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誤訳のパターン7 ケアレスミス~その1

 間違っている翻訳、つまり誤訳にはいくつかパターンがある。
 今日は、注意不足によるケアレスミス(タイピングエラーや変換ミス等)について訳文を挙げ、対策を考える。ケアレスミスには原因も対策もいくつも考えられるので、数回連続することになるだろう。今日はその第1回ということとする。

ケアレスミスの定番

ことばの仕事、とくに翻訳におけるケアレスミスは、次の4つになるだろう。
●誤字・脱字
●細かい訳抜け
●数字・単位の間違い
●うっかり誤訳

 では、ひとつずつ見ていこう。

誤字・脱字は「なんでもあり」

 あらゆる文字が誤字・脱字の対称となるが、とくに多いのが次のパターンである。

  1. 助詞抜けor助詞重複:「チャンスついて」→「チャンスついて」

  2. 「ン」抜けor「ン」重複:「オンラインン不動産ウェブ」→「オンライ不動産ウェブ」

  3. 単語読み違い:Jonathan「ジョンソン」→「ジョナサン」

  4. ひらがなの入れ替え入力:「やっかない」→「やっかいな

  5. 変換ミス:said「行った」→「った」

 こういうのが2行にわたっていたりすると、校閲者でもよほど注意しないと落としてしまう。
 実は、拾うのが一番難しいのがケアレスミスであり、読者から一番指摘されるのもケアレスミス。校閲者が「これだけは落とさないように」と言われるのもケアレスミスだ。
 甘く見ることはできない。ほんとうに厄介なのである。

細かい訳抜けで多いパターン

“Version 5?” “It would probably be Version 6, with respect.”
「バージョン5?」「たぶんバージョン6の方ね」
→「バージョン5?」「それを言うなら、たぶんバージョン6の方ね」

 このように、コンマの後ろの2、3語が落ちているというのが多い。いわゆる「ちょっとした訳抜け」というやつである。
 また、元原稿(英文原稿)がPDFファイルの場合、訳文が1行抜けたり1段落抜けているのは珍しくない。Word上書きや翻訳ツールを使っていればほとんどないが、昔ながらの「目で追った英文の訳をテキストエディタやWordで書く」スタイルで訳すと、どんなに注意していても「ちょっとした訳抜け」は出てしまう。それを拾うのはわたしたち翻訳校閲者の役割である。

数字・単位の間違い

ケアレスミスの「王道」ともいえるのが数字・単位の間違いである。

She is scrolling through her Instagram. Five point four million followers now.彼女は自分のインスタグラムをスクロールしていく。現在、五千四百万人のフォロワーだ。
→彼女は自分のインスタグラムをスクロールしていく。現在、五百四十万人のフォロワーだ。

 小数点を示すpointとmillionが両方出てくると、かなり高い確率で間違っている。わたしの感覚では、5分の1、つまり20%ほどが間違いである。こういうミスも、ある程度はどうしても出てしまう。チェッカーや校閲者が二度も三度も確認するのがこのパターンだ。

「うっかり誤訳」で済ませがちだが……

校閲者として怖いのはこんなパターンである。

My sister bet 500 yen that I could not run faster than she could.
私の妹は50円を賭けたが、私は、彼女よりも速く走ることができなかった。

 なあんだ、こんなミス0.1秒で拾えるよ。

My sister bet 500 yen that I could not run faster than she could.
私の妹は50円を賭けたが、私は、彼女よりも速く走ることができなかった。
→私の妹は500円を賭けたが、私は、彼女よりも速く走ることができなかった。

 こうでしょ? と。単なる数字の間違いでしょ、と済ませてしまいがちだが、実はここからが勝負なのである。この訳文には、もうひとつ誤訳が隠れていることに気づいただろうか?

ダブル誤訳がいちばん怖い

My sister bet 500 yen that I could not run faster than she could.
私の妹は50円を賭けた、私は、彼女よりも速く走ることができなかった。
→私の妹は500円を賭けた、私は彼女よりも速く走ることができなかった。
→私の妹は、彼女よりも速く走ることができないほう500円賭けた

 そう、元訳はthatをbutと勘違いして訳しているのだ。しかし「50円」を「500円」と直した時点で脳が安心してしまい、that節の誤訳に気づかずに通してしまう。こういうのがほんとうに多い。2つ続くミスをひとつしか拾えないのは校閲者のミスである。
 こういう「ダブル誤訳」を漏れなく拾うには、「一度直した箇所の周りをもう一度見る」のが必須のプロセスとなってくる。朱やエンピツを入れたら、その周辺3cmにも間違いがないかどうかを見回さないと、こういう誤訳に気づけない。

校閲の格言「ミスの隣にミスがある」

そう、校正者なら気づいただろう。誰しも聞いたことがある格言「ミスの隣にミスがある」。これは脳の仕組みを考えると真実なのだ。ほんとうにこわい。
だが、この格言を知っていれば、「隣のミス」を拾える確率はぐっと高まる。校正紙に書いた自分のエンピツや朱を、納品前にもう一度「その周り3cm」見直す。これだけで「隣のミス」は減ってくる。

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