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困難を前に立ち上がろうとする姿は美しい(後編)前を向く勇気が持てたのは

先日、前編を公開致しました。困難や試練から逃げ続けた僕の過去のお話しです。僕自身が、どのように陥ってしまったのかを書かせて頂きました。これは、何も僕だけが特別ではなく、誰もが陥ってしまう危険があるように思えるのです。

前編を読まれていない方は、是非こちらから読んで頂きたいです。

本日は、そんな僕が、困難を前にして、何をもって心境が変化し、自分と向き合うようになれたのかをお話ししたいと思います。

全てを失った訳

とある山の深いところまで来た時に、急に僕は死ぬことが怖くなってしまいました。それに、もう誰にも迷惑をかけたくないと思っていたのですが、死ねば、より一層、周りの人達に迷惑が掛かってしまうのではないかと頭に余儀ったからでした。

結局、諦めて帰ることにしたんです。

街に戻り公衆電話から電話すると、家族が飛んできて、車で自宅まで帰りました。実は、その時の記憶は曖昧で、何を言ったのか言われたのか、あまり憶えていないんです。きっと、心の奥底に自分でしまい込んでしまったんだと思います。

目が覚めたときに、僕はとても焦りを感じました。戻ってきたということは、これまでの生活を取り戻さないといけないと思ったからです。会社に謝りに行くといったとき、家族からは大反対されたのでした。

その意味が僕には理解することが出来ませんでした。制止を振り切って僕は出社して、泣きながら会社のみんなに謝りました。その時、気持ちが悪いくらい優しくされて、よく戻ってきてくれたと言ってもらえました。数日休んでから働きなさいと言われて安堵したのを憶えています。

それから数日休みをもらったのですが、心がとてもざわついていたんです。あの時の後遺症のように、寝るのが怖くなってしまったり、疎外感をより感じては、何もかもが信じられなくなってしまいました。

気持ちが落ち着かないまま、重い腰を上げて仕事に行こうとすると、家族に買い物についてきて欲しいと言われて、ついていくことにしました。ところが、連れてこられた行先は、精神病院だったのです。すぐに抵抗しましたが、自分達が安心したいためだと言われたのです。僕は何処もおかしくないことを証明するために診察をうけると、重度のうつ病だと診断されて、そのまま入院となりました。

目の前が真っ暗でした。自分が精神がおかしいなんて思いもしませんでした。そして、全てが終わったんだと思いました。これまで積み上げてきたものが、こうもあっさりと崩れ去ってしまうのか信じられませんでした。精神がおかしくなってしまえば、もう人生の勝ち組にはもどれない。もう、僕の人生は終わってしまったんだと。

そう思うと、涙が止まらなくなってしまったんです。きっと、家族や病院は自殺する危険性があると判断したからだと思うのですが、仕事に行こうとしていた僕から、仕事の道具や手荷物をなにもかも、持ち去られたときには、僕の全てを取り上げているように感じて、これ以上ないくらい悲しくて、放心状態になりました。

そのまま、丸々一日くらいは、無機質な病院の天井を、涙をながしながら見つめていました。それでも、現状がどうしても受け入れられませんでした。次第に悲しみの感情が怒りに変わっていき、僕は、立ち上がったのです。そして、病院に黙って連れてきた家族、担当の先生に、恨みをぶつけてしまったのです。それは、とても酷いものでした。その結果、家族からは見放されてしまったんです。何てことをいってしまったのか。どうしてあんなことを言ってしまったのか、これまでにないくらい自分を責めました。自分を否定し、自分を極限に追い込む形となりました。その時から、世界がどんよりとしたものに変わりました。何もやる気になれなくて、何をするのにも億劫に感じてしまったんんです。夢や目標を失い生きる希望さえも失くした人生のどん底だと思っていました。

困難だと言っていいものか分かりませんが、僕にとっては、どうにもならないと感じたものでした。助けを求めても、もう手を差し伸べてくれる人は誰もいないのです。仮に、復帰することが出来ても、何のために、何を目標にしたらよいのかも失くしてしまったのですから。

困難を前に立ち上がろうとする姿は美しい

そこから、僕が前を向こうと思えるようになったのは、その病院で出会った人たちでした。

そこには、本当にたくさんの人がいました。今や、うつ病は珍しいものではありません。ですが、その頃から本当にたくさんの人達が精神を病んでいたんです。病気も年齢も様々です。そして、その理由も様々でした。ケガや病気によって精神を病んでいた人もいれば、家族を失ってしまったことが原因で心を病んでしまった人もいました。事件や事故に巻き込まれた人。ギャンブルやお酒、薬で身を破滅した人。いじめによって深い傷を負ってしまった人、本当に様々だったんです。

そうした人たちと話していると、自分にも降りかかったこともあって、どれも他人事のようには思えませんでした。入院していた者同士、とても仲良くなれたのです。

その中で、たくさん見てきたんです。どれだけボロボロになっても、どれだけ傷ついていたとしても、困難を前に立ち上がろうとする姿を。中には、退院しては、すぐに戻ってきたりする人もいました。本人は頑張ろうと言う気持ちがあるのに、受け入れられなくて、打ちひしがれる姿も見たんです。ですが、何度となく転んでも、何度となく突き落とされても、何度でも起き上がろうとしていたのです。

そんな姿を見ているうちに、勇気を分けてもらえた気がしたんです。自然と勇気が湧いてきました。こんな僕でも、もう一度、頑張ってみてもいいんだと思えました。

人の持っている底力強さ、人の可能性というものを感じたんです。目の前にして希望を失っても、生きることは出来るって。何かですね、街で見かけるひとよりも、懸命に見えたんです。不器用なのかもしれないけれど、輝いて見えたんです。

そうやって、僕は立ち上がる決心をしたんです。

それに、こんな出会いもありました。その方はご高齢の方でした。その方は、ずっと本を読んでいたんです。自分が苦しい状況をどうにか出来ないかと、学んでいると仰っていました。その方と話していると、学ぶことの大切さや何処までも成長することの大切さを教えてくれたんです。勉強するのは学生までと思っていたので、驚きででした。

そして、僕自身も学びの道に踏み込むきっかけになりました。

困難や試練を前にすると、怖くなるし、勇気が出ないことなんて、当然のことだとおもうのです。こうしたことに真っ直ぐと進んで向かって行くなんて、ごく稀なんです。誰もが怖くて誰もが怯えてしまうのです。そんな時にこそ、困難を前にして立ち上がろうとする姿を見て欲しいのです。この日本では、そうした歴史もたくさんあれば、現在も必死に立ち上がろとする姿を見て知ることは出来るはずです。

そして今の僕はこう思うまでになれたんです。困難を前に立ち上がろうとする姿は美しい。僕自身もいつか、その姿を未来にも見せたいと。

長文を読んで頂き、本当にありがとうございます。

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最後まで読んで頂きありがとうございます。
今日も自分をご機嫌に。
メルシー

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