それでも、転がる石として生きていく:映画「マイ・ブロークン・マリコ」を観ました

秋晴れの土曜の朝、映画「マイ・ブロークン・マリコ」を観ました。
原作も大好きなのですが、映画の出来栄えもすばらしく、静かな劇場で嗚咽を漏らしかけるくらい泣いてしまいました。

あまりにも良かったので、溢れ出るおすすめの気持ちと感想をしたためるために筆を執りました。なるべくネタバレに配慮しますが、作品をご覧になったほうが楽しく記事を読んでいただけるかと……!

もし気になっている方がいれば、ぜひ上映期間のうちに劇場でご覧いただきたいです。
追記:Amazon Prime Videoの配信が始まりました!みんな見てくれ!!

キャスト陣の演技(悪態ついてタバコをふかしてブチギレる永野芽郁さん! 触れたら壊れてしまいそうな奈緒さん!)も演出(寂しくて美しい画づくり!)も素敵です。原作コミックも1巻完結と思えない読後感がたまりません。

「鉄は熱いうちに打て」ということで、つれづれなるままの乱文をご容赦ください。

あらすじ:厄介で放っておけない「私のただひとり」

まずは映画公式サイトより、本作のあらすじを紹介します。

ある日、ブラック企業勤めのシイノトモヨ(永野芽郁)を襲った衝撃的な事件。それは、親友のイカガワマリコ(奈緒)がマンションから転落死したという報せだった――。彼女の死を受け入れられないまま茫然自失するシイノだったが、大切なダチの遺骨が毒親の手に渡ったと知り、居ても立っても居られず行動を開始。包丁を片手に単身“敵地”へと乗り込み、マリコの遺骨を奪取する。幼い頃から父親や恋人に暴力を振るわれ、人生を奪われ続けた親友に自分ができることはないのか…。シイノがたどり着いた答えは、学生時代にマリコが行きたがっていた海へと彼女の遺骨を連れていくことだった。道中で出会った男・マキオ(窪田正孝)も巻き込み、最初で最後の“二人旅”がいま、始まる。

映画公式サイトより

もうあらすじから振り落とされそうな勢いですが、主人公のシイちゃんは物語の序盤から最終版までマリコの骨壷を抱え、道中でマリコとの日々を回想しながら物語が進みます(このnoteでは作中の呼び名に従い、主人公シイノは「シイちゃん」、落命した親友は「マリコ」と表記します)。

ブラック企業の仕事をすっぽかし、抜き身の包丁を仕事カバンに突っ込んで、親友の遺骨を強奪(このシーンの映像化も素晴らしかった!)。そのまま、あてのない旅へと出るシイちゃん。どうしてそんなガッツがあるかというと、彼女にとってマリコは、厄介だけど特別な「私のただひとり」と言える存在だからです。

映画公式サイトより。マリコの遺骨を奪還するシイちゃん

あなたにもいませんか。面倒だけど、放っておけなくて、離れがたくて、自分の心のよりどころになっているような存在が。それは友人であったり、恋人であったり、家族だったり、それ以外の他者、あるいはペットかもしれません。私はこのone and only(唯一無二)な関係にめっぽう弱く、初めて原作を読んだときもオイオイと泣いてしまいました。

本作はシスターフッドに寄せた感想や考察も多いのですが、個人的には「私のただひとり」という存在、その喪失、そしてそこからの再起を描く物語に強く心を動かされました。

好きな点:想い出はいつも綺麗じゃないから おなかがすくわ

上記のように決してハッピーではないあらすじの本作ですが、原作・映画版ともに、不思議な軽妙さを感じられるのが「マイ・ブロークン・マリコ」の好きな点です。

その魅力を担っているのは、主人公のシイちゃんが放つ圧倒的な生命力と、亡きマリコの「お前、な、なんて厄介な奴なんだ……!」とツッコみと共感をかきたてる生々しい回想シーンです。

シイちゃんは予告の「ダチ」「あんた」というセリフ回しからも分かるように、言ってしまえば柄のよくない人です。大股を広げて慣れた手付きでタバコをふかし、走る、食べる、叫ぶ、泣く、そして寝る。でもちゃんとお礼は言うし、お茶目な一面もある。生前のマリコに降りかかる火の粉を「てめえ、ふざけんな!」と阿修羅のごとく払ってきた、なんともバイタリティと魅力に溢れたキャラクターなのです。

映画公式サイトより。シイちゃんはよく食べよく眠る

一方のマリコは、幼い頃から身近な男性からの暴力にさらされ続けて「ぶっ壊れ」てしまっています。よくある物語なら、マリコのような存在は徹底して可哀想な被害者として描かれるでしょう。しかし、シイちゃんは想い出のマリコが美化されることに必死で抗います。思い出されるのは、あたしにべったりな重たいマリコ。それなのに男への依存が止められないマリコ。卑屈な笑顔でこっちを見るマリコ。LINEに即既読がつくマリコ。

マリコよ、お前、ほんとに、めんどくさいやつだな……!!

