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青い春夜風 08

Before…

【八】

 光佑の家に家庭訪問へ行った翌日の昼休み、林・森田・木ノ原の三人を英語科室へ呼び出し、主任と各担任で再度事情聴取を行った。三人とも自分たちの行為を認め、「下級生の前でいい恰好したかった」「本当に悪いことをしたと思っている」といった旨の供述。各保護者に連絡・三人で蓮に謝罪するということでカタがついた。

 放課後、蓮を一階の別室に呼び、三人が謝罪し、蓮も納得という形で完全に事件は解決したが、俺の中にはどうにももやもやが残る。
「木ノ原、ちょっといいか?」
「はい、今日は部活も無いので。」
 二人で三年三組の教室に戻り、率直に聞いた。
「木ノ原、今回の件について解決した直後に悪いんだが、お前はこの結果に納得してるか?」
 うーん、と少し考える様子を見せてから言葉を返してきた。
「概ね、納得してますよ。今思えば一年相手にタカるなんてダサいし、まぁ蹴られはしましたけど、逆の立場だったら俺だって怒りますよ。自分の仲良い後輩が先輩に囲まれてたら、そりゃあ。」
 木ノ原の述べた言葉に、頭の中で小さく正確なフォーカスが当たった。あくまで普段職員会議の締めに教頭が話しているような「教師の勘」というやつだが。
「そこだ。確かにお前は下級生に対して許されない行為をしてしまった。そこをきちんと認めて謝り、反省しているならば何ら問題無い。だが木ノ原、お前は加害者であると同時に被害者でもある。事実確認をしたら、光佑や雅は酒飲んでたらしいじゃないか。それもまた、許される行為ではない。その点について、どう思う?」
 意外な展開だったのだろう。普段は飄々としている木ノ原が珍しく動揺しているように見える。目を泳がせながら次の言葉を必死で考えているみたいだ。
「まぁ、何も思うところがなくてわだかまりが無いならそれでいいんだ。」
 たどたどしい木ノ原の様子が変わった。
「正直言って、それは無いっす。林はカツアゲの筆頭格だし、森田は近くにあった結構硬い木で光佑の頭ブン殴りました。でも俺は、あの時捨て台詞みたいなこと言っただけです。集団での恫喝の片棒担いだと言えばそれまでなんですけど、口に対して暴力で返されたのは納得しきれません!」
 木ノ原が、いつになくアツい。情熱的、と言えばよいだろうか。上手く言葉を選びながら程良い距離感で接してきて、時々軽口を叩いては俺に笑われながら注意され、応じて笑うようなこの男子生徒が、大声とまではいかなくとも声を張って自分の思いをぶつけてきた。
「本音を言ってくれて良かった。悪いことは悪いんだ。時間が掛かるかもしれないが、光佑にはキッチリ詫びさせる。木ノ原も筋を通して自分の過ちを認めたんだからな。」
 頭をがしがしと撫でた。「ちょ、やめてくださいよ。先生いつからムツゴローさんになったんすか」なんて言いながら笑ってくれた木ノ原。
「下校時刻遅くなったことは今日の家庭連絡で親御さんに俺から謝っておくから。光佑のことは、どうする?」
「あいつのことは言わなくていいっす。俺ん中だけのもんなんで。晴野先生なら、きっと約束守ってくれるし。んじゃ先生、さいならぁ。」
「おう、さよなら。帰り気を付けるんだぞ。」

 教室は階段近くから一組、二組、三組という配置になっている。木ノ原が見えなくなるまで手を振って見送った直後、背後から声を掛けられて心臓が跳ね上がった。
「お疲れ様、熱血先生。」
「うぉあ!?主任!びっくりさせないでくださいよー。」
 三組は突き当たりではなく、その隣に英語科室がある。主任はそこにいたようだ。
「木ノ原くんとのやり取り、隣で聞かせてもらってたわ。私は正直、昨日の林くんの保護者が出てきたからこれ以上大きくはしたくなかったんだけどね、」
 マズい。主任の意図を確認せぬまま、またも自分の勝手な判断で動いでしまった。だが、俺が謝る前に主任は言葉を続けた。
「言われてみれば、事実は晴野先生の言う通りなのよね。木ノ原くん自身も光佑くんの振る舞いに対して正直に話してくれた。あなたの素直さが彼を素直にさせたのよ。給湯室で珈琲でも飲みましょう。」
 まさかの、褒められた。
「はい、ありがとうございます!珈琲、私が淹れますね!」

 給湯室に戻り、珈琲を二人分注いだ。
「主任はブラックでしたっけ?」
「たまには、甘くしようかしら。」
「ならこれお勧めですよ!粉末ココア。これ入れたらスタバの味になりますよ!」
 えっ、と主任は一瞬引いたような顔をした。おそるおそるスプーンでココアを入れ、そっと啜る。
「あら、これ美味しいじゃない!私のお気に入り登録!」
「やった、ありがとございます!」
 お茶菓子を食べながらお喋りに花を咲かせていたが、主任が少し声を潜めた。
「晴野先生、北小出身の生徒と菊宮小出身の生徒の関係について、どう思ってる?」
 実を言えば、三年間ずっと気にしていたことだ。学校生活は三年間ずっと平和で穏便である。多少の小競り合いや口喧嘩等はあっても、指導すればすぐに話が通る。雅と光佑の一件を除いては。
「表面上は平和ですね。まぁ同じ小学校出身同士で行動するのは当たり前っちゃ当たり前だと思いますけど。菊宮は人数少ないですし…。ただ、引っ掛かるところはあります。」
 残った珈琲を一気に飲んで、続ける。
「菊宮小出身の生徒の存在感が薄過ぎるような感覚があります。確かに菊宮の生徒は今年十五人、ひとクラス五人前後です。比率で言うと六人中一人、といった具合ですが、にしても北小出身が目立ち過ぎてる、というか…。」
 ついさっきまでの楽しく笑っていた主任の笑みが、何と言うか、少し違うものになった気がする。
「実はね、私が来て三年目の頃だったかしら。今の三年生が入学するのと入れ違いに卒業してった子たち。当時私はまだ主任じゃなくて担任で、その子たちも一年生の頃から三年間見てきたわ。その中の菊宮小出身の何人かが帰り際に言ったことがどうにも引っ掛かっててね。」

「やっとこの狭くてクソみたいな伝統からおさらばだ、って言った子がいたの。周りの菊宮小組も、それに同調してたわ。今年主任になってから注意して見てたけど、表立った事件は雅くんと光佑くんのあれだけ。でも彼ら、菊宮の出でしょ?何か関係あるんじゃないかってずっと思ってるんだけど、決定打が無いのよね。気にし過ぎかな?」

 カフェモカを飲み干し、「下校指導行きましょ」と言って主任は去っていった。「クソみたいな伝統」…。一年の体育祭当日、確かあそこにいたのは当事者の雅に光佑、あとは林、森田、木ノ原と、あとは、うろ覚えだが、菊宮の生徒はいたか…?

Next…


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