらポーズを幾つもとる。見終わったあと、僕には

      • レビュー

        がやがや、がやがや。他のテーブルが盛り上がっている分、こちらの退屈さが際立つ。さっきまでは間違いなく盛り上がっていたはずだった。会話は軽やかにはずみ、多岐にわたる話題は全員をつないだ。そう、活性化した脳内のシナプスの様に。ジョッキをダンっと置き、武藤が切り出す。 「あれだな、最初に斉木が言った『僕の意志はメトロのWi-Fiぐらい弱いんで』ってやつが滑ってたな」  武藤の奥に座る後藤が「確かに」とほくそ笑んでいた。俺は納得がいかなかった。 「いや、お前らの『こっちが後藤で、こっ

        • 晩夏

          梅雨が明け、永遠に続くと思っていた夏は例年通りにどこかべたべたした熱を残したまま過ぎていった。部室から覗く光景は次の季節への準備をしていた。天高く積みあがる雲は姿を消し、トーストに塗ったバターの様な雲をよく見かけた。 翔(しょう):「今年の夏も何もなかったなー」 宏(ひろし):「そうか?悪くなかったと思うけど」 翔:「お前は夏への志が低いよな、なんかこう『今年の夏はこれをしました!』ってやつが欲しいじゃん」 宏:「まぁな。でも花火大会も行ったし、ほらあとつけ麺博も行ったじゃ

        例年に比べ暑さが厳しくなる模様です

          洞窟の影 #20

          自転車を止め声の方へと目をやるとそこには同級生の宮本がいた。 「おーい、こっちこっち!加藤もこっち来いよ!」  宮本の手には周囲の人と同じく煌びやかなドリンクが握られており、顔全体がやけにてかっていた。しっかりとテーブルを確保しており、数メートル離れていてもわかる立体的な笑顔は脅迫的だった。同じくこちらを向いている女子生徒は全く知らない顔だった。多分、違う高校の生徒で宮本の彼女だろう。宮本とは対照的に控えめな彼女の笑顔に少し好感をもち、思わず会釈をした。 「久しぶりに話そうぜ

          洞窟の影 #20

          洞窟の影 #19

          ここ数日、雨が降っていないこの街は秋とは思えない程乾ききっていた。また夏の痕跡を残した太陽から降り注ぐ親しみやすい陽光は人々を前向きさせた。人口がさほど多くないこの街でも、夏とも冬とも取れる曖昧な格好で多くの人が行き交った。その中でも若者が足を止めて、集まる場所が僕の通学路にはあった。正確にはつい最近できた。東京から上陸したこの店は、都心の若者の間で爆発的に流行っている飲み物をテイクアウトのみで販売している。ただ、店の周りには誰が置いたか分からない簡易なテーブルと椅子が数セッ

          洞窟の影 #19

          洞窟の影 #18

          自転車のギアを一番軽くすると、ペダルは抵抗を止め、犬の尻尾の様に喜んで回転していた。高校に入学した時に買ったこの自転車はどこにでもある普通の自転車だった。正直、僕の体にはやや小さく同級生に乗っているところを見られて笑われた経験もある。その際移動式サーカスで自転車に乗せられている像みたいだと揶揄されたがあまりにも的確な表現で腹を立てるどころか、賞賛したくなったことをよく覚えている。またこの何の変哲もない自転車には他では見つけられないお気に入りになりうる理由があった。それは自転車

          洞窟の影 #18

          洞窟の影 #17

          あと少しで終わる。曲がりにくい足は惰性だけで動いていた。弱々しい向かい風であっても押し流されそうなぐらい体は疲れ切っていた。トレーニングの一環で良くこのコースを部活で走らされる。学校のグランドを飛び出し近くの川に架かるある橋を中間地点に走ると距離は約八キロになる。序盤は部員全員で団子状態になり走るが僕は徐々に遅れを取り、最終的には毎回一人で走っていた。自分の息遣いはだんだん荒くなり、聞くだけで急かされている気がして気が滅入った。毎回、一人になると最初に飛ばしすぎた事を猛烈に後

          洞窟の影 #17

          洞窟の影 #16

          風は今日の出来事で必要ない事を洗い流してくれていた。部活の夢、数学のテスト、夢野や村上との会話。今日を振り返るとセリフのある出番が日に日に少なくなっていくことに僕は気が付いていた。また真新しい経験もなく、いつぞやの過去を何回も繰り返しているかもしれないという虚無感もずっと傍にいた。熱くもなく寒くもない今の気候は僕の年単位での時間感覚を狂わせ、常に自分の存在自体がどうしようもなく気掛かりだった。それでも風は吹き続ける。最初に大きく漕ぎ出した余力でもはや足を動かさなくなっても前進

