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『呪術廻戦』は社会人の魂に触れるマンガだ

『呪術廻戦』めちゃくちゃ面白いですね。

素晴らしい完成度のアニメに引き込まれ、続きが気になって単行本を一気読みという、昨年『鬼滅の刃』で通ったのと同じパターンにはまりました。

キャラクターの魅力やバトルシーンの躍動感、息もつかせぬ展開がたまらない『呪術廻戦』ですが、私が心を掴まれた理由はそれだけではありません。主人公たち呪術師の抱える苦悩に、サラリーマンとして共感の嵐でした。

・足手まといになるのが不安な新人
・実力主義の職場で心身をすり減らしている若手
・「私のやってること意味ある?」と闇落ちしそうな中堅

こんな悩めるサラリーマンを奮い立たせてくれる作品じゃないかと思います。ここからは、自分の主観と妄想てんこ盛りで『呪術廻戦』語りを展開していきます。

<ご注意>
※単行本15巻までのネタバレが含まれます。特に8・9・15巻への言及が多いです。読了後にご覧いただくことをお勧めします
※文中の要所で芥見下々先生『呪術廻戦』のコマを引用します。引用にあたってはこのnoteを参考にさせていただきました

呪術師の世界はすごく会社っぽい

『呪術廻戦』の作品世界を簡単にまとめると、人間の負の感情から生み出された呪いを祓うため、さまざまな能力を持つ呪術師が活躍しています。呪術師は育成機関である呪術高専に在籍しながら任務をこなし、卒業後もその多くがそのまま高専に所属して任務にあたります。

そんなわけで、主人公をはじめとする多くの呪術師は組織に所属し、出世あり、派閥あり、メンター・先輩・同期ありと、まるで会社員みたいな生活をしているんですね。

こんな「外れ値」なキャラクターの存在も、むしろ実社会っぽさを感じさせます。

・圧倒的に優秀なプレイヤー(バトルも喋りも強い)
・ポテンシャル採用(バイト感覚で呪術師に誘われ高専入学)
・フリーランス(ただし古巣の高専関係者とはズブズブ)
・出戻り中途(高専を卒業後、企業勤めから呪術師に転身)
・ド競合へ転職(人に仇なす「呪詛師」へ闇堕ち)

特に心に突き刺さるのが、呪術師のトップランナーと、その陰で呪術師の道を外れたキャラクターとのコントラストです。

若手の心を抉る「もうあの人1人で良くないですか?」問題

本作を語る上で避けて通れないのが「圧倒的に優秀なプレイヤー」の筆頭、五条悟です。主人公の師匠ポジションでありながら、自他ともに認める最強の呪術師でもあります。

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『呪術廻戦』第15話より。アニメもかっこよかったですね。

こんなチートキャラが何人もいてたまるかよ! というご指摘はごもっともですが、どの会社にも1人は五条ポジションがいるものです。実力もあれば政治力もある、「この人さえいればなんとかなる」という安定感のある存在が。

大企業においては出世頭のスーパーエースでしょうし、中小・ベンチャー企業においては社長がそうである可能性が高いんじゃないでしょうか。

そして、五条の陰には、その圧倒的な力に心を抉られる人たちがいます。

もうあの人1人で良くないですか?

という、「中途出戻り」こと七海健人(ことナナミン)の若かりし日の発言が象徴的です。

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『呪術廻戦』第77話より。任務から戻り、失意に沈む七海

そりゃあ、そう言いたくもなります。自分と同僚がボロボロになって撤退した任務を、これから五条が引き継ぐ。


きっと五条さんならうまくいくでしょうね、今回も。だって最強だし。

じゃあ、今日までの自分たちはなんのために?

それならもう、全部あの人がやればいいのでは?


誰も悪くないんですよ。ナナミンも悪くないし、もちろん五条も悪くない。当人も痛いほどわかってるはずです。でも、このことがあってかどうか、ナナミンは一度は呪術師の世界を離れてしまいます。

もうあの人1人で良くないですか?

って言いたくなること、社会人あるあるだよなって思います。

どんなに必死に作業してもできなかったことをマネージャーが爆速で巻き取る。半べそで交渉していた営業案件が、上司に担当が代わった瞬間ウソみたいに上手くいく。

圧倒的な実力差を前に、己の存在意義を見失って肩を落とさずにはいられない瞬間ってあるじゃないですか。わかるぞ、ナナミン。

葛藤と孤独のなかでサイレント闇堕ちする中堅

呪術高専の関係者でもうひとり、呪術師をやめたキャラクターがいます。五条の親友にして仇敵の夏油傑です。

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『呪術廻戦』第78話より。離反後の吹っ切れた笑顔が切ない。

夏油は呪術師に敵対する呪詛師に転じますが、彼の裏切りを知った高専関係者は、五条を含め「信じられない」というリアクションです。

なぜなら夏油は、実力も人柄も申し分ない呪術師だったからです。五条と強者同士でつるみながらも、彼のぶっ壊れた素行をたしなめる常識を備えており、後輩にも慕われる「いいやつ」。そんな彼がガッツリ闇堕ちしているとは誰も予想だにしなかったのでしょう。

