今日も、読書。 |最近読んだ「大学生小説」2選
2022.6.26-7.2
吉田修一|横道世之介
人生のほんのわずかな期間、自分が誰かと出会ったことで、その誰かの人生の一幕に、ほんの少しだけ彩りを添える。そんなことが、あるかもしれない。
『横道世之介』は、毎日新聞で連載されていた、吉田修一さんの長編小説。2010年に柴田錬三郎賞を受賞し、同年の本屋大賞も3位にランクイン。高良健吾主演で映画化もされており、時代小説のような堅めのタイトルとは異なり、エンタメ性に富んだ青春小説だ。
大学進学を機に、初めて上京することとなった青年、横道世之介。本作は、そんな彼の大学1年生としての1年間を、ひと月ごとに追った小説だ。
ザ・大学生らしく、サークル、講義、バイト、恋愛に明け暮れる日々。バイト先から近い友人宅に図々しく入り浸ったり、サークルの合宿で友人同士が実は付き合っていたことを知ったり、なんともリアルな、誰の心の中にも存在する、等身大の大学生活が描かれている。
本作の魅力は、やはり主人公・横道世之介の人間性だろう。なんというか、絶妙な塩梅なのだ。
人に流されやすいお人好しな一面もあれば、妙に肝が据わっていたり、行動力を持っていたりする一面もある。基本的にはぼんやりしていてだらしないが、そのくせ他人想いで、優しくて、どこか憎めない。友達にいたら、なんだかんだできっと楽しくて、ついつい一緒に時間を過ごしてしまうような、そんな人間なのだ。
性格がきっちり定まっておらず、小説の登場人物として、どうなのかと思われるかもしれない。しかし、現実の人間というものは、誰しも多様な側面を有しているものだ。むしろ全く裏表のない人間の方が、不自然に感じられる。世之介のキャラクターには、そんなリアルな人間味が備わっていて、その辺りのバランスが絶妙に感じた。
もうひとつ、本作の大きな魅力といえば、所々で20年後の未来のエピソードが挿し込まれるところだ。
その挿入部は、世之介が大学1年生の期間中に関わった友人や恋人たちの、1人称視点に切り替わって描かれる。世之介と大学で出会った人たちが、その後どのような人生を歩んでいくのか、その断片が垣間見える。
人生は、うまくいくことばかりではない。時には大きな壁にぶつかり、落ち込むこともある。そんな時にふと、大学時代のほんのわずかな期間、一緒に過ごした友人との何気ない思い出が、細やかな安らぎをもたらしてくれることがある。たとえその友人が、その後の人生で会うことのない人だったとしても。
世之介が関わった人々は、どこか気の抜けた世之介との何気ない思い出に、ほんの少しだけ救われる。はっきりとは思い出せないような、くだらない思い出が、背中を押してくれる。人生は出会いと別れの繰り返しで、中には一瞬で忘れ去ってしまうような、刹那的な交流もある。でもそういう出会いも、間違いなく自分の人生の一部分で、欠かすことのできないものなのだ。不要な時間なんて、人生には存在しない。
自分も、これまで出会ってきた誰かの人生に、そんな影響を与えたりしているのだろうか。想像すると、少し恥ずかしいような、なんだか不思議な気分になる。どんな思い出が、いつどこで誰に思い出されるとも限らないから、日常のくだらないやり取りでも、今までより少しだけ、大切にしてみようかなと思った。
因みに本作のMVPは、間違いなく与謝野祥子さん、あなただ。最高に魅力的なキャラクターで、この人無しでは、『横道世之介』という作品の持つ感動は、あそこまで大きくなかっただろう。
森見登美彦|四畳半タイムマシンブルース
とにかく、楽しい読書だった。
大学時代、『夜は短し歩けよ乙女』で出会い、『聖なる怠け者の冒険』で面白さを確信し、以来、森見登美彦さんの作品は欠かさず読んできた。森見さんのユーモアセンスが光る、巧妙なキャラ設定や会話劇、目の奥に色彩が浮かんでくるような華やかな世界観が大好きだ。
特に「腐れ大学生」シリーズ(そんなシリーズ名はない)が最高で、うだつの上がらない、ナヨナヨした男子大学生が主人公の『夜も短し歩けよ乙女』や『四畳半神話体系』は、笑い転げながら読んだ。
本作『四畳半タイムマシーンブルース』も、そんな「腐れ大学生」シリーズの1作。『四畳半神話大系』で活躍したキャラクターたちが再登場し、またまた、はちゃめちゃで楽しい青春活劇を繰り広げる。
森見作品恒例の、中村佑介さんのイラストの装丁。物語に登場するアイテムや場所が、ギュッと詰め込まれた作品だ。読後に改めて装丁を眺めると、作中の色々な名シーンが蘇ってくる。
今作の肝は、何といってもタイムリープだ。私をはじめとする仲間たちは、(どういうわけか存在する)タイムマシンに乗って、8月11日と12日の、2日間を行き来する。コーラをこぼして壊れてしまったリモコンのクーラーを巡り、歴史の改変を食い止めるべく、ドタバタと奔走する。筋書きの原案は、上田誠さんの「サマータイムマシン・ブルース」という舞台。最高の設定である。
ポンコツ映画撮影、シャンプー盗難事件、そして所々で現れる、時間旅行者の影……カオスな下鴨幽水荘の珍事件に、2つの時間軸が入り乱れる。無秩序に見えて伏線回収の鮮やかさは見事で、一癖も二癖もあるキャラクターたちの会話劇も終始絶好調。そして、主人公の「私」と明石さんの、甘酸っぱい恋模様も素晴らしかった。
小さい頃、ドラえもんの映画が好きだった。毎年春になると、新作を映画館に観に行った。中でもタイムマシンによって、過去・未来と現在を行き来するストーリーの映画が好きで、序盤の現在パートで伏線が張られ、終盤に時間を超えることで謎が解けた瞬間の興奮は、何物にも代えがたかった。
本作を読んでいて、久しぶりに、小学生の頃のその感覚が味わった。とにかく楽しい読書だった。
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