青い春夜風 04
Before…
【四】
申し訳なさそうに我が家を去る担任を見送り、次の面倒を見る番になった。
「雅、おい雅。雅ッ!」
「迷惑……めいわ…あっ!?どしたん光佑、ごめん聞いてなかった。」
はぁ、と息が漏れた。煙草を一本取り出して咥え、もう一本を伸ばす。
「呼んだだけだよ。とりあえず、一服して落ち着けよ。」
火種を灯し、冷蔵庫から缶ジュースを二本取り出して一本渡し、蓋を同時に開いて軽く乾杯した。
「ふぅっ、悪いな光佑。また、やっちった。」
「それより、さっき俺がぶん殴った時、何で礼言った?」
雅の煙草が指から離れ、彼の左脚の付け根付近に落ちた。火種は布を溶かし、肌に触れたようだ。
「あっち!またやった、今日はだめだぁ。」
どさっと椅子に腰掛けた雅のズボンに開いた穴からは、健康的な肌色でもなければ、運動音痴の色白な肌も見られない。そこには、黝く細い線が何本も引かれた痕が残っている。
「お前、あれからまたやったか?」
「最後に光佑から思いっ切り殴られて血ぃ吹いてからは、もうしてないよ。今日は危なかったけどね。殴ってくれてよかったよ。また迷惑掛けるとこだった。いや、もう掛けたか。光佑にも、晴野っちにも…。」
ふっと煙を吐いて半分以上残った煙草を押し潰し、雅に渡したジュースを無理矢理彼の口にぶち込んだ。目を真ん丸にして驚きながら、ゆっくりと中身を飲む雅。
「迷惑、迷惑ってよ。それ言い出したらキリ無ぇじゃねぇかよ。お前ん家には散々世話になってる。更に細かいこと言うなら、俺がよくばーさんに呼んでもらってメシ食った代金は払ってねぇし、お前から貰ってる色んなモノにも一銭も払ってねぇ。大迷惑だろ。」
口に押し当てた缶を握り、押し返しながら幼馴染は強く反論した。
「んなこと思ってねぇよ!お前とは、昔っから損得どうこうじゃねぇだろ!俺が納得してんだから、迷惑とかそんな話じゃねぇよ!」
ふっと、笑みがこぼれてしまった。
「今言ったこと、そのままお前に返してやるよ。」
次の煙草を咥え、ん、と首を振って合図した。雅はそれに応じて、短くなった煙草の火種をこちらに差し出す。その火種に加えた煙草の先端を当てて息を吸い込み、新たな火種を灯した。
「だからよ、少なくとも俺には迷惑とか考えんな。本気で迷惑だって思った時は直球で伝えるよ。それで解ってくれんだろ?」
フィルターをぐりぐりと指で器用に回しながら、火種だけをフィルターから落として、親友は首を縦に振った。捨てられて震える野良犬のようになってしまっていたが、大分元気が戻ってきたようだ。
「とりあえず、カップ麺しか無ぇけど食ってけよ。っても、前にお前から貰ったもんだけど。」
夕飯を食べ終えた頃には二十時半を回っていた。
「やっぱさ、シーフードには胡麻油だよ!旨味えぐいもん!」
「何十回も聞いたよ。お陰で俺のお気に入りだ。」
「やったー!布教成功!」
「成功したの一年ぐらい前だけどな。」
食後の一服を嗜みながら、普段の調子で話を進める。ようやく完全復活、といったところか。
「なぁ、お散歩いこーよ!うち寄って飲みもん持ってさ!」
再び手を引かれて、今度は雅の商店に戻ってきた。
「ばーちゃーん、ただいまー!光佑からカップ麺貰った!」
シャッターを勢いよく上げて、真っ暗な店内に大声を出すと、奥からばーさんが顔を出して店内の電気を点けてくれた。
「夜なのにうっさいよ!光ちゃん、ごめんね。」
「いえ、元はここで貰ったもんですから。あと、担任の先生うち来て話しましたよ。」
「ほほ、そうかい。晴野くんは元気かい?」
「えぇ、ちょっと落ち込んでるような気もしましたけど。」
「若いのはそれぐらいでいい。うちの孫みたいにぎゃんぎゃんうるさくても困るわい。」
「またまた、お互い元気になってきて嬉しいくせに!」
少しだけ、ばーさんの眉が優しくなった。
「そうね、あの時は大丈夫かしらって思ったもんだけど。」
「んじゃ、散歩してくる!」
