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洞窟の影 #10

身体上の異様な変化を村上に悟られまいと必死に隠そうとしたがどうすることも出来なかった。ただそんな焦りはどこ吹く風で村上は何も気にすることなく話した。
「あれ、あの二人どっか行っちゃったね。何か悪いことしたかな」
 彼女は前方を一瞥した後、無表情で箸を器用に動かし、発した声にはいつもより野太くふてぶてしさがあった。たくましさとも取れ得る彼女の言動に見た目との強烈なギャップを感じた。そして僕の変化には未だに気付かない。
「ちゃっちゃと食べて自習室でも行くんじゃない?あの二人知り合い?」
 いつもの自分を取り戻すためできるだけゆっくりと話した。少し冷淡に思われる程落ち着いていて、他人に興味が無さそうな素振りが村上に受けていると自分の中で決めつけている。額に汗の粒が浮かび上がるぐらいに焦り、落ち着かなさを貧乏揺すりで緩和したくてたまらなかった。ただ今はひた隠しにしていた。
「うーん、多分あの二人は理系かな。何回かは話したことはあると思うけどそんなに覚えてないなー」
 記憶を完全に相手頼りにする癖が村上にはあった。村上と話すと特に男子はその日のビッグイベントになり些細な出来事でも記憶にしっかりと刻み込まれる。それ故、彼女は相手の事に関心を持ち会話を盛り上げようとする部分が欠落している様に思われた。
「ふーん、村上にも友達じゃない人いるんだな」
「そりゃいるに決まってるでしょ。私にだって選ぶ権利はあるし」
 彼女の言葉を聞いて僕は何度も読み直し体に染みついている台本通りに演じる事に努めた。

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