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#15 太宰治全部読む |戦地から還らぬすべての友に

私は、太宰治の作品を全部読むことにした。

太宰治を全部読むと、人はどのような感情を抱くのか。身をもって確かめることにした。


前回の『もの思う葦』では、処女作『晩年』から『人間失格』の頃まで、太宰の作家人生を横断する随想を読み、感慨に耽った。

15回目の今回は、『津軽通信』。津軽といえば、太宰出生の地だ。一体どのような作品なのだろうか。



太宰治|津軽通信


疎開先の津軽の生家で書き綴られた、新しい自由な時代を迎えた心の躍動が脈うつ珠玉編『津軽通信』。原稿用紙十枚前後の枠のなかで、創作技巧の限りをつくそうと試みた中期の作品群『短編集』。戦時下の諷刺小説『黄村先生言行録』シリーズ。各時期の連作作品を中心にして、それに戦後期の『未帰還の友に』『チャンス』『女神』『犯人』『酒の追憶』を加えて編集した、異色の一冊。

あらすじ


本作『津軽通信』には、太宰の後期作品、特に戦後の短編・掌編作品が収録されている。

これまであまり見られなかった”シリーズもの”短編が収められている点が、本作の特徴だ。

数ページほどの技巧的な掌編をまとめた「短編集」、黄村先生という滑稽かつ老獪な隠居人とその弟子が登場する「黄村先生言行録」、そして太平洋戦争中の疎開先の故郷・津軽で執筆した「津軽通信」という、3つのシリーズから成っている。

加えて、「未帰還の友に」をはじめとする戦後の短編がいくつか収録され、太宰の短編小説の面白さを改めて実感できる作品でもある。


シリーズ「短編集」で特に良かったのは、「デカダン抗議」という短編。

少年時代に強い憧れを抱いた芸者を、成長したのちに追いかけた、青年期のほろ苦い過去を回想する作品だ。

太宰の標榜する理想主義・ロマンチシズムの一端を、大学時代の思い出から知ることができる。それは、ドン・キホーテのような高尚な理想主義でなくとも、正真正銘の理想主義である。

けれども、私は、これを、けがらわしい思い出であるとは決して思わない。なんにも知らず、ただ一図に、僕もよごれていると、大声で叫んだその夜の私を、いつくしみたい気持さえあるのだ。

p31より引用

空襲で二度も家を焼かれ、長く還らなかった津軽に疎開し戦争の苦しみを味わう中で、昔のほろ苦い思い出に耽る様が、なんとも切ない。


もうひとつ「短編集」から、「失敗園」という作品も面白い。

奥さんが庭に作った家庭菜園の野菜や植物たちを擬人化し、戯れに会話させるというユーモアに満ちた短編だ。

太宰の空想力の豊かさと、人間(野菜?)を書き分ける力を、改めて認識させられる作品である。他の作品と並べたときの緩急が素晴らしい。


「黄村先生言行録」は、太宰のユーモアが遺憾無く発揮された、ギャグ調子のシリーズものである。黄村先生と弟子の関係性が、へっぽこホームズとワトソンのようで面白い。

太宰の中でそこまでハマらなかったのか、わずか3編で終了してしまったのが惜しい。

個人的には、最後の茶道の回がお気に入りだ。アンジャッシュのコントみたいなすれ違いの面白さがあった。


「津軽通信」の短編には、検閲の制約から解放された敗戦後の日本で、新たな表現・技巧を試みる太宰の自由さが感じられる。

一方で、やはり戦争の影響が随所に感じられるのも事実である。いずれにしても、この時代のこの瞬間にのみ生み出すことができた、貴重な作品であるように思う。


そして、本作『津軽通信』のマイベストは、「未帰還の友に」という短編である。

私はこれまでこの短編を読んだことがなかったが、晩年の『人間失格』や『ヴィヨンの妻』に見られる深い絶望や自己嫌悪に繋がるような、戦後太宰の心境を窺い知れる重要な作品だと思う。

若くして戦地へ赴いた友人が、激戦の南方島に派遣されてから、便りがない。かつて酒欲しさからその友人の恋路を妨害した罪悪感もあり、あれだけ酒好きの太宰が、「酒を辞めるかもしれぬ」と悲嘆に暮れる。

君は未だに帰還した様子も無い。帰還したら、きっと僕のところに、その知らせの手紙が君から来るだろうと思って待っているのだが、なんの音沙汰も無い。君たち全部が元気で帰還しないうちは、僕は酒を飲んでも、まるで酔えない気持である。

p210より引用

自分より若い友人が戦地で命を賭けて戦っているのに、何の役にも立たない自分は、のうのうと生きている。

そうした罪の意識が、太宰をひどく憂鬱にさせる。身を切るような告白に、胸が痛んだ。

当時の日本では、太宰に限らず、戦地から戻らない未帰還の友人・家族・恋人を待ち焦がれ、心痛を極めた人が大勢いただろう。

「未帰還の友に」は、そんな人々のすべての想いが、代弁されているような作品だった。



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