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変化を続ける個人と組織【人類学者×経営者対談】(後編)

「人類学的なものの見方」は組織や人にどんな変化をもたらすのでしょうか?シリーズ「人類学者×組織」では、人類学者が組織へ与えるインパクトを探っています。

今回も、人類学者である比嘉夏子とImpact HUB Tokyo(以下IHT)代表の槌屋詩野の対談を紹介します!対談者プロフィールなどは前編をごらんください。【人類学者×経営者対談】「観察」が組織に与えるインパクト(前編)

後編は、問いを持ち続けることによって変化し続ける個人と組織に注目します!

パーマネントベータ、変化しつづけるというコンセプト

比嘉:当時、IHTでオフィス空間の再設計プロジェクトに取り組んでいて、そこに私が伴走するということからはじまりましたよね。

槌屋:はい、そのコンセプトにはパーマネントベータという名前をつけていました。そもそもIHTはβ版的な活動を行っていましたが、それまでは具体的な名前がなかったのです。

比嘉:私もそのコンセプトはIHTではじめて聞いたものでした。もう少し詳しく説明してもらってもよいですか?

槌屋:Permanent Bata という概念は常に仮説検証のベータ版として作り続ける、という考え方です。本来、商品開発としてはベータ版で検証しアルファ版へと移行し、どこかのタイミングで出口があるわけですが、新規事業や新製品開発の「メンタリティ」として、常にベータ版の開発をし続ける、という考え方があります。それを「空間」や「不動産」で実践してみよう、というものです。(編集注:https://note.com/hubtokyo/n/n9a96bcac1a5c

比嘉:なるほど

槌屋:最初に比嘉さんに入ってもらったプロジェクトでは、当初期間を決めて、ユーザを観察して、成果をイベント発表しようとしていたのですが、それが途中でつまらなく感じたんです。

単発のプロジェクトにするよりも 、変化し続ける状況を察知し、オフィスを改変し続けることのほうが本質的で、パーマネントベータ(永遠のβ版)というIHTが掲げるコンセプトとも整合すると思うようになりました。

比嘉:パーマネントベータというコンセプトは、当初から社員に共有されていたのですか?

槌屋:そもそも、IHTはβ版的な活動を行っていましたが、名前がついていなかったのです。コンセプトを認識してもらうためにも、日常の業務と別の場としてパーマネントベータという名前をつけたプロジェクトを始めたのがきっかけです。

比嘉:その様な名前をつけられてもすぐに理解できるコンセプトなのでしょうか…?

槌屋:いや~難しかったですね。社員から「私達はパーマネントベータを始めるんですか。それって何でしょう」と聞かれ、「あなたがやってきたことよ」と言っても、あまり腑に落ちていない様子でした。

ですので、パーマネントベータに関する他社の事例を社員に共有しました。「ここに書いてあることは正に、私達もやっていることだよね」と。

比嘉:なるほど。

槌屋:いままでも、創業メンバーがやってきたような、パーマネントベータ的なやり方を理解してほしくて、色々と話をしていたのですが、なかなか理解が進みませんでした。

結局、指示をしなければ、家具を動かすこともできなかった。待ちの状態になり、変化を起こす意味をわかってなかったんです。「パーマネントベータ」という言葉を与え、比嘉さんとのディスカッションを経て、社員自らが考えて自分で動かし、検証できるようになったんです。

比嘉:顧問として就任し、いきなり槌屋さんから「うちの社員と話してよ」と言われたんです。ほとんど事前の情報共有無しで(笑)。

ですので、今お話いただいた、課題感なども知らないまま顧問活動が始まりました。先入観・インプットがほとんど無い状態で始めましたが、結果としてパーマネントベータというコンセプトを社員である彼らが理解することと、人類学的な観察についての私の助言とが、うまく一致して進んでいったのだと思います。

継続的に現場にいながら状況を把握し、認識のアップデートをしていくことは、人類学的フィールドワークとの共通点ともいえます。

槌屋:パーマメントベータというコンセプトは与えたけれど、その内容に関しては、自分で気がついてほしかった。まるで自分で開発したコンセプトかのように。

比嘉さんとのディスカッションや共同ワークの中から、社員が自分で考え、比嘉さんに質問し、それを試してみて評価する。そういうことを通して、パーマネントベータの実践を主体的に学べたことがとても良かったと思っています。

IHTのチームでDIYをする様子


問いを注入し、育てていく

槌屋:ちょうど比嘉さんを顧問に迎える時に、アメリカの企業では哲学者を顧問とする企業が増えているという話を聞いていました。
哲学者のような、企業にとっての異物を取り入れることは、ワクチンのように、少し弱いウイルスを組織へ注入することで、強くなっていくという事ではないかなと考えています。

その時に、注入するのはノウハウではなく「問う姿勢」なんです。

比嘉:そうですね。問いが強すぎたり、弱すぎたりしないバランスで投げかけることが大事ですよね。

槌屋:あとは、問いを投げかけた後に、メンテナンスすることも重要です。「あのときの問いはどうなった?」と。あと、問いは弱く投げかけることも重要ですね。「これどうなってるの!?」ではなく(笑)

弱く問いかけ続けることで、社員が自分で考え働いているというオーナーシップや手応えが生まれていくと考えています。
強く働きかけることで、私が思いつかない問いに成長する芽を潰したくないのです。

比嘉:全てに細かく指示を出し、経営者が答えを与えてしまうやり方とはまったく違いますね。

槌屋比嘉さんが社員と、折に触れて話をしてくれたことが、問いかけ続けるという役割になったと思います。あと、後半はほとんど問いかけなくてもよくなりましたよね。

比嘉:そうそう、まさに。最初は私が話して伝えることが多かったのですが、徐々に彼女たちの質問が膨らみ、質問が長くなってきました。聞きたいことが膨らんできて、深い質問が来るようになった。

