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岩佐義樹『毎日新聞・校閲グループの ミスがなくなるすごい文章術』

 毎日新聞校閲記者が書いた「書き言葉としての日本語」を書くための本である。
 ページをめくるたびに、日頃思っていることが書かれている。
「『うれしいです』は「書き言葉ではちょっと稚拙」なので言い方を工夫する。たとえば「久しぶりにお会いできてうれしい一日となりました」とするなど。「形容詞+です」を「形容詞+名詞」に変えて書き直すのは覚えておきたい。
 「さ入れことば」や「よさげ」は使わない方が無難、「知ってか知らずか」は「知ってか知らでか」が正と書いてあるのでほっとした。わたしの感覚は古いかもしれないが、少なくとも新聞寄り、校閲者スタンダードではあるらしい。
 最近ときどきある「の」形容詞が「な」に変えて使われている風潮(たとえば「高齢な人」)は、「高齢の人」「高齢者」、 「高齢さ」は「高齢であること」と言い換えるのがよいと記されている。本書ではただ「使わないようにしましょう」だけでなく、このように言い換え例を載せてあるのがよい。「不適切」と言われても、「じゃあどう言えばいいのかな?」ということになるので。
 わたしもときどき「どうだったっけ」と辞書で確認する、「つまずく」、「ご存じ」、「ブレーキが利く」もちゃんと取りあげてくれている。雑誌に多い「ドキっと」は「ドキッと」でしょうと指摘しているのも、言葉の商売としては嬉しい。
 だがこの本を読んで「ドキッと」したこともある。ついこの間まで、わたしは「アタッシュケース」 と思っていた。ちょうど読んでいた校正刷りに「アタッシェケース」とあったので、辞書を引いた。すると、「アタッシェ」が正しいとわかった。
 自分はこれまで何十年間ずっと「アタッシュ」だと思い込んでいたのである。一瞬、背筋がヒヤッとした。
 さて、校閲者の方なら覚えがあると思うが、気を使う事項のひとつに「差別用語」がある。わたしも「ライ病」に「ハンセン病?」とコメントを入れたことがある。
 差別用語の難しい点は、用語だけに気をつけていれば済む話ではないということ。本書にも「お前、校閲なんかやっているのか」と聞こえてきた話が書かれている。「~なんか」は、「~」に入る語を見くだした表現であることは、校閲者ならみなわかるだろう。差別・不快表現というのはこういうちょっとしたところに現れるのだ。
 前に「下働き」という語を耳にして不愉快だと思った話を書いた。↓にリンクを貼っておく。

「なんか」もそうだが、無意識に相手を見くだすニュアンスがする語を使うというのは、残念ながら、言葉を商売とする人たちに多くみられる。
 「なんか」は取材記者、「下働き」は編集長が口にした言葉である。こういうところ、言葉を商売とする、特に「人を使う立場」にある人たちはもっともっと気を使ってほしい。ふだんから「思ったことをすぐに口にする」習慣があるから口に出して現れるのだ。
 特に職場においては、「これをこの場でい言うのは適切なのか」を一瞬考えるくせをぜひ身につけてほしい。
 最後に、「間違いやすい人名(漢字)」のチェック方法として紹介されている2つの方法が新鮮だったので記しておこう。
 「安倍」さんであれば「アンバイ」、「安部」さんであれば「アンブ」と頭の中で漢字の読みを唱えながら確認する「ぶつぶつ作戦」。これが「安倍」の漢字を間違えないためのひとつめ。
 ひととおりチェックした後、改めて「安倍」「安部」の文字に特化して、飛び石をたどるようにチェックする「飛び石作戦」。これがふたつめ。どちらもわたしはいまは使っていない方法だ。
 なぜならば、わたしはこういう間違いやすい漢字はすべてデータを見るからである。pdfファイルで検索したり、JustRight!でも拾ってくれる。けれども新聞現場は「紙オンリー」の世界。そういう場合は「ぶつぶつ作戦」と「飛び石作戦」を使っているということね。
 「校正刷りのPDFをください」と依頼して、もらえなかったことはこれまでない。けれども、今後そういうことがあったら覚えておこうと思った。
 本書に類似した本は世の中に多くあるが、校閲者としてはすべて一度は読んでおくのがよさそう。自分の言語感覚の確認もできるからね。

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