マガジンのカバー画像

短いおはなし7

1,035
運営しているクリエイター

#創作大賞2022

どんなともだちがほしい?

どんなともだちがほしい?

どんなともだちがほしい?
子ぐまが訊いた。
たよれるひと?
いやされるひと?

クマが答えた。

風景をくれるひと。

ちいさな手袋屋さん。

ちいさな手袋屋さん。

西の最果て。
リスボン唯一の手袋屋さん。

1925年からの創業。

女性のオーナーさんは、
そのひとの手を見ただけで、
ぴったりのサイズの手袋を
出してくれる。

好みをいうと、オーナーさんが
箱の積み重なった奥に行って
もってきてくれる。

ダイアゴン横町の
杖屋さんみたいに。

このとてもちいさな手袋屋さんへは
早春に行った。
いまでも行き方は覚えている。

旅行は何も残らない。
でも西の最

もっとみる
ヴィオラだけを持って生きなさい。

ヴィオラだけを持って生きなさい。

少年は生まれる前に
誰かに言われた。

ヴィオラだけを持って生きなさい。
あなたが多くを失ったときに。

少年はその言葉を忘れ大人になった。
多くを欲しがり手に入れ失った。

大人になった少年は彷徨い
たどり着いた未来のゲートで
守衛に持ち物を訊かれ答えた。

ヴィオラだけを持ってきました。

雪が茂みから落ちる音を。

雪が茂みから落ちる音を。

雪が茂みから
かさっと落ちる音を
ギターの響きで描けないか
新雪についたささやかな
鳥のあしあとを表現できないか
あたたかなてぶくろの裏生地を
ねむたくなる暖炉を
あらゆる冬の呪術を
ギターと指と声にまとえないか
すべてのことをあとまわしにして
考えながらギターを弾いている。

いちごは赤く熱く。

いちごは赤く熱く。

#冬の辺境と冬の旅人

最果ての吹雪の夜、旅人は
残った魔法で小屋を出し
暖炉に火をおこした。

悲しみだせばきりがないので
ちいさなキッチンで
いちごのスープをつくった。

片栗粉でとろみをつけて
赤いカップによそった。

いちごは赤く熱く
とろみは身体の芯を
あたためた。

手毬ふ

手毬ふ

手毬ふ

母は年末、銀座の高島屋に行って
お正月の手毬ふなど買っていた。
母がお料理をしなくなってからは
わたしがお節をつくっている。
去年は父が隣町のデパートで
手毬ふ、あったよ、と
買ってきてくれた。
今年はわたしが地元の成城石井で
見つけた。
小言を言い合う
年を重ねた家族の年末。

好きとは。

好きとは。

好きとは
そうなふうに冷静に
言えるものではなくて
もっとやりきれない感情。
悲しくなったり
こわしてしまいたくなったり。
ひとに共感されるものじゃない。
その秘密の森で
わたしはわたしの好きを
大声でうたう。
そしてわたしの好きと
だまって
きりがなく一緒にすごす。
#ドライアド_

いのちは、つまり、りんご探し。

いのちは、つまり、りんご探し。

あなたの森には
あらかじめりんごが隠されている。

それは闇の中でしか
みつからない。
それは孤独の中でしか
みつからない。

いのちは、つまり、
りんご探し。

あなたは灯りをともし
りんごを探す。

闇の奥へ奥へ。
孤独の奥へ奥へ。

ほのかな薫りだけをたよりに。
#ドライアド_

ギターを上手に弾くには。

ギターを上手に弾くには。

ギターを上手に弾くにはね

どうかあのひとの指が
これ以上痛くなりませんように

って思いながら弾くの。

どうかあのひとの指が
これ以上冷たくなりませんように

って。

そして

どうかあのひとの指が
ひとときすべてを手放して
自由になれますように

って。
#ドライアド_

彷徨う魂はどこに辿り着くか。

彷徨う魂はどこに辿り着くか。

彷徨うたましいは
彷徨ったすえに
疲れ果てたすえに
どこにたどりつくか。

シトロンのキッチンに
たどりつく。

キャロットスープが
コポコポうたい。
シナモンロールが甘く微笑む。

だから
たくさん彷徨っていい。
夢を身体の分だけ
使い果たしていい。
#ドライアド_

奥底の黄金色の音楽。

奥底の黄金色の音楽。

あなたのこころの奥底で
黄金色の光を
奏でるひとがいる。

それはあなたの奥底の
やさしいきもち。
いのちのちから。

あなたがうまくいかないときも
疲れ果て嫉妬と悪意にとらわれ
わるいことだけを数え
気づけないときでも。

奥の奥の奥の奥底では
黄金色の音楽が続いている。
#ドライアド_

祈りは誰のもの。

祈りは誰のもの。

羊の牧師が子ぐまに言った。

祈りは、清のものではなくて
濁が切実に必要とするもの。
だから安心して。
祈りはあなたのもの。

簡単に事態は良くならない。
簡単にあなたは変わらない。

けれど
今日も小声でよいことが
なにかあるはず。
今日もよくなろうと
こりずに取り組めるはず。

最後にひとつだけ使える魔法。

最後にひとつだけ使える魔法。

あなたは最後に
ひとつだけ魔法をつかえる

もう終わりだなと思う時
もう失うもののない時
もうひとの目はいいかなと思う時

あなたはあなたになる
あなたがあなたであることは
最後の最強の魔法

ドライアド_

霧が出るといいな。

霧が出るといいな。

男は疲れきった
仕事帰りの夜の電車で

撮影のために
用意するものの確認をした。

花冠と花束と
チャーチチェアと
クランベリー。
外国の花の本と
燭台とピアノとランタン。
籠とパンとブランケット。

足元に
森の土を感じながら。

男は自分が
何歳で性別がなにか
よくわからなかった。
自分が幸せかどうか
間違っていないか
関心がなかった。

ただ撮影の日の早朝
霧が出るといいな
と思った。

#

もっとみる