そんな夏油の「サイレント闇堕ち」は、唐突にいなくなる中堅社員っぽいなぁと感じました。

優秀で人望も厚く「この人さえいれば安泰」だと思ってたのに、だんだん顔色が悪くなって休職しちゃうとか。後輩にポロッと弱音を吐いて、周りが「なんか珍しいな」なんて思ってるうちに転職しちゃうとか。いませんでしたか、そんな先輩。

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『呪術廻戦』第78話より。上司も何だかわからんうちに去ってしまった。

その原因はどこにあるのでしょう。夏油のメンタルを追い詰めたのは、葛藤と孤独のダブルパンチだと思われます。ある事件をきっかけに呪術師のあり方に疑問を抱いた夏油ですが、その葛藤が膨らんだのは、同期の仲間たちと離れて一人で任務をこなすことになった環境の面が大きそうです。

皆は知らない 呪霊の味というモノローグが痛ましいです。

中堅社会人も同様に、人知れず辛酸を舐める機会が増えていきます。しょうもない内部調整とか。人柱みたいな仕事とか。属人化したしんどい役回りとか。

でも、その苦しみをフラットに分かち合える場は、実力があるほど減っていきます。自分も同期も優秀であるほど忙しくなり、単独行動ないしはマネジメントを求められるからです(夏油の場合は度重なる単独任務です)。

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『呪術廻戦』76話より。悶々とする夏油。

こうした状況に置かれると、気遣いができる「いいやつ」ほど周囲に相談しづらく、鬱屈とした感情が積もり積もっていくんじゃないか……と推察します。

私は、夏油にとって、裏切りのきっかけになった事件はあくまで「最後のひと押し」だったんじゃないかと解釈しています。

葛藤が孤独によって膨らんでしまう現象は、リモートワークが増えた今、けっこう起こりやすいんじゃないかと思います。サイレント闇堕ちしそうな方。精神衛生のためにも、今だけは気遣いをかなぐり捨てて、気のおけない同僚と管巻いたほうがいいです。

それはマラソンではなく全員野球なのだ

夏油の中で膨らんだ葛藤は「徒労感」という形で心を蝕んでいます。ナナミンも、同様の虚しさから一度は呪術師の道を外れていますね。

この「やってもやっても報われない感覚」もまた、悩める社会人が抱く感情なんじゃないかと思います。

自分のやってることって何のためにあるの?
いつまで走り続けなきゃいけないの?
もしかして、自分が潰れるまで一生こんな感じ?

この問いに間接的に答えているのが、主人公の自称ブラザーこと東堂葵です。五条の次世代を担う「圧倒的に優秀なプレイヤー」の東堂はまだ学生ながら、ナナミンや夏油のように悩むことはありません(なんで? タフすぎる)。

東堂は心の折れかけた主人公にこう問いかけます。

オマエは何を託された?

(この一連のバトルは本当に胸が熱くなります。ぜひ読んでほしい!)

呪術師として戦うことは、一人ぼっちで潰れるまで走り続けることではない。全員が何かを託し託されて戦っている。東堂の言葉を、私はこのように受け取りました。

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『呪術廻戦』第127話より。主人公を鼓舞する東堂。

『呪術廻戦』は、一貫して託し託される関係性が強調されています。全員が最後まで前線に立つわけではなく、途中退場のアシストや後方支援が大きな意味を持つシーンも多いのです(芥見先生がファンを公言する『ワールドトリガー』のバトルシーンも、こうした役割分担がはっきりしています)。

また、託し託されるのは具体的な貢献だけでなく、想いも含まれます。作中では全てが手遅れかもしれないのに、その場に駆けつけたい一心で行動するキャラクターも描かれます。

すると呪術師の戦いはマラソンではなく「全員野球」と言えるものかもしれません。それぞれのポジションが役割を果たし、マネージャーや監督、ベンチや客席からの声援にも、全てに意味があるのです。

会社も同じでしょう。新人がただその場にいることでさえも、誰かに何かを託し託されているのです(メンター役の若手が成長する、とかが分かりやすいですね)。

あらゆる組織は五条悟1人では良くないし、何もかもが徒労に終わることはないのです。

だからこそナナミンも呪術師の世界へと戻り、主人公たち若手を導くまでに成長したのだと思います。袂を分かった夏油でさえ、昔の仲間から真に憎まれているわけではないのですから。

『呪術廻戦』は組織ドラマとしても面白い!

というわけで、ここまで『呪術廻戦』を読んでの感想を書き連ねてみました。考えれば考えるほど「こんな人、会社にいそうだなあ」と思い浮かぶキャラクター描写が秀逸な漫画です。考察がまとまりきらない点も多々あることをご容赦ください。

もしかすると優れたバトル漫画は組織ドラマとしても面白く読めるのかもしれませんね。『キングダム』がビジネス書としてPRされた事例もありますし、『鬼滅の刃』も多くのビジネス系メディアで組織論と絡めた記事が掲載されていました。

本誌読者の方々の反応(阿鼻叫喚?)を見るに、この先の展開も色々なことが待っていそうです。いち読者として、これからも『呪術廻戦』の行方を楽しみに見届けたいです。


筆者はベンチャーで楽しく働いてます。


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