マガジンのカバー画像

短いおはなし7

1,036
運営しているクリエイター

#お話

眠っているすずらんを起こさないように。

眠っているすずらんを起こさないように。

世界の果ての町では
すずらんが眠り続けていた。
町のひとたちは
眠っているすずらんを
見ると心が安らいだ。
町のひとたちは
眠っているすずらんを
起こさないように
静かに仕事に出かけ
静かに手紙を出し
静かに料理をつくった。
町のひとたちは
自分のこころの痛みより
眠るすずらんを大切にした。

この憂鬱な毎日も、幸せにふくまれている。

この憂鬱な毎日も、幸せにふくまれている。

クマが子ぐまに言った。
花は花開いているときだけ
咲いているのではないよ。

寒い冬の夜に球根として眠り
芽を出し、
雨風の中、
葉でつぼみを守りながら
伸びてゆくあいだも
咲くことにふくまれる。

だから、ぼくたちのこの
憂鬱な毎日も
ときどきやってくる
幸せにふくまれている。
きっと。

記憶や自然に戻るように。

記憶や自然に戻るように。

クマが子ぐまに言った。
ぼくのうたは遠いなにかの記憶で
朝の鳥のうたで夜のさざ波さ。
ぼくは季節を繰り返す自然の中で
芽吹き、くちてゆくちいさな
木の葉さ。
だからぼくの自意識や恥なんて
どうでもいい。
空気なんて読まずに
記憶や自然にもどるように
好きなようにうたおうと
思うんだ。

聞いたことのない言葉の賛美歌。

聞いたことのない言葉の賛美歌。

きれいごと
ばかりではないな。

きつねは
雨の日のバスの中で
思った。

バスは
だれも乗っておらず、
どこにも停まらなかった。

バスは
やがて丘陵をのぼりはじめた。
すこしひんやりしてきた。

ちいさな蒼い花で
気持ちが染まり
聞いたことのないことばの
賛美歌が、
丘の上から聞こえてきた。

クリスマスローズの小径。

クリスマスローズの小径。

こびとのクマが
クリスマスローズの花影に
腰をおろした。

ハンカチで包んだ
アプリコットを取り出した。
アプリコットと
春の土が薫った。

クマも花もアプリコットも
土の上の生命だった。

クマはともだちに
手紙を書いた。

きみの土の上は
どんな薫りがしますか?

弦で石の広場が鳴った。

弦で石の広場が鳴った。

夢を見た。
外国の半島のちいさな村で
暮らしていた。
朝の教会の鐘の音が
海に散らばった。
広場でお祭りの準備。
オーケストラが演奏する
木の舞台に添えらた菫。
そうだ、ここは
ワーグナーの別荘の近くだった。
楽団が到着した。
調弦がはじまった。
弦で石の広場が鳴った。
海が黙った。

土の上のうた。

土の上のうた。

土の上のうた

土の上のうたが言った。
ぼくは、土の上のうただから
花束やお洒落なお部屋の
花みたいじゃなくて
雨にうたれたり
どろがついたりする
あまり見栄えのいい
うたではないんだ。

でも、
もしきみが
土の上のきみなら
ぼくたち
地続きだね。

やりすごし術。

やりすごし術。

往々にして

羊の先生が言った。

やり過ごすしかない
時ってあります。
もしかしたら
そんな時ばかりかもしれません。

すべての時やことに
まっとうさを求めると
いやになります。

だから問題は
やりすごす術を
いくつもっているかです。

クリームドーナツの
種類を数えるとか。

往々にして。

ねずみの兄弟

ねずみの兄弟

ねずみの兄が
ねずみの弟に言った。
なあ、おれたち
たいした才能もなくて
ドジで空気読めなくて
空回りばっかだけどさ、
しぶとく楽しくやっていこうぜ。
おんなじように
ろくでもない
詩人や画家やロッカーが
味方だからさ。
ほら泣いてないで手をだせよ。
朝の虹、あげるから。

おにぎりを泣きながら食べて。

おにぎりを泣きながら食べて。

悲しむことと
愛することは同じで
うたをつくることと
庭をつくることは同じで
後悔することと
前進することは同じで
失うことは得たことで
写真は永遠で春は寒くて
憎くくて好きで
すべてはぎゅっと
握られたおにぎりで
わたしはそれを
泣きながら食べて
意味もわからず生きる。

おれはね、バカみたいにあきらめないんだよ。

おれはね、バカみたいにあきらめないんだよ。

キツネは思った。

人気のある美容師さんほど
そのひとの好みを
しっかり聞いて
対話をたくさんするそう。

おれに才能があるかとか
おれのプライドとかセンスとか
どうでもいい。

おれはね、
バカみたいにあきらめないんだよ。
みっともなく懸命なんだ。
きみが喜んでくれたら
どんなにいいだろう。

傷つき豊かに深まってゆく。

傷つき豊かに深まってゆく。

何があっても
生きてゆくには
どうすればいいの?
子ぐまが訊いた。
クマが答えた。

風にそよぐ。

揺らがなすぎると折れてしまう。
きみのひとつひとつすべてが
正解でなくていい。
誤りですら君をつくる。

ひとつひとつが否定されても
きみはなくならない。
きみは傷つき豊かに
深まってゆく。

それとは別に。たゆまずに。

それとは別に。たゆまずに。

さて。
クマは思った。
現状はきわめて厳しい。
自分もあまりにも不完全。
憂鬱がぐんぐん加速して
押しつぶされそう。
さて。
それとは別に。
新しいうたと本のことをしよう。
美味しく美しいお料理のことをしよう。
暖かく心地よい部屋のことをしよう。
たゆまずに。
たゆまずに。
それとは別に。

まじめに取り組むために、しっかり逃げる。

まじめに取り組むために、しっかり逃げる。

#お洒落なオカマのキツネ
子ぐまに言った。
おいしいものを毎日食べたら
美味しくなくなる。
まじめに生きることは
たまにふまじめになること。
自分に向き合うことは
たまに自分から逃げること。
まじめすぎることって
もはや悪しき信仰ね。
まじめに取り組むために
あたしらしっかり逃げるの。