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季節時計

この世界には、季節を司る時計があると言われている。
その時計には設定された季節ごとの変わり目の日付と時間があり、その時間になれば季節が変わる。
これはこの世界の見えないどこかにあり、誰も知らない秩序とともに隠されたものだった。
ある日、夏物の洋服が売れ残ってしまった商人が路上で販売していた。
季節は秋だった。
彼は季節時計のことを知っていた。
しかし入手方法はわからず、特に欲しいとも思っていなかった。
商人は売れ残った夏物の服は来年まで待って来年売ればいいと考えていた。
彼はまったく欲を持っていなかった。
彼の全てを待つという姿勢が、この世の誰も知らない秩序と合致した。
何事も欲を出さず、待って耐え凌いだものにだけ、希望は与えられるというルールだった。
彼の手元に季節時計が与えられた。
神は彼を試した。
これを手渡されてもまだ欲を出さずにいられるか。
彼は時計を一目見て季節時計だと気がついた。
しかし彼は時計を使わなかった。
再び夏になって洋服が売れたとして、自分の元に何が残るのかと彼は考えた。
彼は自分自身の仕事が好きだった。
売れなかったとして、別の季節にその季節の洋服を考え、売れ残った洋服も使えないかと思考を凝らす。
これらの過程が彼にとってはアイデンティティであるかのごとくだった。
商人は時計を放り投げ、時計は消えてしまった。
時計は季節を変える意思のないものにだけ与えられる。
季節は適切に進んでいく。

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