今日も、読書。 |本の海を、泳いでいく
2022.8.14-8.20
恩田陸|木漏れ日に泳ぐ魚
「ノスタルジアの魔術師」——恩田陸さんの異名である。
緻密な情景描写・心理描写により、読み手に郷愁を抱かせる。恩田さんの巧みな文章には、文字情報を映像的に読者の眼前に立ち昇らせる、不思議な力がある。
「あなたが好きな恩田陸作品は?」と聞くと、人によって答えは大きく変わるだろう。それほど、恩田さんには代表作が多い。手掛けるジャンルの幅が広いのだ。
ファンタジー、ミステリ、青春、恋愛、音楽……どのジャンルも、完成度が高い。恩田さんご自身がかなりの読書家とのことで、これまでいかに多くの本をお読みになってきたかが、作品の幅広さからも分かる。私には、『蜜蜂と遠雷』『ドミノ』『ネクロポリス』を、同じ作家が書いたとは到底信じられないのである。因みに私が好きな恩田陸作品は、『ドミノ』である。
『木漏れ日に泳ぐ魚』は、ジャンルでいうと「ミステリ/恋愛」に分類されるだろうか。
舞台はとあるアパートの一室。若い男女の「僕」と「私」が、ともに暮らしてきた部屋だ。別れの道を選んだふたりは、引っ越しを翌日に控えた最後の夜に、膝を突き合わせて語り合う。
物語は、僕と私の一人称視点が交互に入れ替わる形で進んでいく。序盤を少し読み進めていくと、どうやら単なる別れ話ではなく、互いに何らかの秘密を持ち合わせており、腹の内を探り合っていることがわかる。
鍵となるのは、過去にふたりで登った山で起きた、とある山岳ガイドの男性の転落事件。ふたりは互いに、相手がその事件の犯人だと疑っているのだ。アパートの一室という限られた空間、ぴんと張りつめた緊張感の中で、僕と私は登山の出来事を回想しながら、攻防戦を展開する。
その後に待ち受けるのは、読者を全く異なる視点へといざなう、驚きの展開の連続だ。山で起きた転落事件の真相、僕と私のふたりの関係性、そして「木漏れ日に泳ぐ魚」という美しいタイトルに込められた意味とは何か――ぜひ読んで確かめていただきたい。
個人的には、「現在=アパートの一室」と「過去=山」という、時間及び空間の対比が、計算し尽くされていると感じた。
現在のパートでは、男女が部屋の中で会話をするという、非常に限られた範囲での話が展開される。一方で過去のパートでは、舞台が大自然に囲まれた山であり、転落事件という大きな出来事が起こる。狭くて淡々とした現在と、広大で動きの大きい過去。この現在と過去が幾度も入れ替わりながら物語が進むため、読者は飽きることなく謎解きに没入していく。
現在パートと過去パート、いずれか一方が欠けていては、ここまで面白い作品にはなっていなかっただろうと感じる。恩田さんが作り出す世界の奥深さに、圧倒される思いである。
読書ラジオ、はじめました。
ずっと憧れだった、読書ラジオの配信。
何事も「やるべき時」というものがある、のだと思う。何かやりたいことがあっても、それを「やるべき時」を逃してしまうと、後戻りして実行することができなくなる。「いつかやろう」という考えは、無数に転がっている「やるべき時」を、捨て続けることと同義である。
などと偉そうなことを書いてみたが、私の人生はというと、見逃し三振の連続である。
人生は、いつ何が起こるか分からない。突然病気になったり、事故に遭ったり、仕事を失ったりする可能性もある。今当たり前にできていることが、明日にはできなくなる、といったことが起こり得る。
読書ラジオは、長らく私の「やりたいことリスト」に鎮座していた。大学生の頃から「いつかやろう」と思い続けて、気づけば社会人2年目になっていた。仕事で疲れた平日の夜、布団に寝転がってYouTubeを観ている時、もしかしたら今が「やるべき時」なんじゃないか、と思った。今を逃すと一生できなくなってしまうのではないかと、不安になった。
ずっと憧れだった、読書ラジオの配信を始めた。
出来が悪くても、三日坊主で終わってもいい。とにかく、1度やってみることが重要だと思った。ただ、ひとりでやるのは自身がなかった。この熱が冷めないうちに、高校時代の親友たちに声をかけた。2人が賛同してくれて、チームが出来上がった。
作るのは、高校時代からの友人である男3人で、読書会をしている様子を収録するだけのシンプルな番組だ。専門家でもなんでもない、ただの本好きによる、ゆるい雰囲気の読書会。隙間時間に、気軽な気持ちで聞いてもらえるような、肩肘張らない番組を目指したい。
毎回持ち回りでテーマ本を1冊選び、その本を読んだ感想や魅力について語り合う。私たち3人の読書歴や趣味はそれぞれ異なるため、三者三様の解釈があるだろう。
同じ作品を読んでも、人によって捉え方が違う。その違いを楽しんでほしい。気軽に参加できて、なんとなく読書欲が湧いてくる、そんな読書会になればいい。
番組名は、「本の海を泳ぐ」にした。友人が考えてくれた、詩的で洒落た名前である。ひと目で気に入った。
本の海は、一度きりの人生ではとても泳ぎつくせないほどに広大で、時に進むべき方向に迷い、途方に暮れてしまう。航路を見失って、孤独を感じることもあるだろう。
しかし、恐ろしい場所ではない。本の海は、どんな人も優しく受け入れ、そのゆるやかな波は、私たちを新しい地平へと連れて行ってくれる。どうか皆さんと、「本の海を泳ぐ」という番組を通じて、広大な海を一緒に泳いでいけたらと思う。
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