今日も、読書。 |大海を泳ぐ ~魚舟と暮らす海
2022.7.3-7.9
岡嶋二人|ツァラトゥストラの翼
皆さんは、「ゲームブック」というものをご存じだろうか。
ゲームブックとは、読者の選択によって展開や結末が変わる、ゲーム型の本のこと。本の中で読者に選択肢が提示され、その選択によって、その後の展開が幾通りにも分岐する。読者の選択によって、全く異なる小説が完成するというわけだ。
岡嶋二人さんの『ツァラトゥストラの翼』は、ゲームブックの中でも有名な作品だ。「ツァラトゥストラの翼」と呼ばれる宝石を巡り強盗殺人が発生し、事件の犯人と、行方知れずの宝石の在処を推理する、本格ミステリ作品である。1986年に発表された、かなり古い作品だが、全く色褪せない魅力を有している。
紙の書籍は既に絶版になっており、電子書籍で購入した。電子書籍の場合、リンクを押せばそのページに飛んでくれるため便利だった。本作は特性上、頻繁にページを行き来するため、紙の書籍だと、すぐにボロボロになってしまいそうだ。
多くのレビューでも語られているが、難易度は非常に高い。ヒントを集めるための正しいルートを見つけるのが難しいし、本作の肝である暗号解読も、ノーヒントでは困難だった。
ノベルス版が出版された当時は、同封のハガキを編集部に送ることで解読のヒントがもらえたそうだが、ハガキが大量に届き、編集部は予想外の対応に追われたというエピソードがある。
私は犯人当ての推理が全く上手くいかず、5回挑戦したが、撃沈した。同じ人の同じ話を、何度繰り返し聞き込みしたことか。結局、攻略サイトを参照して、結末まで辿り着くことができた。
ネタバレになるため詳しくは語らないが、序盤の鍵は、権力者の力を存分に利用することだ。自分ひとりの力では及ばないところにも、権力の後ろ盾があれば、近づくことができる。頼れる時には頼る。これが社会を生きるうえでの鉄則なのだと、教えられたような気持ちだった。
上田早夕里|獣たちの海
ケン・リュウさんの『もののあはれ』を読んでから、自分の中でSFブームが到来している。特にハヤカワ文庫のSF作品をチェックしていて、本作はその中でも、表紙に惹かれて購入した作品だった。
海上民と魚舟は、人工授精技術によって、人体から同時に生まれる。海上民と血の結びつきを持った魚舟は「朋」と呼ばれ、彼らは生まれてすぐ海に放たれた後、成長した姿で再び兄弟と再会する。彼らは深く心を通わせ、船団という集団を形成し、海を渡りながら共生する。
そんな魚舟の存在が鍵となる、海の世界を舞台としたSF小説。海のSF作品って、どうしてこんなにも心が躍るのだろう。「オーシャン・クロニクルシリーズ」の一作とのことだが、本作から読んでも十分に楽しめる。馴染みのない設定だったが、短編中編の構成が巧みで、理解しやすかった。
各短編・中編について、少し中身をご紹介する。
「迷舟」は、船団を逸れた迷子の魚舟と、朋を持たない海上民との交流が描かれる。海上民の文化や生活様式、ヒトと魚舟の出産場面など、本作の根幹となる設定が語られている。導入にふさわしい短編だ。
「獣たちの海」は、船団を離れた幼い魚舟「クロ」の視点で描かれる。視点の切り替わりに一瞬驚くが、魚舟が普通の魚類とは異なり、人間と同じ知性を持つ生物であることや、生まれた船団への帰巣本能を持つことなど、海上民の視点からでは見えない部分が明らかになる。
「老人と人魚」では、「大異変」という災害を間近に控え、海上での生活が脅かされている状況になっている。大異変とは、地球全体に寒冷化が起こり、海もろとも凍りついてしまうという現象。陸上民がこさえた海上都市への移住を拒み、海に残る選択をした海上民の老人と、大異変後もヒトの種を残すために人工的に作り出された、「ルーシィ」と呼ばれる生物の物語だ。
ふたりは血の繋がった兄弟のように、ひとときも離れず海を旅する。ルーシィは人語を話さないが、老人とルーシィの間には、友情や恋に近い結束が生まれる。
最後の中編「カレイドスコープ・キッス」は、それまでの短編で読者は本作の設定を理解しているため、最大限に楽しめるようになっている。
陸上民が作り上げた海上都市「マルガリータ・コリエ」で暮らす海上民のメイと、「レオー」と名付けられたアシスタント知性体との交流から、物語は始まる。AIのように対話を通して賢くなる、腕輪型装置。陸上民の文化が入ってくることで、近未来的なSF要素が加わる。ふたりは息の合ったバディとして、人生の問題に立ち向かっていく。
カレイドスコープとは、万華鏡のことだ。人や魚舟が、政治的な都合や自然界の理に振り回される様を、万華鏡を回した時に景色が切り替わる様子に例えているのだろう。
メイは、物心ついた時から海上都市で暮らしているため、海上民としての暮らしはほとんど記憶に残っていない。成人後、「リンカー」という陸上民と海上民の橋渡し役となる仕事に就いたことで、忘れていた海上民の文化に触れるようになる。
大異変を間近に控え、「ラブカ」と呼ばれる海上民の急進派と、海上都市側の思惑が衝突する情勢下、とある船団のオサ・ナテワナと、メイは出会う。ナテワナとの交流を通して、メイは記憶の奥に閉ざされていた海上民としての生活に触れ、上層部の政治的駆け引きの中に、身を投じていく——。
まるで500ページ超の大長編を読んでいるかのような、物語の広がりに驚く。民族間の対立は溝が深く、難しいの一言では片づけられないほど複雑だ。
しかし本作を読んでいると、民族対立を繋ぎ止めるひとつの解決策は、民族という仮想の枠組みを取り払った、個人間の愛情だということが、感じられる。
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