コミュニケーションがだんだん変わっていき、彼女たちの中で変革が進んでいるんだなと実感しました。

槌屋:今秋に入る新入社員はパーマメントベータで観察をしながら空間を変えていくことにすごく興味がある人なんです。これは人類学者と共にワークしたことを発信していたからこそ、出会えた人だと思っています。

ただ、そのような人が入ってきたときに、既存の社員から問いを与え続けることは難しい。だから、今後も比嘉さんが必要だと感じています。

比嘉:なるほど。自分がやるのはできるようになったけど、他者に同じ影響を与えられるようには、至っていないということですね。

槌屋:そうですね。そこまではまだですね。育成という単語がいいのかわからないのですが、「問いを立て続ける」伴走者は常に必要だと思いますね。

 

個人の変容と組織のシステム的な変化

比嘉:メッシュワークでは、観察を限られた人のスキルやセンスとするのではなく、より多くの人たちがそれをできるように、そして日々の各自の業務に活かせるように、サポートしていきたいと思っています。

他者を観察することと、自分自身のことを切り離して考えている人が多いのが現実です。

観察するとは、自分自身のあり方や他者との関係性を見つめ直し、そこから自分とは何かを問われるということだと考えています。

IHTとのプロジェクトでは、この点がより明らかになりました。

槌屋:普通に仕事をしているだけでは、そこまでのことは問われないかもしれないですが、本質的な仕事をする人は自分に向き合う覚悟があり、変化することを楽しむ態度が必要ですね。

比嘉自分の変化なしに、対象だけわかるという話ではないんです。

「比嘉さんのワークは、破壊的だった。要素分解して他のプロジェクトに取り入れようとしたが、それは難しかった。システム全体が揺らぐ。でもだからこそ本質的な変化につながる。」と言われたことがあります

槌屋人類学的なアプローチによって、予定調和的ではない、経営者の価値観の変化が起きる可能性がありますね。

比嘉:変化は大事とよく言うけど、槌屋さんが言うような全体的な変化を意識している人は少ないと思います。システム全体に変化をもたらす事が重要であることを伝えていくことが必要があると思っています。

槌屋:私はむしろ、比嘉さんに入ってもらうときに、システムに変化が必要だな、と思っていた。それをもたらす事ができるのは、よくある外部のコンサルタントでは無いなと思っていました。

哲学的に問いを与えて、種まきをできる人が比嘉さんだと思っていました。

比嘉:そうなんですね。

槌屋:組織改革、働き方改革というレイヤーではなく、もっと基礎的な部分を変化させなければ、会社は変わらない。インプットとアウトプットを変える、ということだけでなくて、インプットの処理の仕方を変えるということ。それが問いを立てるということ。問いが組織を変えたと思います。

比嘉:そして、問いを立てたりする、ものの見方の変化は具体的な取り組み・仕事を通して体得するものであればこそ、効果的であると思います。今回も入り口は具体的なプロジェクトから始まり、段々と抽象的で、組織全体にも影響する話になっていたことが良かったと思います。

まとめ:人類学者が組織に伴走することの可能性

今回のマガジン『人類学者×組織』では、人類学者が組織の顧問として伴走することにどのような意味や価値があるのか、ひとつの事例からご紹介しました。

Hub Tokyo代表の槌屋さんも最初はそう考えていたように、「人類学者と協働する」と聞いてまずイメージされるのは、「ある単発のプロジェクトのなかに人類学者を入れ、そこでエスノグラフィックな(or 一般的な定性調査よりも精度の高い)リサーチを行ってもらう」という形式かもしれません。ですが実際の現場では、その枠組みを超えた意外な展開と、より本質的な変化があったのです。

人類学者がおこなう「参与観察」とは、現場に身を置き、そこにいる人びとと出会い、生じる出来事を丁寧にすくいあげ、個々人の視点から何かに気づいていくプロセスです。そのような態度やあり方というのは、もちろん即座に身につけられるものとは言いがたいのですが、とはいえ部分的には自分のなかに、みなさんのなかにも意識的に取り入れていけるものなのではないでしょうか。

今回のHUB Tokyoの事例でも、「人類学的なものの見方」が徐々に社員へと伝わっていくことで、それぞれに意識の変化が生まれました。それは単独のプロジェクトの質を上げただけではなく、日々の業務への向き合い方にもある種の変化をもたらしました。そして個々の社員の変化は、より大きな文脈へと広がり、組織の変化をもたらしたといえます。こうした変化は、人類学者が一定の時間をかけて、実際の現場において社員に伴走したからこそ可能になったともいえます。

これまでは、ある組織を「研究対象」とすること、つまり「組織を人類学すること」が、人類学と組織の関わりにおいて主流でした。もちろんここにも新たな発見があるでしょう。しかし人類学と組織との関わりには、さらなる形態や可能性がありうると私たちメッシュワークは考えています。それはつまり「人類学する」主体とは、必ずしも私たち「人類学者」だけに限定されないと考えているからです。

これから私たちがご一緒させていただくのがどんな組織であれチームであれ、そこでは一過性の関わりではなく、地に足ついた長期的な関わりを作っていきたいと考えています。そこからもたらされる変化/効果というのも、おそらくその組織によって、状況によって、メンバーによって、かなり異なってくるでしょう。

そうした個別性と多様性を大切にしながら、これからもさまざまな組織やチームのみなさんとご一緒できる機会を増やしていければと思っています。既存の組織開発や人材育成に疑問を感じているみなさん、より現場を大切に、ボトムアップの思考を取り入れたいみなさん、ぜひメッシュワークまでご相談ください。


ご相談・ご依頼はこちらまで:info@meshwork.jp

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