雅が店内の冷蔵庫から取り出したのは、缶ジュースではなく「ほろ酔い」と「氷結」だった。しかも一本は、度数九パーセント。またもや手を引かれ、店内を無理矢理去る羽目になった。ばーさんに礼を言うどころか、怒らせてしまった。
「こんの馬鹿たれ!店のもん勝手に持っていくんじゃないよ!」
走りに走って、近所の公園まで辿り着いた。
「お前、帰ってから何言われても知らねーぞ…。」
「いーよ、今日泊めてもらうから。」
「おま、マジかよ!?」
「だって面倒見てくれるんでしょ?」
…諦めた。
「有言実行、だな。のんびりしてから帰ろうぜ。」
公園にある高くて横に広い不思議な滑り台に足を伸ばして座り、二度目の乾杯をして、未成年飲酒及び喫煙を存分に味わった。
「家ン中でもいーけどさぁ、やっぱ外のがスリルあるよなぁ。」
「こないだの学校がダントツでトップだよ。あれ超えるもんは中々無ぇ。」
九パーセントの酒を啜る。ジュースというより、アルコールが圧倒的に強い風味。
「光佑、そっちひと口ちょーだい。」
「別にいいけど、ひと口にしとけよ。お前弱いんだから。」
俺の話を最後まで聞かず、喉を三回鳴らして返された。自由人め。
「後でどうなっても知らねぇぞ。」
そのまま背中を倒し、二人で仰向けになった。空には、星がいくつも輝いている。
「「あっ、流れ星。」」
ハモった。寝転がったまま、互いに互いの顔を見合わせた。
「お願い事、した?」
「ハモってそれどころじゃなかったわ。てかお前、顔赤っ!」
街灯に照らされた雅の顔はすっかりへべれけな顔だ。その酔っ払いは俺の手を握ってきた。
「俺のお願いはぁ、光佑にめーわくかけねーこと。頑張っからさ。」
「うるせぇ、酔っ払い。」
その時、頭の後ろの方から何やら騒ぎが聞こえた。起き上がって見てみると、三人がかりで一人を囲んでいる連中がいた。
「あいつら!」
雅は俊敏に、滑り台の淵から飛び降りた。酔っ払っているはずなのに、運動音痴のはずなのに、その足はとても速かった。
雅に追い付くと、同じ中学のタメ年の連中が一年坊主にたかっていた。その一年坊は、俺らの小学校からの後輩だった。
「蓮ちゃん!」
雅が間に入る。俺も続く。
「みーちゃん、こーちゃん!俺、金無いのに…。」
「お前、誰かと思えば泥河童に連れの金魚じゃねぇか。久し振り、じゃんか。」
「そー言うお前さん達、北小の珍カストリオじゃんか。よくないよー、可愛い後輩をいじめて。同じ学校の愛しの新入生だろ?」
雅が挑発している相手は、違う小学校から中学で一緒になった隣町のクソ連中だ。あの体育祭の日に、決定的に決裂した連中の筆頭格。
「せぇな、こいつスマホ見ながら歩いて来て俺にぶつかってよぉ、持ってた百円玉落としちまった上に靴踏んで汚されたから文句言ってんだよ。」
相変わらず、ケツの穴が小せぇ奴だ。煙草を一本出して咥え、火を素早く点けてバカの目を見た。
「たかが百円と靴の泥ぐれぇで、下級生に文句垂れてんじゃねぇよ!」
バカその一、汚れ靴のカス。その靴を思いっ切り踏んで、更に汚してやった。そしてそいつの鼻っ柱をぶん殴って、雅に家の鍵を投げた。
「おい、蓮連れて俺ん家帰っとけ!」
「光佑、でも!お前も酔っ払ってんのに!」
「毎ッ回余計な事しか言わねぇな!群れないとどうしようもねぇカスの相手は任せろ!」
目を逸らしていたら、後頭部を木の棒で殴られた。視界が一瞬ぐわんと揺れた。沸点到達。
「痛ってぇなバカ!」
手近にあった握り拳くらいの石を握ってバカその二・木の棒カスの額に頭突きをかまし、握った石を腹にぶん投げた。撃退。
「この野郎、てめぇタダじゃおかねぇぞ!」
「んじゃどーするってんだよ!?あ゛?」
「明日には担任家庭訪問だよ、クソが!武器使いやがって!」
バカその三・口だけカス。
「晴野先生なら、今日来たよ!」
脇腹に綺麗に回し蹴りを決め、全員退治。落とした煙草を拾い、フィルターにふっと息を吹いて砂埃を飛ばし、歩き煙草で家路をゆっくりと急いだ。
Next..
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