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ロシアで女性警察官として生きること シベリア鉄道で出会った女性の物語

シベリア鉄道に乗ってロシアを周り、いろいろな人の話を聞くプロジェクトМесто47。今回の主人公は、シベリアを抜け極東へ走る電車の中で出会った元女性警察官です。警察官として日々犯罪者と向き合ってきた彼女の話からは、ロシア社会の暗部が見えてきます。そんな中で、犯罪を犯してしまう弱い人々に対して、彼女の眼差しは厳しくも優しさを湛えています。
強い意志を持って現代を生きる一人の女性の物語です。

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ビクトリア 42歳 クラスノヤルスク

この仕事は冗談の一つでも言ってないとやってられないの。起こったことをいちいち深く考えていると、精神的につらくなるから。

ずっと警察官になりたいと思ってたわ。両親はそのことを良く思ってはいなかったけど。父も警察官として27年勤め上げた人だったの。私自身もすでにリタイアして年金生活に入ってる。23年働いたわ。

警察官の勤務時間は不規則で、プライベートを充実させることは至難の業ね。理解のあるパートナーじゃないとうまくいかない。帰宅して電話が鳴る、殺人事件が起きた、その瞬間から仕事に戻るのよ。週末のプランも誰かが殺されたりレイプされたり、暴行されて死にかけてるとなればキャンセルするしかない。夜中であっても、ベッドから起き上がって着替えて出勤する。殺人を扱う課に配属されているなら、現場で自ら多くの作業をこなす必要があるわ。

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一日平均して125前後の電話を受けるの。私の組織は3つの捜査チームと3つのパトロールチームで編成されてた。時々電話数が80くらいの日があるけど、これは少ない方ね。普段の業務の合間を縫って、法律知識のアップデート、射撃訓練、フィジカルトレーニング、戦闘訓練をこなさないといけない。

時々新人の女性警官の中に、本とか映画の世界のロマンチックな幻想を抱いてる子たちがいる。制服に身を包んで、何かを書いたり、ちょっと調べたりくらいが仕事と思ってるんでしょ。現実は相手を侮辱することをいとわない堕落した人間を相手にしないといないわけ。時には、アルコールがまわって激高している容疑者を相手にして取り調べを行う必要もある。相手を落ち着かせるのは簡単じゃないわ。彼らはこちらのことは構わず自分の怒りをぶちまけてくるから。

精神病棟に収容される、もしくは無期刑(編注:ロシアに死刑はないので無期刑が最高刑)になるような、ひとでなしでろくでなしの凶悪犯もいる。そんな人たちでも一人の人間として接することが重要なの。こういうことは女性の方が男性よりも得意でしょう。男よりも私たち女の方が我慢強いから。

犯罪者の心理は女性と男性で違うわ。女性はより陰湿で、犯罪への障害が少なくて、長期的な視野とかはないの。あるのは短絡的な計画と、今ここで憎むべき相手に復讐すべしという考え。

ある女性は恋人が他の女性といるところを目撃し、嫉妬にかられた。そして自らをナイフで刺した後、男性に刺されたと言って警察に届け出たの。彼は拘留されたんだけど、傷跡を調べた医師が男性による犯行ではないと断定した。彼女は長く自分の主張を変えなかったけど、最後には料理中に手が滑ったって言いだしたわ。

一度これと同じような状況があったわ。夫が窃盗を働いたと妻が通報してきた時のこと。実際には窃盗の事実はなかった。妻は夫に殴られたことで、夫を懲らしめるつもりで警察に嘘の通報をした。でも、夫に殴られたこと自体は届け出ようとはしなかった。それは誰の目にも明らかだったけど、彼女は転倒してできた傷だって譲らなかった。女性として見過ごすことはできなかったわ。寝室に入ると、ベッドの上に三人の子供が寝かせられていた。一人はまだ乳飲み子で、他の二人も一歳半から三歳くらいだった。ふと気づいたら一番小さな子が哺乳瓶で窒息しかけていた。私はとっさにその子を自分に引き寄せたの。すでに唇は青くなってた。私は母親である彼女に向かって、どうしてこんなことになっているのかって叱りつけたの。彼女は23歳だったけど異なる男性との間に三人の子供がいた。一番下の子に関しては出生届も出されていなかった。

