見出し画像

青い春夜風 06

Before…

【六】

 担任と主任が家から出て間もなく、奥の部屋の押し入れから小動物が飛び出してきた。
「へへっ、上手くいったね!ざまーみろばーか!」
「ここまで作戦通りに行くと気持ち悪ぃな、良い意味で。」
 冷蔵庫からキンキンに冷えた缶ビールを二本出して、勢いよく乾杯して飲んだ。ここまで頭がキレる幼馴染が恐ろしく頼もしい。

 時間は、約一日前に遡る。

 北小の馬鹿共を叩きのめし、家に帰った。
「光佑、お帰り!だいじょぶ!?」
「こーちゃん、みーちゃんありがと!うわ、こーちゃん頭から血出てるよ!やばいよ!うちに何かあるから、取ってくる!」
 言われてから気が付いたが、多分森田に木で殴られた時のものだろう。そこまで痛みが無かったこともある。くそ、あのバカ野郎。

 すぐに蓮が母親を連れて家に来た。事情は蓮と雅が話してくれた。
「とりあえず、傷は深くないから止血して包帯巻いておけば大丈夫かな。ごめんね光佑くん、うちの子が不注意だったのに…。」
「いえ、大丈夫です。それに、未だに時々メシとかくれるじゃないですか。感謝してますよ。それに、真っ先に止めに行ったのは雅です。」
「そっか…。雅くんもありがとうね。相手、北小の中でもやんちゃだった連中でしょ?」
 えへ、と笑う雅。相変わらず顔は真っ赤だが。
「蓮ちゃんは光佑の数少ない友達ですし、昔はよく遊んだじゃないですか。それに、あの北小のカス軍団。ムカつきません?」
 蓮の母は俺を気遣ってくれているが、怒りを隠せていない。直感だが。
「そりゃ、腹立つわよ!タメ相手ならまだしも、二個下にたかるなんてだっさい真似されて。明日学校に乗り込んでやろうかしら。」
 その時、雅の笑みが変わった。これは、彼が悪戯する時に見せる微笑みに似ている。
「雅、何か面白いこと思いついたろ?」
「当ったり!蓮ちゃんはスマホ持ってたよね?」
 突然の振りにきょとん、としながらも、「うん」との返事。
「俺も光佑も携帯持ってないからさ、うちの学年の奴らが見てるSNS、やってる?」
「うん、インスタとか。中学上がってすぐ始めて、友達経由で先輩とも繋がってるよ。その、色々怖いから。」

 俺もこの暗黙の仕来りは知っている。俺達の出身である菊宮小は各学年が一クラスしかない小規模の学校である。一クラスあたり十五人前後で、学年の隔たりも少なく皆が仲良し、といった感じだ。
 それに対して中学に上がると同じ学区となる北小は毎年スクール・カーストのような構図が出来上がっていて、その関係性のまま中学へと進級してくる。教師から見れば、表面上は従順で大人しいだろう。しかし、まずSNSの強制入会から始まり、自分達を中学カーストの上位に持ち上げる為に暗躍するのだ。最初は「仲良くなりたいから」という名目でグループを作り、そこで陰口悪口を言いたい放題。標的にされれば陰湿な嫌がらせを受けるので、菊宮小出身のメンバーは大人しく従うしかない。そこに乗っかって大人しくしていれば、平穏な学校生活が約束されるのだから。
 俺も雅も親の都合でスマホどころか携帯を持つ機会すら無く、それが現状の一因になっているとも言える。

 雅はその暗黙を利用しようと考えたようだ。
「俺らが酒飲んで煙草吸って、同級生ボコにしたってアップしてよ。」
 蓮親子は揃って目を見開いた。
「なんで!?そしたら二人が悪者になっちゃうじゃん!僕にとって二人は正義のヒーローなのに!」
 俺まで笑ってしまった。蓮のこういうところが可愛らしくて、小学校の時から雅を含めた三人で遊んでいた。雅はさらに悪そうな笑みを見せる。
「それでいいんだよ。先公に忠実なあのボケナス軍団なら絶対にチクる。蓮が俺らを悪者に仕立て上げてくれれば、余計に自信持って自分らが被害者だって顔するだろ。何なら林か木ノ原の親は過保護だから息子の言葉だけ鵜呑みにして乗り込んでくるかもね。そこでカウンターする。」
 こんなことだろうと思った。
「面白ぇ、乗った。元々俺は態度悪いから更にイライラさせてやるよ。こんだけ台本が完璧ならやり甲斐があるってもんよ。それなら蓮は帰ってきたらうちで宿題やっとき。蓮が帰ってきた時がスタートの合図でどうですか?わざと窓開けて聞こえるようにしときますから。」
 蓮マザーは仰天したが、すぐにニカッとして親指を立てた。
「マザコンのクソガキめ、成敗したる。」
 連の母ちゃんが時々見せる若さの名残が、実は面白くて好きだ。
「雅には終わったら連絡すっから、うちで落ち合って報告といこう。」
「えー、こんなウケる瞬間見逃すなんてやだよ!押し入れに隠れて見る、というか見たい!」
「わーった、好きにしていいよ。」
 それに、と前置きして雅と目を合わせた。

