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#17 太宰治全部読む |文学のために死ぬ覚悟を決めた

私は、太宰治の作品を全部読むことにした。

太宰治を全部読むと、人はどのような感情を抱くのか。身をもって確かめることにした。


前回の『新樹の言葉』では、太宰の前期〜中期の過渡期に書かれた短編を読み、彼が自由で芸術的な作風を見出すまでの、試行錯誤の過程を追った。

17回目の今回は、『ろまん燈籠』を読む。果たしてどのような作品なのだろうか。




太宰治|ろまん燈籠


小説好きの五人兄妹が順々に書きついでいく物語のなかに、五人の性格の違いを浮き彫りにするという立体的で野心的な構成をもった『ろまん燈籠』。太平洋戦争突入の日の高揚と虚無感が交錯した心情を、夫とそれを眺める妻との両面から定着させた『新郎』『十二月八日』。日本全体が滅亡に向かってつき進んでいるなかで、曇りない目で文学と生活と戦時下の庶民の姿を見つめた16編。

あらすじ


本作『ろまん燈籠』は、前回の『新樹の言葉』に続く、1941〜1944年に執筆された短編16編を収録している。

太宰の作家人生では中期にあたり、ちょうど日中戦争・太平洋戦争が勃発し、日本が敗戦へと一直線に落ち込んでいく時期でもある。

この時期には文学に対して、国家による厳しい検閲・統制が行われていた。そうした時代背景を理解したうえで本作を読み、太宰が文章に込めた心の声を感じ取ってみたい。


戦争と、太宰

文学者にとって真に怖いのは権力による弾圧より、熱狂した庶民たちからの非難であり、孤立なのである。さらに加えて言論統制と紙などの物資不足から多くの雑誌が廃刊され統合され、出版も許可制度になり、文学者の作品を発表する舞台は狭められ、創作活動はきわめて困難になる。もちろん日常生活も苦しくなる。

p322より引用

奥野健男氏による解説にもあるように、当時の日本で作家が生き抜くためには、愛国主義に熱狂する庶民からの支持を失わないことが、何よりも肝要だった。

他の作家が戦時下で執筆の手を止める中、太宰は『お伽草紙』や『新ハムレット』など、比較的積極的に新作を発表し続けた。

そこには、日本全体が死の香りを漂わせる中で、文学に身を賭した太宰の、強い覚悟が感じられる。


逆説的ではあるが、戦争という異常事態下であったからこそ、太宰は執筆活動を続けられたのかもしれない。

平和な暮らしの中では、”普通の”人として生きられず、自己嫌悪に苛まれてしまう太宰。

しかし戦争中は、日本そのものが”普通”でない状況だった。そんな環境だったからこそ、彼は自身を保っていられた。そう思えてならない。


新郎

特に印象的だったのは、「新郎」という短編である。本作の末尾には、こう記されている。

昭和十六年十二月八日之を記せり。この朝、英米と戦端ひらくの報を聞けり。

p174より引用

真珠湾攻撃の翌日に書かれた本作は、まるで新郎のような、新鮮かつ清らかな気持ちで、戦時下の苦しい生活を見つめ直す、太宰の心情が綴られている。

本当にもう、このごろは、一日の義務は、そのまま生涯の義務だと思って厳粛に努めなければならぬ。ごまかしては、いけないのだ。好きな人には、一刻も早くいつわらぬ思いを飾らず打ちあけて置くがよい。

p171より引用


国家による検閲がある中で、太宰が本作を、どの程度まで正直に書いたのか定かではない。

だが、敗色の濃い戦争に日本が突き進む中で、一日一日の大切さを説く内容には、やがて来る日本滅亡の影が意識されているように思える。

いつかは滅亡の日が訪れるのだから、その瞬間までの限られた時間を、大切に過ごすべし——太宰はこのような心持ちで創作に打ち込み、数々の優れた小説を書いたのではないだろうか。


散華

そして、「散華」という短編も、当時の太宰の心境を窺い知るには良い作品である。

太宰宅に通って来ていた学生が召集され、戦地から手紙が届く。手紙に付された詩が回を増すごとに上達していき、戦地にありながら詩人としての才能を開花させていく友人に、日々心を痛める。

そしてとうとう友人は、アリューシャン列島のアッツ島で玉砕する。最後の手紙に記された詩はこうだ。

御元気ですか。
遠い空から御伺いします。
無事、任地に着きました。
大いなる文学のために、
死んでください。
自分も死にます、
この戦争のために。

p299より引用


『津軽通信』の「未帰還の友に」という短編にも通じるが、希望に満ちた若者が戦地で華となり散っていく様に、太宰は哀しき現実への絶望と、至らぬ自身への絶望を強めたはずだ。

きっとこの詩は、やがて太宰が自死を遂げるまで、彼の頭の中に残り続けたに違いない。これにより太宰は、国家のためなどではなく、文学のために死ぬことを、固く決意したのだと思う。


太宰にしか書けない文体

その他、表題作の「ろまん燈籠」は、グリム童話の『ラプンツェル』を題材に、太宰が最も得意とする種類の「人物の書き分け」が展開されていて面白い。

「服装に就いて」「誰」からは、初期の私小説の雰囲気が感じられ、「太宰治全部読む」を始めた一年半前のことを思い出し、感慨深かった。


これまで繰り返し書いてきたことだが、改めて。太宰の書く小説は、唯一無二の文体、性質を持っている。

最初の数行を読めば、これは太宰の作品だとすぐにわかる。これはすごいことである。現代で活躍されている作家さんを見渡してみて、同じような特質を有する方が、どれだけいらっしゃるだろうか。

さて、「太宰治全部読む」は、次回を以て、いよいよ完結となる。既に達成感が湧き上がりつつあるが、感想は次回に取っておくことにしよう。


太宰が大戦期に執筆した作品として、『惜別』もおすすめだ。

こちらもあわせてお読みいただくと、当時の太宰の心境を、もう少し推し量ることができるだろう。



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