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「湯豆腐兄弟」

都落ちして20年、地元に戻り、職を転々と、充実してるのかと言われても…

学校の恩師(映画監督)は俺のことの事情を知っといて「新聞配達してる変態」って言う。いろんな人生いろんな世界を熟知してる映画監督から言われるとこたえるよな。どうやら結婚は無理だと…

東京に居る仲間は初めての長編映画を撮るとかなんとか、俺の好きな作品でもないな。あんま知り合いでもねぇし。

飲み仲間。絶対裏切らない仲間。酒を呑み、夢を語り、エンゲル係数を上げ。みんな夢を見失うが、思い出だけが財産。

映画は好きだが呑みの方が好き。絶対出世しないと今は思う。「湯豆腐兄弟」の話。

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20年前にさかのぼる。

季節は正月を過ぎ、成人式の日前だった。そう俺の嫌いな季節。寒い弾丸低気圧とかなんとかで空が落ちてくるような寒空だった。

近所のスーパーまで来た2人は野菜が並んでる外のワゴンセールを素通りしながらスーパーに入っていった。

俺「豪君何食べる」
豪「酒あるんでしょ?」
俺「湯豆腐にしよう。絹ごし豆腐をしこたま買って長ネギとポン酢でしょ!」
豪「じゃあ長ネギ見てくる。」
豪 野菜コーナーに行こうとする。
俺「それじゃあ、芸がないよ」

おもての野菜のワゴンセールまで行き泥付きででかい紙袋に入った長ネギを指さした。

豪「いやいやこれで100円はいいけど汚いよ。店の中のやつの方が良くない?」
俺「長ねぎよ。玉ねぎと一緒で薄皮剥けばいい。」
豪「ええっ!」

家の台所では俺の言ったとうりだった。薄皮剥くと最高のクヲリティーの長ネギになった。昔『美味しんぼ』で見た魯山人風すき焼きをオマージュをした。白だしで作った出汁に湯豆腐の間に長ネギを縦に入れ隙間を密にした。そしてポン酢で食べたのだが…

俺「足りん!何かが足りん」

自分の中の海原雄山が出てきて箸を止めた。

豪「こんなもんじゃないの」
とパクパクと

俺は冷蔵庫に探しに行った。

半年前、夏の暑い時期に小田原に2人で行った。その時に買ったマグロの酒盗を冷蔵庫にあるのを思い出した。

これをご飯にかけ食が進むと思いきやどうしようもない塩気で食べれなかったのをそのままにしていた。

豪「半年でしょ?」
俺「うん」
豪「さすがにこれは…」

俺はふたつのポン酢の入った器に酒盗を入れてかき混ぜた。

俺「自分の舌にかけて新しいおいしさを発見しようとする気構えはあるのかね?」

塩辛い酒盗は豆腐で伸びたポン酢の味を深くしめる様子で美味だったのだ。

我々は夢中で貪りついたのだ。

豪「ギャップだな。見た目とか常識は関係ないな。泥のついた長ネギや賞味期限のとっくに過ぎた酒盗。一枚皮を剥ぐと熟成されたうまいもんになるもんだな。ありがとう。勉強になったは…」

俺「えっ!大袈裟な」

豪「俺が稼いでもこの味は忘れないよ」

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そうそうあいつと俺は語り合った湯豆腐兄弟なんだ(笑)。何語り合ったけ?

俺が映画監督であいつが主演で何か撮るんだっけ?

それから俺が脚本を書かなかったから、豪監督に主演で俺がカメラマンをやることになってたけど俺が撮影当日に遅刻するんだっけ?

そのあと2人で借金こいてなんとかバイトしたりしたな。

あいつ返しきったのかな?

それから疎遠になったんだった。

俺は自由人を気取ったお調子もんで豪君を困らせてたもんな。

お互い映画には熱かったんだけど、俺は地元に戻ったでしょ。

豪君は俺に愛想尽きたんだろうな。きっと。

あいつ何してんかな。

何年かぶりにFaceBook を開いた。

恩師から東京の長編映画の製作中の仲間まで行った後。あとは俳優科だから…

俺「あれ?豪君の写真がいっぱい」

仲間のページからたくさん豪君と撮影の様子が…

どうやら東京の仲間がやってる制作中の映画の主演を務めていたことがわかった。

配給も決まり、新宿の単館映画館でやることになっていた。

俺「嘘〜東京〜」

小さいクローゼット開け、小さい金庫を開け、入ってない通帳と封筒を開け。

ため息ひとつ。

でもどうしても何かしてやりたくて

彼の事を調べ挙げた。

どうやら今度舞台挨拶があると!

俺はその会場に彼宛に電報を送ったんだ。

映画は人から人に伝わり単館では異常なヒット作品になり、そして全国に展開され、やっと見ることができたんだ。

それから、彼の事が気になり、載っている雑誌から、新聞から、切り抜きしたり、ラジオ番組のゲストと聞くとアーカイブで視聴したり、友達の前では彼の自慢話。たぶん、彼は俺のこと忘れてんだろうな。自信ねぇ。

湯豆腐

魯山人風湯豆腐

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また寒気がする一月、そして「成人式の日」俺が1人で入れなくなる日。

俺はまた無茶振りをする。1人で独りで魯山人風湯豆腐を喰らうことに酒盗の代わりにイカの塩辛でそして職場のおばちゃんから貰ったら長ネギ。

俺「豆腐忘れたな。買い出しだな。なれたもんだ」

部屋のチャイムが鳴る。

「ピンポーン」

俺「なんですか?」

俺 玄関のドア開ける。

豪 土のついた長ネギたくさん袋に抱きかかえ立っている。

手には俺が送った赤色の電報を持っている。

俺「湯豆腐はいつから豆腐がいらないのかな?」

豪「湯豆腐は長ネギが主役だぞ」

俺「何やってんの兄弟」

ーENDー

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