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「自分らしさ賞賛世代」の女性たちへ。 折にふれて、読まれていたMERYのリブランドを、手掛けて感じたこと。

MERY

「折にふれて。」

僕の言葉の先生のひとり、哲学者の鷲田清一先生が好きな言葉のひとつです。折り、と、ふれて。折り紙の折り目をそっと指で横になぞるように、何かちょっとした折り返しを感じる瞬間。はたと立ち止まって、「ああ、そうだ。いい機会だから、あの人に会いに行こう」と折々に思うような。美しい日本語の手触りを感じる言葉です。

どうも、MERYのチーフブランドオフィサーとしてジョインした、斉田裕之です。

大学院で哲学を勉強して、概念で社会を動かすコンセプトワークに憧れて、博報堂に入社しました。そこから14年。お世話になった博報堂を退社し、MERYとフリーのダブルワークをスタートさせました。そして同時に、MERYもまた、大きなリブランディングを行いました。
自分自身も、MERY自身も、大きくて、大切な折を迎えたなと思います。

その折にふれて、そして今後もたくさんの折にふれると思うので、そのつど、折にふれて、浮かび上がる言葉をこうして紡いでいきたいと思います。

「ありがとう。」

今回、次の成長に向けて、ビジネスそのものからリブランディングしていくことになりました。そのために、アプリと公認ライターというこれまでの核のひとつであったものとお別れすることになりました。

たくさんのユーザーから、「ありがとう」という言葉が聞かれました。

公認ライターを中心としたメディア側のメンバーが、日々全力で、最大限の配慮や謙虚さを持って、読者が共感するコンテンツをつくっていく。読者はそれを丁寧に受けとめ、感謝の気持ちを持って読んでくれる。

スキップやザッピングが当たり前の時代の中で、こんなにも互いに心のこもった関係性を築けているのは驚くべきことです。

MERYのこれまでを、そしてこれからを象徴する一つの言葉だと思いました。

マーケティングの基本は「価値の交換」だと言われます。お金を支払って、それに値する商品やサービスを受け取る。価値には、機能的価値・情緒的価値・精神的価値と階層がありますが、いずれにしろそうした様々な価値の交換においては、「ありがとう」という感情はうまれにくいものです。

もちろん、商品を買えば、ある種礼儀として「ありがとう」と言葉を発することはある。しかしそれは、心の奥底から溢れ出る、感情表現としての「ありがとう」とは異なります。

日々自分が消費している物で、心の底から「ありがとう」と思って消費しているものはあるでしょうか。便利!楽しい!可愛い!地球に良いことができて満足!…そういう感覚は、消費の中にたくさんあります。しかし、「ありがとう」となると…。

例えば、苦しい仕事を乗り越えるときに、何度も飲んだ、缶コーヒー。そこには、120円支払ったから妥当な価値提供をしてくれた、などということは頭の外にあります。ただ必死に買って飲んでいて、ふと後になってその缶コーヒーを改めて飲んだ時に「あぁ、コイツに救われたんだな、ありがとう」とじんわり湧き上がるものだったりする。

アプリが終了するから、今までありがとうという言葉を言っただけ、とも考えられますが、自分が消費しているブランドがなくなるときに、ありがとうという言葉を使うのは、稀なのではないでしょうか。

MERYは、そうした価値の交換としてのマーケティングが世の中の基本となる中で、ユーザーにありがとうと言われるマーケティング関係を築いています。

では「ありがとう」の正体とはいったい何なのか?

「ありがとう」と感じるものをいくつか列挙してみる。

苦しい時に、実家から送られてきたレトルトいっぱいの小包。
落ち込んでいるときの、友達の本気の言葉。
未熟な自分を見捨てなかった恩師。
大きな病気を治してくれたお医者さんや看護師さん。

これらに共通しているのは、「記憶」。

日常というものは何気なく過ぎ去っていくもので、消費行動もまた価値の交換として処理され無意識に過ぎて行ってしまうものです。ただそのなかで、ちょっとした、あるいはときに重要な記憶や思い出が残ることがあります。自分の深いところにふれるできごとが起きて、助けてもらった、嬉しかった、楽しかったという感情とともに、記憶や思い出として残る。そんなできごとのなかで生まれる言葉が「ありがとう」という言葉です。

つまり、MERYが提供してきたのは、単なる大量の記事コンテンツではなく、記憶や思い出に残る体験だったということ。

MERYの記事を読んで、素敵なデートができた。MERYでファッション研究をして、すっごくおしゃれになれた。MERYで知った本が、自分を変えてくれた。
MERYは共感できる記事コンテンツを通して、人の記憶や思い出に残る体験を提供していたのだと思います。

人の生活や人生に、少しだけふれるかたちで、MERYは生きてきた。

MERYは、折にふれて、読まれていたのです。

「折にふれて、誰かの幸せをアップデートするブランドに。」

誰かの思い出のなかにいて、ありがとうと言ってもらえるブランドでありつづけたいなと思いました。メディアであることはそのままに、人にもっと関わらせていただいて、もっと大きなありがとうにつながるように。コミュニティを新たな核にしながら、メディアだったり、ECビジネスだったりを通して。