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警察もののドラマを見ることがあるけど、笑ってしまうような内容が多いわよね。逮捕や証拠収集の場面なんかは失敗に続く失敗というか。まるでファンタジーかコメディものを見ているみたい。実際にあんなミスを犯したら即刻クビよ。いかなる証拠の差し押さえも写真とビデオ撮影によって記録に残されるわ。

基本的に警察の権限は限られたものなの。低給料の重労働だけど、責任の重さは計り知れないものがある。ある時に少年が自分の成績を低くつけた学校の教師を殺害するために、父親の所有する銃を盗み出したことがあった。彼の妹が現場を見ていたから、その情報を得た警察が幸いにも犯行に及ぶ前に彼を取り押さえることができたの。でも、その地区の警察官は管理不行き届きで解雇された。

見た目で犯罪者を見分けることは不可能よ。もちろん薬物常用者であれば、その行動や目つきから見分けることは出来るけど。まだ私が学生の時だけど、アパートの同じ棟に一人の青年が住んでた。近所のおばあちゃんたちには必ず挨拶するし、女性がアパートの共同玄関を通る時とかは先に立って手でドアを抑えてあげていた。勉強もよくできて、母親の自慢の息子だったわ。ところがある時に衝撃の事実が分かった。彼は20人以上を殺害した犯人だったの。彼は犯行のためのグループを組織していた。手口はこう。道路に車を停め、エンジンの故障を装いターゲットとなる車を待ち伏せする。相手の車を停車させることに成功すると、草むらに隠れていたメンバーと共にターゲットを殺害、車を奪っていたの。ターゲットを油断させるために小さな男の子を連れた女性まで用意していた。死体はメンバーの家のガレージでコンクリートに埋めて隠していた。ある時に私の友達の女の子が彼らが犯行について話しているのを聞いてしまって。彼女は逃げ出したけど、彼らも気づいて追いかけてきて。結局彼女が警察署までたどり着いて全てを話したの。

近所の人の半分は裁判の傍聴に来ていたわ。でも誰もが法廷で証言されることが信じられないでいた。彼は裁判中も取り乱すことなく感情をコントロールして、礼儀正しく穏やかだった。

交通警察官にはお腹の出てるのが居るけど、ずっと車に乗っているわけだからしょうがない部分もあるわよ。でも私たちの場合、自分の身体を鍛えておくというのは任務を遂行するための絶対条件なの。日頃の身体の鍛錬がいつの日か自分を救うということはあり得るから。私がその生きた証拠だと思う。

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非番の時だった。真冬に吹雪の中家路を急いでたの。夜の9時ごろだったかしら。急に背後から男に襲われて首を絞められたの。その時に私を恐怖に陥れたのは、私が妊娠していたという事実だった。男は何も言わずに私の首を絞め続ける。私はとっさに頭を振って頭突きをして、相手がひるんだ隙に逃げた。相手は私よりはるかに重量もあったけど、なんとか逃れることができたわ。逮捕なんて考えられなかった。お腹を蹴られることを考えたらリスクを犯すことは出来なかったから。相手は私のカバンを奪おうとしたのか、それともレイプしようとしたのか、結局目的は分からずじまい。

自分の身を守るために日頃の鍛錬は欠かせないわ。女性にとっては難しいことだけど。時にはよく訓練された男性でさえ戦闘に生き残れないこともある。でも、少しの時間持たせることができれば、助けを呼ぶこともできるし、逃げることもできる。一撃にかけることもできるわ。チャンスはあるわけ。それを冷静に判断しなくちゃいけない。全ての訓練は銃とナイフの無力化を目的としているの。もちろんそれは銃口を向けられる前の話だけど。とりあえず相手の要求に応えておいて、相手が油断して注意をそらした隙に攻撃を加えるのは一つの手ではあるわね。

最も重要なことは決して被害者の立場に陥らないこと。あなたに力があるかどうかは重要ではないの。相手に不安が伝われば相手を利するだけ。
自分を強く持つことが大切なの。

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※編注 本稿の登場人物は、彼女が警察退職時に結んだ秘密保持契約を考慮して仮名を使用しました。

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