「「俺達、どー見ても悪者じゃん?」」

 二人酒を交わしながらあの瞬間は笑ったとか、あのアホ面笑えるなんて話で盛り上がっていたら、蓮親子が来た。平皿に数え切れない程の餃子を持って。
「お疲れさん、雅っち大したもんだね。お陰でスカッとしたよ。たーくさん作ったから、今日はパーッとやろ!…って、もう飲んでるし。」
 呼び方が小学生の時に戻った。これまた懐かしい。
「おかーさん、ありがとーございます!作戦大成功っすね!お母さんのキレた瞬間マジかっこよかったっすよー!」
「でしょ?ただあんた達、一応中学生ってこと忘れないでよ。アタシも昔悪さしてたクチだから説得力無いけどさ、酒と煙草は程々にね。」
「ういす、すんません。」
 笑いながら軽く謝ってみる。蓮マザーにもビールを差し出し、反撃大成功の宴を開いた。
 蓮には、一本だけあったノンアルコールビールを渡してみた。
「うわ、苦っ!まずっ!なんでこれが美味しいと思うの!?」
「蓮は酒も煙草も二十歳からね。アタシが見てる間は絶対ダメよ。」
「僕は煙草は吸わないよ。お酒も、二十歳超えても飲むかわかんない。お母ちゃんも時々派手に酔っ払ってソファで寝てる時あるし、センパイ二人は悪酔いと悪ノリの達人だし。」
 ますます可愛い後輩だ。小皿に胡椒を大量に振り、その上から酢をかけて餃子を味わう。
「光佑、酢胡椒派!?通ぶってるねー、俺はやっぱ醤油と酢に辣油だよぉ、王道こそ至高だって。」
 首に腕を回してくる幼馴染を見ると、昨日と同じくらい顔が赤い。流星を見た時は外だったからか、更に赤みを増しているように見える。
「いーじゃんか、どっちも美味いってことで。」
「まぁねー。言うて俺、酢胡椒も嫌いじゃないし。ばーちゃんはあんま好きじゃないみたいだけど。」

 まるで保護者のように中学生三人を眺めていた蓮マザーだが、追加の餃子とビールを家から持ってきてくれて飲むペースが上がり、気づけばべろ酔いの雅と蓮マザー、それを呆れながら見ては餃子を食べる蓮、蓮に「あんな風にはなるなよ…。」と諭す俺の絵が完成していた。
「雅っちと光佑、ほんっとに仲良いよねぇ。チューとかしてんの?」
「ちょっとお母さん!酔っ払い過ぎだよ!そろそろ帰ろうよ!こーちゃんにも悪いよ。」
 俺は平気、の「へ」辺りで言葉が詰まった。というか、物理的に出せなかった。

 雅が俺にキスをした。
「えへへへ、したよ、蓮ママぁ。」
「ちょ、おい、お前この野郎!」
 蓮マザーと爆笑しながら、雅はそのまま俺の布団に倒れ込んだ。蓮も流石にドン引きで、母親を無理矢理引きずって「こーちゃん、ありがとうね!おやすみ!」と言って宴は幕を閉じた。

 空き缶を片付け、歯を磨く前に一服ついた。布団を見ると、幼馴染の親友がすぅすぅと寝息を立てて寝ている。口元を軽く撫でる。煙草を吸い終え、寝ている雅に近付き、そっとくちづけをした。雅は気づいた様子も無くすやすやと眠っている。途端に恥ずかしくなって、歯を磨いて電気を消し、雅に占領されている布団の端で横になった。

 何故か、眠れぬまま朝を迎えた。

Next..


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?