僕は受け皿から玉をひとつかみして、あげるよ、そんな真似するなよ、といった。するとあんちゃんは、人からは貰わないことにしているんだよ、と首を振った。 2020/08/18

 早起きして、本を読んで、ランニングして、シャワーを浴びて洗濯をして、朝食を作った。完璧な朝だが、そんな日ほど事件は起きる訳で、会議の合間に急いで昼食を作り、また次の会議をしていたら、長女が開けたての牛乳パックを横倒しにして、見事に次女がそれを浴びるという大惨事が出来した。

 「出来」は「シュッタイ」と読んで物事が起きることを意味するのだけど、まぁ日常的には使わない言葉なのだけど、中学だか高校だかで、気に食わない体育教師に反省文を書かされたときに級友がどうせ書くならあいつに読めないような漢字使いまくって書いてみたと言っていたその反省文の出だしが「過日の出来に関して」だったことを思い出した、というか、その日から僕にとって「出来」という漢字はなんというかユーモラスで、ファミリアーな存在なのであるが、なんで突然英語使ったのかはよくわからない。

 佐藤泰志の4冊目は『移動動物園』だ。一人の作家の作品を順を追っていくというのは通底するテーマと、変わっていく部分を肌で感じることができて面白い。お酒の味の違いも、続けて飲み比べればわかるけれど、間が開くとわかりづらいように、連続して比べると微差に気がつきやすい気がする。『移動動物園』は短編集なのだけど、生理的な嫌悪感を感じるようなシーンが際立っていて読んでいて思わず顔をしかめた。

 達夫は空になった流しにまたがると、栗鼠を閉じこめ袋を両手で頭のうえにさしあげた。ぶらさげていたよりも栗鼠はもっと激しく動き、すると今度はその動きは華から腕を伝って肩にまで届くようだった。息を大きく吸いこむと、達夫はまだ濡れて黒ずんでいるコンクリートの表面に声をだして叩きつけた。骨の砕ける音が四角い箱形のコンクリートから立ちのぼってきて、袋は動かなくなった。
佐藤泰志『移動動物園』P.88

 これは皮膚病になったリスを赤チンぬって治療していたのに園長から殺せと言われて殺すシーンなのだけど、なんとも後味が悪いというか、生理的な嫌悪感を感じるすごい文章。とにかくうわぁああ、嫌だなぁ、、と思ったのだけど、続いて「空の青み」という短編では、詰まったトイレの掃除をする。

 一度、深呼吸した。それから便器の水溜りに思いきって手を突っこんだ。その途端、アフィフィ夫人が短い驚きの叫び声をあげた。綱男は顔がいびつになるのを感した。僕は二十二になったばかりです、こんなことをするのははじめてだ、田舎のお袋が見たらなんていうかな、といいながら、底の排水 口まで手を伸ばした。水があやうく綿シャツを濡らしかける。片手で便器にしがみついて、もういっぽうで排水口の奥をまさぐって行った。柔かい汚物が指に粘りついてくる。 こんちくしょう、と網男は喚いた。溶けかけたトイレット・ベーパーが指に格まった。他に何かつまっていないか奥歯を噛みながら探った。
佐藤泰志『移動動物園』P.147

 これもちょっと、うわぁ、と嫌悪感を催すのだけど、鮮烈な印象を残すシーン。

 あんちゃんは店の端から順番に椅子の下や人の足元をのぞきこんでは、落ち玉を見つけると平気で這いつくばるようにして玉を拾っていた。僕の所へきた。左右の靴のあいだに玉が二個転っていた。あんちゃんは屈んで、僕の片足をつかんで広げると玉を拾った。ふたつ齢うえのその二十七の青年が、拾ってうれしそうに顔をあげたとき、僕は受け皿から玉をひとつかみして、あげるよ、そんな真似するなよ、といった。するとあんちゃんは、人からは貰わないことにしているんだよ、と首を振った。
佐藤泰志『移動動物園』P.214 - P.215

 小さい頃、父親に連れられてパチンコに行ったことがあるそうなのだが、熱心に落ちている玉を探して拾っていたらしく、父親は恥ずかしい思いをしたそうだ、と言っていたのを思い出す。自分の記憶にはない、親に語られることで知る幼年期の記憶。


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