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青い春夜風 01

【Prologue】

「なぁ、明日から中三だぜ。」

「そーだね。二年の時は何日休んだっけ?」

「出席日数数えた方が早えーよ。多分片手で数えられんだろ。」

「ふーっ、そっか。お互い楽しい一年だったね。」

「あぁ、お前のお陰でな。良くも、悪くも。」

「ははっ、嫌味かい、コースケ君?」

「お前こそ、わざわざ君付けで呼ぶとは嫌味くせぇな。ミヤビ君よぉ。」

「まぁまぁ、お互い様ってことで。」

「一本、くれよ。」

「ほいよ、あと火ね。ついでにビールもどう?」

「あざ。はぁ、お前見かけによらずやることは悪いよな。」

「迷惑は掛けないからいいじゃない。俺も、おかわり。」

「お前のリュック、触法行為の塊みてぇだな…。」

「まぁね、誰も俺のことなんて見ちゃあいないから。あ、お前は抜きね。多分、一生足向けて寝られないから。」

「そんなに気にすんなよ、俺も後悔してねぇし。」

「光佑はさ、将来何したい?」

「将来、ねぇ…。気に食わねぇ奴ぶっ飛ばせる仕事してぇなぁ。」

「そんな仕事あんの?ヤクザと闇金以外思いつかないけど。」

「うっせぇ。雅は何か考えてんのか?」

「そーだね、誰かの助けになれればなぁ、なーんて。へへっ。」

「なんとも、お前らしい答えだな。んじゃあと一年、きっちり青春を謳歌しとかねぇとな。ビール、もう一本くれよ。」

「そーだね。こんだけ学校行ってないと青春って何だろうって思うけど。ビールちょい待ち…うわぁっ!」

「おい雅、大丈夫か!?」

「いってぇけど、大丈夫。バランス崩しちった。へへへ。」

「こらぁ、誰だ!?こんな時間に!こっち来い!!」

「やっべ、まだセンセーいたのかよ!?ばっくれんぞ!」

「待って光佑、俺のリュック!」

「ほらよ!チャリ乗れ!急げ!」

「あーっ、二人乗り!待て、一人は光佑だな!?」

「おい、お前のせいで俺バレたじゃねぇかよ!」

「はははっ、ごめんごめん。出頭する時は付き合うよ。」

「当たり前だっ!」

「これもまた、青春なのかなぁ。」

【一】

「つまり、三月三十一日に学校の鉄棒にいたのはお前ら二人か。全く、ろくに学校来ないくせに何やってんだよもう。」
「えへへ、すんませんハレノっち。」
 悪びれる様子を見せない雅に、溜息が零れた。隣の光佑はぶすっと黙ったままだし。まぁそもそもこの二人が揃って学校にいるだけで奇跡だが。
「大体、お前らまだ中二…じゃなかったもう中三か。こんな大事な時期に、酒飲んで煙草吸って何してんだよ、もう。」
「晴野先生、もういいですよ。君達、本当に反省してるの?ふざけたことばっかしてんじゃないよ!一年の時からずっと学年主任として見てきてるけど、学校の先生たちに散々迷惑掛け続けて、まだかけようっていうの!?」
 主任の言葉を遮るように、隣の机が大きな音を立てて吹き飛んだ。
「おい、光佑!よさんか!」
「んだよ、こないだの夜の件について呼ばれたから来たんだよ。わざわざ治りかけた傷口抉るような真似すんなよ。」
 明らかに敵意剝き出しの目で主任を睨む。全く、これだから…と言いかけたが、雅が口を挟んだ。
「落ち着けって光佑。元々俺が誘ったんだし、酒も煙草も持ってたのは俺っすよ。反省してます、迷惑ばっかかけちゃってすんませんでした。」

 主任は「親にもきっちり連絡するからね!」と怒鳴って教室を後にした。どうせ繋がらないのは、俺も、多分この二人も分かっている。
「全く…。今日発表があった通り、今年も俺が担任だ。色んな意味で、よろしく頼むぞ本当に。」
「すんません、晴野先生。さっきキレちゃって。」
 主任が去ってから、光佑は幾分か反省の色を示し出した。光佑は本気で話をする時や聞く時は相手の目を見る。やっと目が合った。
「反省しているならいい。とりあえず、蹴飛ばした机と中身を元通りにしておけ。」
 うっす、と言って散らかった道具類を片付けようと立ち上がった光佑とは対極に、座ってにこにこと笑っている雅。
「やったね、今年も晴野っち。今年晴野っちじゃなかったら多分もう学校来なかったと思うよ、えへっ。」
 眩しい程の、雅の笑顔。教師を志した時、教え子に笑顔であって欲しいと願ったものだが、こんな形で無垢な笑顔を見せられても心は複雑だ。
「あどけない顔して、お前が黒幕なの忘れるなよ。乗っかる方も乗っかる方だが、大本は乗せる奴がいたからこうやって指導されてるんだぞ。」
「はーい、ほんとごめんちゃい。あの時俺が鉄棒から落ちなければ、空き缶も吸殻もちゃんと持って帰ったんですけどね。」
「あのな、叱られてるのはそこじゃないんだよ…。」
「分かってます、もう迷惑掛けませんから。」
 原状復帰を終えた光佑が「すみませんでした」と一礼し、雅の手を引いて帰っていった。

 職員室に戻り、二人の親御さんに連絡を取るが、相変わらず留守電にもなりゃしない。主任は未だにご立腹だ。
「晴野先生、あなたが二年間見てきた子達でしょう?あなたが甘いから彼らは問題ばかり起こすんじゃないの?」
「すみません…。しかし、彼らが一年の時のあれはやっぱり、」
「あの件ならもうとっくに解決したでしょう!?当時のクラスメートも、本人達も納得してるんですから!雅と光佑の二人を本気で想うなら、まずは学校に来れる手立てを考えて、その上で問題を起こさないような学級経営を考えてちょうだい。他の生徒も受験でぴりぴりし始めますからね!」
 俺の言葉を遮り、矢継ぎ早に小言を並べ立ててぶつけ、主任は一足先に退勤した。

 雅と光佑が、学校に楽しく来られる手立て…。その為には、一年半前のあの出来事の真相を突き止めるしかないと直感している。しかし、一度片付いた箱を再び散らかすような真似をすれば、雅が、他の生徒が、そして誰よりも光佑が納得しないだろう。

 始業式の夜、小さな学校で一人悶々と考えを巡らせたが、閃きを得ることはできなかった。はぁ、と漏れた溜息はタイムカードを刻む音に裂かれた。

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