見出し画像

ザッハーの作品

 2017年に仕上がったシャンデリアは、5メートルもあって二階から一階までを突き抜けて吊られている。五千個のクリスタルは全て私が一つずつ付けた。過酷な作業もあり大変だったが、満足いくものをデリバーできた。

 最終日には百を超える作業者から一気に少数になり、最後の仕上げに没頭した。私は凍えるお店の中で朝方まで作業に掛かった。そして少し休憩し、十一時オープンのギリギリまで梯子に乗り最終チェックをした。
 (いつも最後まで梯子に乗っているのは私で、それを知っているチームは私を降ろしに来てくれる。それまでが私の真剣勝負)
 
 オープンして数時間後、オーナーから電話がかかってきた。さて取るべきかスルーすべきか。気に入らないとか、四百キロのシャンデリアが天井から落ちたとかだったらどうしよう。

「ハロー?」
「こんなに素晴らしい物になるとは想像以上だったわ、直接電話で伝えたかったの。ありがとう!」

 彼女からの電話は毎回ハラハラしたが、大抵の場合は良いお知らせだった。こちらでは敬語と普通語(タメ口)が分かれていて、彼女から普通語で話そうと誘ってくれた。これはお互いを同じ目線で見ると認め合う瞬間で、大体の場合、立場の上の人が提案する。私はウィーンのハイクラスにやっと認められたようで、天に昇る気がした。

 このプロジェクトは私にとって、人生で最も大事なものになった。ザッハーホテルはウィーンで一番高級で、ザッハートルテは世界でも有名なチョコレートケーキ。私は二度とないこの名誉なミッションに心をドキドキさせながら、精神精魂、全てを込めて挑んだ。

 打ち合わせでは、私の照明の話まで行かずに終わる事が毎度になってきて、もしかしたら私の図面はもう誰かの手に渡っていて、私なんてピッと指で飛ばされておしまいなのかとも思った。
 
 不安と期待が入り混じる、動揺と興奮の一年だったけど、ここから大きな道が開かれることになった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?