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発達障害の母にわたしの心が疲弊する理由は何の解決にもならんかった

こんにちは、やつ子です。


母の発達障害について考えてます。


今回は当事者、
主に自覚のある当事者が読むと
つらいかもしれない。


誤解を恐れずに言うと
ある意味…

自分で気が付いていないのなら
気が楽なところがあるのでは?
と思ってしまうほど

発達障害は自覚があるとつらいのだ。

私は自覚がある。
それゆえの辛さがある。


それゆえの辛さ、だよ。
自覚がない人が辛くないって
言ってるわけじゃないよ。


いやまあ母を見てると
自覚がなくても生きづらそうではあるけども。


その辺の生きづらさは私も同じで、

それプラス自分がダメなやつというのか
この社会からは受け入れづらい
特性があるんだとわかりながらも、

「じゃあ明日からなおしてきます!」
と簡単には出来ない歯がゆさがあるからだ。


そんな経験は一度や二度ではないし
もし今日が “そんな思いをした日” とかなら
今回の内容はつらいかもしれない。


あくまでも母の話。

人は人、
発達障害の困り感を客観的に見てみたい、
自分の気付きにしたい、

そう思える心の余裕がある時に
ぜひ読んでみてほしい。



こっちの心が疲弊する問題については
それでも関わりを持っていたいと思うほどの
“何か” があるかどうか
…かなと、

散々悩んできて今はそこに落ち着いている。


その “何か” は、きっと人によって違う

「好き」なのか
「大切」なのか
「尊敬」なのか
「楽しい」のか
「安心」なのか
「お金」なのか
「ステータス」なのか
「役に立つ」のか

後半になるほど妥協というか
割りきりかなとも思う。


母の事は好きとかではないからなぁ。

とはいえ役に立つかどうかという概念で
自分の母を割りきるのは、正直つらい。


「大切な家族でしょ!」とか思う人も
いるだろうけど、

うーん、まあそうなるよね。


理屈やモヤモヤ無しに
そんな感じの美しい事を言ってみたい。


いやむしろ “大切な家族” だと
思っているから
苦しいんですけどね。。。


家族なら大切にするのは当たり前!

家族なら助け合う、
欠点も補う、
嫌わない離れない、

そんな思いは
拒絶したくなるほど
常に近くにあった。


頭が変になるぐらい会話が噛み合わない。

いくら説明してもわかってくれない、それか
こっちを悪者にする。


それこそ家族だからわかってほしくて
伝える事をあきらめずに頑張った時もある。

でも虚しくなるのだ。
言い訳をしている気分になる。


こっちが罪人にでもなったような…

まるで自分が
“罪を必死に正当化しようとしてる人”
みたいに思えてくる。


これはマジで悲しいし悔しい。
わかる?わからないよね、あの感じ?


最終的には
「発達障害だからしょうがない。」


そうですよ、その通りですよ。

これで虚しくならない人いるかね。



100-0の決めつけや思い込み等が強くて
こっちの言い分をわかってくれない。
(いいぶんと読んで…言い訳なんかじゃない…)


わかってくれないというより
母は自分の何かを守るのに必死…
という感じがする。


そりゃ嫌われるよ、お母さん。
疲れるもん。

そりゃ当たり障りなく付き合われるよ、
面倒くさいもん。


以前はそんな母に
息子が似ているとこがあったので、

息子が母のようになってしまうのではないか
息子は誰にも受け入れてもらえないのではないか

と不安になった。

私の息苦しい子育ては
こういう不安から始まっている。


今は割りと心が晴れてきた
っていうのもあって、

息子はきっとみんなから受け入れてもらえる
みんなから愛される存在だ

と思えるようになった。


なぜなら私が息子を受け入れているから。



せめて父親が母を受け入れてくれてたらなぁ…

でも嫌だったんだと思う。
そりゃそうだ、娘の私も嫌なんだから。


父は母を嫌いなわけじゃなくて
しんどかったんだと思う。


父と母は離婚した。
今から6年前、私が37歳の時だ。

もういい年だったけど私はショックだった。

スッキリしない別れ方をしたから
“私はこんな奴らから生まれたのか” と
虚無感に襲われた。


私は何をやってもどうせうまくいかない。
だって所詮はろくに話し合いも出来ない
しょうもない人間の子どもだから。


両親の離婚後しばらくは
こんな風に思ってしまう日が続いた。



話がズレたし
もうよくわからなくなってきた。


家族は大切にするもの
家族とは支え合うべき

こういうのが嫌なのに
でもそこに囚われているなら

逆にそういう事なのか…?


家族とは
夫婦とは
親子とは

っていう固定観念。


次回はこの辺を考えてみようと思う。
いやはや面倒くさそうだな。


それではまた(^-^)/




私の中にあるパンドラの箱、
それは母の発達障害と向き合う事です。

長年ずっと苦しんできた事で、
自分の気持ちをごまかしてきた事でもあります。
解決策は出ないと思いますが
今の私なりの答えは出せるかもしれない…
そう思い立って箱のフタを開ける事にしました。

少しずつやっていきます。
シリーズになると思いますので
よかったら読んでみて下さい。





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