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青い春夜風 02

Before…

【二】

「なんだよ、新学期早々フケてんのかよ。」
 朝の十時過ぎ、インターホンも押さずに玄関前の扉を開く。そして、縁側でほろ酔いを飲みながら煙草を吸う幼馴染を見つめる。
「おはよ、光佑。お前だってサボってんじゃん。」
 隣に腰掛け、左に倣って煙草を吸う。
「ばーさん、元気か?」
「んー、まぁまぁかな。しばらく店番は俺の仕事になりそうだよ。」
 噂をすれば影。雅のおばあさんが玄関から出てきた。
「あら、光ちゃんじゃない。おはよう。何か食べてくかい?」
「おばーさん、おはようございます。俺はメシ食ってきたんで大丈夫です。」
「ばーちゃん、おはよー。今日の調子はどう?」
「どう?じゃないよ!朝っぱらから煙草吸って酒飲んで。本当に中学生かい全く。」
 説教するばーさんからは、怒りの色も呆れの色も全く見えない。いつものことで、慣れてしまっているのだろう。
「朝から怒ると血圧上がるよ、具合良くないんだから安静に、安静に。」
 朗らかに宥める雅。何故だろうか、すごく微笑ましく見える。
「誰のせいだと思ってるんだい。まぁやることはキチンとやってるからそこは偉いもんだ。あたしゃもうすぐヨガ教室あるから、今日も店番頼むよ。」
 はいよ、と言って缶を咥えて空を仰ぎ、酒を飲み干す雅。お気楽なもんだな、と腹の中で呟きながら道具を出す。
「今日も頼むわ。」

 雅の家は小さな商店を開いている。昔ながらの商店で、うちの親父もガキの頃によくお菓子を買いに来ていたらしい。さらにうちのばあちゃんに聞いたら雅のばーさんを知っていて、調味料などを買いながら談笑したものよ、なんて言っていた。何世代にも渡って世話になっている。
「今日は、何を知りたいんだい?」
「んー、理科かな。化学がからっきしでな。」
「はいよ、んじゃ教科書開いてちょ。」
 雅は、ほぼ一年半不登校である。かく言う俺もそうなのだが、どこでどうやったらこんなに勉強ができるようになるのだろうか。
「ほんと、お前の教え方分かりやすいわ。学校で教わるよりよっぽどいい。授業なんてダラダラしてて眠くなるからよ。」
「お褒めの言葉、光栄です。へへ。」
 商店の一角に、ビール瓶を入れる籠を二つ逆さにして勉強する。世の中どんどん不登校が増えているとは聞くが、ここまで勤勉な不登校なんているのだろうか。
「んじゃ、ワークやってみ。答え合わせしたら一旦休憩しよう。」

 三十分ほどかかったが、問題を解き終えた。記述式の問題で赤ハネがついたが、あとは雅から習った通りの問題だったので赤マルが並んだ。
「うげ、これでもダメなのかよ。厳しいなぁ。」
 教科書を再度開き、ページの一角を指して説明してくれた。
「この問題の要点はここ。これが簡単に書けてればおっけー。でも、光佑の回答だと全部は書ききれてないでしょ。部分点貰えるかもしれないけど、正解か不正解かで言ったら完璧に正解とは言えないから、バッテン。」
 ちぇ、と言いながら青ペンで正答を書き写す。舌打ちこそしたが、照れ臭いけれどとても頼りにしている。こいつも、それを分かってくれているだろう。

 店内の窓を全開にして網戸を閉め、一服する。雅が店のジュースを二本持ってきてくれた。
「いつも貰ってっけど、ほんとに大丈夫なのかよ…。」
「バイト代、ってことで店番した日は一日千円分貰っていいことになってるからいーのいーの。煙草で五百円、酒で百五十円、ジュース二本で二百円。あとは晩酌の酒一本で百五十円。ぴったり千円。」
「そうか、んじゃうちでメシ食おうよ。適当にあるもんでしか作れないけどそれでもよければ。」
「まじ!?やりぃ!お前のメシ美味いからなぁ。」
 さながらおやつを貰ったチワワのようだ。瞳の中に星が見える。
「あ、でもお前店番か。ちょっと帰るわ、弁当箱にでも入れて持ってきてやるよ。」

 午後一時を少し過ぎた頃、炒飯を作り、四つの握り飯にして雅の商店へと戻った。
「わり、冷蔵庫ん中全然食材なくってこんなもんになっちまった。」
「いやめっちゃ美味そうやん!何とかイーツ、ごくろーさん。」
「誰が配達員だ。俺は一個でいいから、あとは食えよ。」
「んじゃ、ご遠慮なく。」
 あっという間に三個を平らげてしまった。食後の一服まですごく美味しそうに煙を吸っては吐いている。
「光佑のメシは絶品だね。ごちそーさま。」
「作り甲斐があるってもんよ。勉強代と煙草代だ。」
 その時、店の電話がジリリリンと鳴った。咥え煙草のまま、雅が電話に出た。
「はい竹田商店…おっ、晴野っち!元気?」
 雅はこれまた嬉しそうに、電話をスピーカーに切り替えた。晴野先生の呆れた声が店内に木霊する。
-こっちの台詞だよ、さてはまた煙草吸ってるな?全く、喫煙しながら担任とやり取りする中学生がいるか…。携帯からかけて正解だった。今日、家庭訪問に行こうと思うんだが、何時頃なら家にいるんだ?
「今日は店番だから七時くらいかな。光佑んち来てよ。いーでしょ、光佑?」
「ば、おいっ、俺のことまで言うなよ!」
-なんだ、光佑も一緒か。二人揃って全くもう。とりあえずこっちはもうすぐ次の授業があるから、夜七時に光佑の家に行くからな。悪さすんなよ!

 全く呆れる奴だ。その華奢な身体からは想像もできない食欲と好奇心。だからこそ、一緒に過ごしていて退屈しないのだが。
「んじゃ、店番がてら国語も教えてくれよ。漢字は苦労しねぇんだけどさ、文法とやらが意味分からなくてな。」
 ほいさぁ、と再び勉強を見てもらった。雅は器用なもので、接客と個人授業を同時に進めている。
「おじーさん、いつもありがとうございます!」
「今日もやんちゃ坊主が店番かい。お婆さんの具合は心配じゃが、雅くんがいてくれれば安心じゃな。ほれ、うちで育ったみかんじゃ。おやつにでもしなされ。またのう。」
「やったぁ!今度お礼しますね!」

 そんなやり取りを二、三重ねて夕方になった。店を閉め、雅は部屋からスケボーを持ってきて商店前の広場で滑り始めた。
「運動はからっきしなくせに、スケボーはめっちゃ上手いんだよなお前。すげぇや。」
「まーね。元々これうちの前に捨ててあったやつでさ、ガキの頃からちょいちょい遊んでたんだ。」
 はしゃぐように遊ぶ雅を見ながら煙草を吹く。強かな心を持っているからこそ、こいつはこの道を選んだんだろう。だから、俺もこうして付き合っている。
「そろそろ六時半だぞ。ぼちぼち俺ん家行かねぇと、晴野先生待たせちまうから。」
「そっか、晴野っち来るんだよね。忘れてた。行こ行こ!」

 俺の手を引いて、俺の家へと走る。今のままでは良くないことはよく分かってる。だけど、先に進むならこいつと一緒がいい。六時五十分、少し息が荒くなったが約束の時間には間に合った。

Next…


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