          洞窟の影 #16

          洞窟の影 #15

          今日のテストを全て受け終え、駐輪所にある自転車にまたがった。丁度テストの問題用紙の分だけ重くなった二年半使っているメッセンジャーバッグは僕の体にとてもフィットした。全く疲れていないのに、部活をしていた頃よりなぜだか重くなった一漕ぎ目に全体重を乗せてグッと動かした。“おーい、しっかり取れよー”“わりぃ、わりぃ”などの緩み切った掛け声を上げながら趣味の延長戦で活動しているテニス部を横目に学校の門をくぐった。もともと城跡に建てられたこの高校は辺りを堀が囲んでおり小さな橋で繋がれてい

          洞窟の影 #15

          隔靴掻痒

          左脚が痒い。正確には左脚の脛の辺りが震源地だ。だが、悲しいことに固定された両腕では自分の腹さえも満足に搔けない。昨日試したから、一日足らずでは流石の最先端医療でも何も変わらないだろう。天井を見つめながら私は思った。この痒みさえも愛おしい。生死を彷徨った私にしてみれば、この煩わしい人体エラーの様な感覚も生の実感へと変換させる。あぁ、今日も天井は白く、カーテンは青い。今の世界はこれだけで完結してしまうが、一時期外界を遮断していた私にとってはむしろ都合が良かった。露出した頬に涼風が

          隔靴掻痒

          洞窟の影 #14

          夢野は目元の緊張を緩め、不思議そうに話した。 「ああ、さっきのか。なんか全然知らないでかいやつが入って来たのかと思ったわ。」 「何言ってんだ」  彼の言っていることが全く理解できず僕は 問いただす様に質問した。夢野も自分の発言をよく理解していないらしく言葉に詰まりながら答えた。 「いや、なんか分かんないけど、脱力した感じ?なんかこう、化粧してる時とすっぴんみたいな。イメージね。」 「なんだそれ、誰かの見比べたことあんのかよ」 「ねーよ、そんなの。イメージって言ってんだろ、イメ

          洞窟の影 #14

          洞窟の影 #13

          一度満たされた環境で恋愛もどきをしてしまうともう元には戻れない。村上と一緒にいると楽しいと思うし、村上の事を好きだと思う。今の僕にはこれで充分だし、これが精一杯だ。ほとんど味のしなくなった弁当の具材を腹を満たし、空想の孤独感から逃れた。 家庭科室のにおいはどこからか復活していた。彼女は弁当を包み、時計に目をやった。「もう昼休み終わっちゃうね」 「そうだな」 「少しだけだけど加藤君が考えてること分かった気がする。教えてくれてありがとう。」 「また余計な事言っちゃったかな」 「う

          洞窟の影 #13

          洞窟の影 #12

          「加藤君ってさ、何かどっか他人ごとに聞こえるんだよね。うまく伝わらないかもしれないけど分かってくれるかな?」  村上が垂らした糸はところどころ切れそうで耐久性に問題がありそうな細い糸だったが、地上に引き戻してくれる一縷の望みをしっかりと握りしめた。村上の言っていることは面白いほど理解できた。どちらかというと彼女がこんな質問を神妙な面持ちで投げかけてくる方が理解しがたかった。僕は文章の意味を考えず、それっぽい言葉をつなぎ合わせて話した。 「正直付き合うってどういうことかよくわか

          洞窟の影 #12

          洞窟の影 #11

          つまりここには僕は存在しなくなった。家庭科室で行われる青春群像劇のワンシーンで本当の僕は遠い場所からこそばゆい気持ちで見ていた。他の観客は固唾を飲んで見守り、次の展開の予想や好き勝手な感想を傍若無人に話していた。唾を飛ばし合う観客が下す劇への評価は、遠目で眺める僕の評価に直結し、行動の範囲を窮屈に縛りつけた。そのギャランティーとして形がバラバラでかりそめな快楽を得て、何とか体をもたせて生活し次の出演に備えた。今ここで思案を巡らせている演技も次のセリフへの分かりやすい布石でしか

          洞窟の影 #11

          洞窟の影 #10

          身体上の異様な変化を村上に悟られまいと必死に隠そうとしたがどうすることも出来なかった。ただそんな焦りはどこ吹く風で村上は何も気にすることなく話した。 「あれ、あの二人どっか行っちゃったね。何か悪いことしたかな」  彼女は前方を一瞥した後、無表情で箸を器用に動かし、発した声にはいつもより野太くふてぶてしさがあった。たくましさとも取れ得る彼女の言動に見た目との強烈なギャップを感じた。そして僕の変化には未だに気付かない。 「ちゃっちゃと食べて自習室でも行くんじゃない?あの二人知り合

          洞窟の影 #10