観客の周りにもきっといるであろう”厄介だけど放置するのは夢見が悪すぎる”キャラクターをど真ん中で突いてくるマリコの人物像も、物語のバランスを絶妙に維持していると感じます。

映画公式サイトより。生前のマリコはずうっと物憂げな表情

「腹が減った」と食って寝て起きたら何とかなっていそうなシイちゃん。綺麗な想い出になんかしたくない厄介な女・マリコ。そんな二人だからこそ、シリアスなお涙頂戴で終わらない読後感が残るのでしょう。
(彼女らを取り巻くキャラクターたちもまた、一枚岩でない奥行きを感じさせます。助演俳優たちの演技にもぜひご注目)

考察:「転がる石」シイちゃんと「落ちる石」マリコ

シイちゃんとマリコという対称的なふたり。映画の演出にも、彼女たちの対比を感じる場面がいくつもありました。

さびれた町中華でラーメンを啜り、牛丼をかっ込み、ジョッキで酒を呷んで眠る豪快なシイちゃん。対して、生前のマリコは作中で生命活動を行っているシーンが登場しません。

さまざまな髪型や彩りの服装で登場するシイちゃん。いつも同じ髪型でベージュ系の服装が定番のマリコ。

マリコの前で笑ったりブチギレたりするシイちゃん。いつもセリフを読むように喋るマリコ。

LINEでは、短文だけどさまざまなリアクションをするシイちゃん。いつも同じスタンプを使うマリコ。

理不尽に対してブチギレながら反撃するシイちゃん。曖昧な笑顔を貼り付けて、いつも同じように搾取されてしまうマリコ。

動のシイちゃんと、静のマリコ。
走り続けるシイちゃんと、同じ場所から動けずにいるマリコ。

映画公式サイトより。大人になったら静と動。でも崖から落ちたのは……。

ですが、彼女たちの在りようは真逆です。

シイちゃんはひとところに留まらない「転がる石」のように見えますが、彼女はジタバタしながらも同じ場所へと戻ってきます。
一方、立ちすくんでいるかのように見えたマリコは、実のところ垂直に沈み続け、気づいたら手の届かないところへと消えてしまった「落ちる石」だったのです。

そんな残酷な対比に気がついて、私の心はもうめちゃくちゃになってしまいました……。

感想:それでも私は「転がる石」として生きていく

私は、エンタメ作品にはなるべく感情移入をせずに鑑賞するのが好きです。でも、私にとっての「マイ・ブロークン・マリコ」は、良い意味でそんな鑑賞スタイルを許してくれない物語でした。

あんたにとっての「ただひとり」は誰だった?
そいつは、どんなふうに厄介だった?
気づいたら、取り返しのつかない場所に落ちてしまった誰かがいただろう?

まるで作中のシイちゃんのように、作品世界が私に切っ先を突きつけて「あんたはどうなんだよ?」と迫ってくるのです。

その世界にどっぷりと飲まれるうち、感情をあらわにするシイちゃんの姿に、誰かを失って生き延びてきた自分自身の葛藤を思い出します。大切な人が「落ちた石」になる前に、どうしてその手を掴めなかったのか、自分に何ができたのか、同じ地獄に落ちればよかったのか……。自分が失ってきた人達に思いを馳せて、ただ涙することしかできませんでした。

物語の終盤、シイちゃんが道中で出会ったマキオの言葉が胸に深く突き刺さり、たどり着いた自室にささやかな救済が待ち受けています。

シイちゃんは旅の終着点から雑多なアパートの自室へ、鑑賞者である私達も劇場を出て自宅へ帰っていく。旅を終えて日常に戻ってきた「転がる石」は、泣いたりキレたりしながら、食って寝て起きて、それでも生きていく。

めちゃめちゃに悲しくなったあと、少しだけ前向きな気持ちでスクリーンを後にしていることに気が付きます。私やあなたが「転がる石」として明日も生きていけるよう、励ましてくれる作品です。

児童虐待や死に絡むストーリーなので誰にでも気軽におすすめするのは難しいですが……。「私のただひとり」を求めたことのある人・心を砕いたことのある人・そして失ってしまった経験のある人にとって、「マイ・ブロークン・マリコ」は触れる価値のある物語だと思います。

ぜひ劇場、もしくはコミックスをお手にとってみてください。

2022年10月15日 めいこ

繰り返しで恐縮なのですが、「マイ・ブロークン・マリコ」とっても良かったです。もしこの作品がお好きな方、何かを感じた方がいらっしゃれば、ぜひ感想を交換したいものです……。

物語の舞台として、青森県の岬が登場します。父と死別後の傷心旅行でふらっと青森の海辺を旅した想い出が蘇って、それも心の琴線に触れました。

そして何かを失っても、心身の傷は少しずつ癒えて、腹は減るのです。

エンタメ作品の感想をワーっと書いたのはこれが2回目です。呪術廻戦はアニメ2期が楽しみですね。このnoteでも夏油について考察しています。

ドシリアスな女性同士のone and onlyを描く「羣青」も好きです。こちらもぜひ。

よかったらまた遊びにいらしてくださいね。

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