ではそんなブランドを目指して、どのようなブランディングをしていくのか。

プロダクトやコミュニケーションレイヤーのブランディングは、社会の変化、価値観の変化、ターゲットの若返りなどに合わせて、ブランドメッセージを変え、ブランドのパーソナリティーを調整するのが一般的な作業です。プロダクトであれば、パッケージのリニューアルを行うケースもあります。

一方でビジネスレイヤーのブランディングは、B2Bのブランディングに似ていて、干渉範囲がかなり広く、かつアクティベーショナルな視点が重要になります。

干渉範囲ということでいうと、これまでのユーザーに加えて、新たなユーザーを意識する必要があります。さらに、ビジネスパートナーへのメッセージと、自社の従業員です。とりわけ、(自分も含めて)従業員は重要で、リブランディングはどういった形であれこれまでから変化を加えざるをえないため、抵抗感がぬぐえません。

そのため、ロゴを変えました。

シンプルでスッキリとしたオシャレなロゴから、「ユーザーの近くにいる」ロゴへ。これまでは、アプリメディアとして、様々な女性(U-25)のために、様々な共感コンテンツを提供する、U-25プラットフォーマー的な懐の広さのあるメディアでした。そのため、情報提供をする箱として、ニュートラルなロゴが機能していました。
時代的にもUIファーストで読みやすいロゴがおしゃれに見えるという流れがあり、こうしたロゴを使ってきました。

アプリを終了させ、コミュニティを軸にしていくとき、「もっとユーザーの近くに行こう」「もっとユーザーに会いに行こう」というマインドが大切になりました。そのため、ロゴそのものも、ターゲット自身の手書きのような、そして自分自身の手書きのような、ユーザーと距離を縮めるロゴを模索しました。
別の言い方をすると、ユーザーが主役に変わっていく中で、ユーザーの生き生きとしたビジュアルを邪魔しない、ユーザーとともにあるロゴにする必要がありました。デザイン面でいえば、ブランドとしての品質感を担保するためにクセを多少は整えつつも、絶妙に整えすぎないバランスでコントロールしています。生っぽいブランドでありたいのです。

また、ひつじさんも歩き出しました。可愛くも止まっていた、マークとしてのシンボルから、動き出して、うろちょろするひつじさんに。ユーザー自身も動き回っている時代、僕たちも動き回らなければならない。
「自分」というキーワードが純粋想起で圧倒的に多く上がる20代女性世代。自分らしさを探す彼女たちのそばで、彼女たちの探検を手伝っていきたいし、そう自分たちが熱い気持ちで思い切るためにロゴを変えることは重要だったのです。

新しいMERYにバージョンアップしなければいけない。そのために軽やかにユーザーの近くにいかなければいけない。退路を断つ意味でも、ロゴ変更は有意義でした。

ロゴは、僕たち自身が、ユーザーたちの折にふれに行くためにあり、僕たち自身のビジネスとしてのスタンスが表現されているのです。

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「みらいのことば。」

今の20代を「自分らしさ賞賛世代」と勝手に名付けています。自分の自分らしさと、他人の自分らしさを別のものとして当然のごとく認識していて、お互いがお互いを賞賛し合いつつ、ポジティブに無関心でいる。頭ではわかるが、画一的なあこがれの対象が存在していた時代に生きていた僕としては、彼女たちからそこはかとなく感じる空気に戸惑う。

MERYでは、「憧れから共感、そしてつながりへ」という言い方をしているが、それぞれが自分を中心として必要なつながりを網の目に作り、分野ごと、領域ごとに、参考にする人がいながら、過度に憧れてすべて真似てしまうなんてことなく、吸収だけして、また別の人へと移っていく。さらに、その感覚を共有し合い、さらなるつながりを増やしている。

こうした自分らしさをそれぞれが模索し、追及する世代が到来したときに、僕たちはなにができるんだろうか?と悩んでしまいます。SNSで「MERYに恋愛相談してほしい」という声が届きました。やろうかと思いましたが、「自分の恋愛相談をしてほしいのであって、他の人の恋愛相談はそれほど興味がないかも…」となりました。そうか、この手触りか。

20代女性のための、「みらいのことば」をMERYをきっかけに生み出したい。正確には、引き出したい。ただそのとき、旧来文脈の流行語的なものではないのだと思っています。自分らしさを模索する彼女たちにとって必要なことばでなければいけないなと。

昨日、#쵸아요(チョアヨ=好き)が流行っていると知り合いの20代女性に言われました。韓国で「好き」と言われているものを、いち早く日本から探しに行っているのでしょう。例えばハッシュタグのような、つながりの時代の中で、つながりの中の自分らしさ模索行動をお手伝いするような、そんなことばが、みらいのことばなのかもしれない。
まだこれからだけど。

折にふれて、ありがとうと言ってもらえるブランドになれますように。2021.5.20 さいだ

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