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レビュー

がやがや、がやがや。他のテーブルが盛り上がっている分、こちらの退屈さが際立つ。さっきまでは間違いなく盛り上がっていたはずだった。会話は軽やかにはずみ、多岐にわたる話題は全員をつないだ。そう、活性化した脳内のシナプスの様に。ジョッキをダンっと置き、武藤が切り出す。
「あれだな、最初に斉木が言った『僕の意志はメトロのWi-Fiぐらい弱いんで』ってやつが滑ってたな」
 武藤の奥に座る後藤が「確かに」とほくそ笑んでいた。俺は納得がいかなかった。
「いや、お前らの『こっちが後藤で、こっちが武藤です』ってややこしい自己紹介してたのも怪しかったぞ。それに途中で女の子が名前間違えた時、後藤ちょっとムッとしてただろ?完全に顔に出てたから」
 この使い古された自己紹介は良く見積もっても、勝率三割ぐらいの掴みだったが何故だかこの二人は意固地になってやり続ける。矢面に立たされた後藤は慌てる様子もなく言い返してきた。
「そんなこと言ってあの自己紹介するときお前が一番嬉しそうじゃん。あーあ、あの子タイプだったのになー、斉木のせいでチャンス逃したなー」
 演技ができない演者の演技をしているのだとしたら後藤には大いに才能があった。ただちらちらとこちらに目配せせずにはいられない様子から、その線は薄かった。
「実際、斉木はどうだったの?タイプの子いた?」
「俺の正面の子かわいいなと思ったけど、あんまり喋ってなかった気がする」
 心なしか小さくなってしまった声が自分で気恥ずかしくなり、武藤の方を見ると次のビールを頼んでいた。ああ、そんな奴だった。俺も追加し、目の前で綺麗になったテーブルの様に使い終わった話題を片付けようとしたが、武藤が引き止めた。
「俺らはタイプは被んないし、個人プレーをする訳でもない。今日の斉木は例外だけどな。多分、女の子たちも楽しんでくれてると思うんだよ。でも結果は毎回こうじゃん。二時間経ったら前には誰もいない。これはなんだ、そういう脚本か?俺らに自分の意志は与えられないのか?」
 武藤は話し終わると両手をピンと天に掲げていたが、下ろすタイミングを見失っていた。二人でおざなりな信者を無視していると「生でーす」と声があった。「ありがとうございます」と言って武藤は緊縛を解いていた。後藤は届いたビールで喉を鳴らしてうまそうに飲み、ジョッキを置いて話した。
「そういえば、この前飲んだ子と二人で会ったんだけどさ…」
 スマホを触り、画像を探していた。「おい」「抜け駆けか」とのたまう武藤をとりあう事なくカメラロールをさかのぼるとその女の子がいた。確か二カ月前に飲んだ子だったか。
「待ち合わせの時はテンション高かったんだけど、お店入って少し経ったら見るからに萎えてて何にもなく解散だったんだよ」
 めげることなく「当たり前だ」「調子に乗るな」とガヤを続けていたが誰の鼓膜も震わすことはなかった。
「そしたら後でライン来てて、『三人だから面白いんだね』だってさ。その瞬間はムカつきそうになったけど、不思議となんかまぁいっかって」
 後藤は二人のやり取りを見せてくれた。確かに唐突に会話がよそよそしくなり、最後は威圧的な敬語になっていた。
「まぁいいかって、お前さモテない言い訳だろ?情けないぞ」
 俺はそんな事をにやつきながら言っていても心の中では後藤に賛同していた。仮に自分がけなされても三人が褒められたら嬉しい。逆は自分でも驚くぐらいに腹が立つ。こんな事は口が裂けても言えないから「まぁいいか」と強がる。そして何よりこの思考を言わずとも三人で共有してしまっているのがこそばゆい。後藤も同じくにやつきながらわざとらしく話した。
「なんだ?文句あっか?」
 俺には思い付いていた言葉があったが直前で飲み込み「ねぇよ」と短く言った。言わなくても分かるし、伝わる。俺たちの友情は面倒だが、心地よい。
テーブルに置かれた武藤のスマホが振動する。一瞥すると、スマホを裏返した。
「あー、俺帰るわ。会計精算しておいてくれ、今度払うから」
 表情が急に消えた武藤はすでに帰り支度をしていた。腰を痛めた人の様に前傾で立ち上がる。よく見ると鉄仮面の奥には喜びが隠れていた。後藤が腕をがっちりと掴む。
「誰?どの子?」
「真ん中の子」
「お前も後藤になれ」
「おい、こっちにも刺さってるぞ」
「これでモテないのは斉木のせいだって分かったな」
「は?」
「そういう事になるな」
 二人は楽しそうに笑っていた。俺もつられて笑った。テーブルには乱れながらも、全く同じ置かれ方をした箸が三膳あった。

#2000字のドラマ

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