出版(翻訳書)の翻訳チェックで思うこと~いちばん多い誤訳は?

 書籍の翻訳校閲をする場合、翻訳チェックと校閲にプロセスを分けている。以前こんな投稿もした ↓ のだが、今日はまた別の角度から書こう。

 今日は、出版書の「翻訳チェック」について述べる。
 チェックのプロセスや方法は、たぶんほかの翻訳チェッカーの方と似ている。英文を読んで意味をとり、日本語を読んで間違っていると思えば、辞書を引いたり、英文を構文分析したり、調べ物をしたりする。そして日本語を読み、やっぱりミスだとと思えばゲラに納品用のコメントを書いておく。
 また、とくにロジック上「なんとなく違うかも」という場合もある。こんなときは、エンピツで薄く印をつけておいて先に行く。次の「校閲」段階のとき、もう一度前後の文脈と併せて細かく見ていくという方法をとっている。
 さて、実務に比べて出版翻訳の場合、日本語ライティングの質は総じて高い上に、ミスも少ない。「ある程度ライティングができなければそもそも出版翻訳者としては起用されない」からであろう。
 元々レベルの高い翻訳者が推敲に推敲を重ねて出稿した訳文である。したがって、さほど多くのミスが残っていることはない。
 また、「下訳者」と呼ばれる人たちを使って、表紙に名前の載る「上訳者」が仕上げてくることもある(これについては ↓ に書いた。「上訳者」の方はぜひ読んでほしい)。

 こうなると、すでに複数人の目をとおってからゲラになっているのでミスが少ない。さらに別のケースとして、翻訳者の訳文に編集者が手を入れていることもある。このシステムも複数人の目をとおってからゲラになっているため、やはりミスが少ないと、こういうことになる。
 つまり、産業(実務)翻訳では「この人日本語破綻してるよ……」と思ったり、ミスの出現頻度もそこそこ高かったりするのがふつうだが、出版翻訳の場合にはそれがない。このあたりが、出版ものをチェックしていて嬉しく、かつ安心なところである。
 とはいえ、誤訳や訳抜けはゼロではない。推敲に推敲を重ねられた訳文であれ、複数の翻訳者の手になる訳文であれ、編集者が手を入れて整えた訳文であれ、それどころか、すでに単行本として出版されていて(つまり編集者、校閲者の目を通っていて)これから文庫化される本であってすら、翻訳チェックのプロセスを通っていない訳文には、どうしても訳抜けがある。語句単位でも、文単位でも、段落単位でも存在する。これを探すのが自分の役割である。
 さて、訳抜けがあるところに誤訳がないわけはない。どんな翻訳にも誤訳は存在する。
 では出版翻訳で一番多い誤訳は何か。
 これはダントツで「代名詞の指すものが違っている」だろう。
 これまで見たすべての翻訳書において、「ゼロだったことがない」誤訳がこれ。原文がとくに難解であったり、長い英文というわけではなく、むしろシンプルな文のときに見られる。言い換えると、時間をかけて考え、調べて作られた箇所ではなく、さらっと流した部分にミスが出てしまうということになるだろうか。
 この現象がわかってきてからは、代名詞はとくに気をつけて見るようにしている。訳抜けがとても少ない翻訳者は多いがゼロの人は見たことがないし、誤訳がとても少ない翻訳者は多いがゼロの人も見たことがないのである。

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