自分の身体に起きた変化を自らの言葉で伝えたい。第64回日本神経学会学術大会で、脳性麻痺の患者さんがポスター発表を行いました
2023年6月に開かれた第64回日本神経学会学術大会で、mediVRリハビリテーションセンターの患者さんがポスター発表を行いました。医学系の学会で、医療従事者や研究者ではなく患者さんがご自身のことを発表するというのは前例がないと言っても過言ではない珍しい取り組みだと考えられます。発表者のひとり、脳性麻痺患者の安江誠生さんにお話を伺いました。
リハビリによって身体に余計な力が入らなくなり、疲れにくくなった
まずは安江さんのお身体の状態とリハビリによる変化をご紹介しましょう。出生時に脳性麻痺と診断された安江さんは2歳からリハビリを始め、筋延長術も複数回受けてきましたが、痙縮が強くうまく身体を動かせない状態が続いていました。内反尖足もあり、歩行の際には杖を使用しています。
そんな安江さんがmediVRカグラリハビリテーションセンター大阪に通いはじめたのは、2022年5月からです。
2週間に1度、1回20〜30分のリハビリを計16回行ったところ、8か月で以下のような変化が表れました。
<リハビリ時の動作>
・リーチングを行う際の「肩甲骨挙上」「頸部側屈」「左足部内反」などの代償動作が軽減
<下肢の関節可動域>
・Straight Leg Raising(SLR)テスト(仰向けに寝て足を伸ばしたまま持ち上げ、床面からの角度を測るテスト)は右20度/左15度が8か月後には右50度/左50度に向上
<上肢操作性>
・Box and Block Test(BBT)(60秒間で移動したブロックの数を測定するテスト)は右33個/左27個が8か月後には右56個/左48個に向上
<歩行>
・すり足や立脚時のふらつきが軽減し、自覚的な歩きやすさが向上
<日常生活>
・3回目のリハビリ後、手すりを使わず電車の乗り降りが可能に
・16回目のリハビリ後、タイピング速度が向上し午後までかかっていた仕事が午前中で終わるように
患者にしか伝えられないことがある
前向きにリハビリに取り組む安江さんに、mediVR代表の原が「学会で発表しませんか?」とお声掛けしたのは2022年11月のこと。安江さんはそのときどう思ったのでしょうか。
発表内容はmediVRの理学療法士・作業療法士と安江さんで相談しながら練っていきました。ただ、発表当日は夕方から台風の予報。もともと学会後は会場付近に宿泊していただく予定だったものの、会場に来るまでに何かあっては大変なので「無理をしないでください」とお伝えしたのですが、安江さんは朝6時に家を出て名古屋から幕張まで駆けつけてくださいました。
発表の際は、ご自身の病気のこと、mediVRカグラによるVRリハビリの介入方法と体がよくなっていく経過、結果と考察をわかりやすく説明し、座長からの「上肢の訓練で歩行が改善された理由は?」という質問にも「余計な力が抜けることで全身が動きやすくなったのだと考えています」としっかりと回答されていて、とても頼もしかったです。
「患者主体の医療」のその先へ
今回の学会では、2020年10月に脳卒中を発症して右片麻痺が残り、mediVRカグラでVRリハビリを続けている井鍋安弘さんも「自分が発表することで同じ境遇の人の役に立てたら」と発表してくださいました(井鍋さんのインタビュー記事はこちら)。
また、「患者さんのご家族」として、脳性麻痺のお子さんがいる鎌込江理さんにも登壇してもらいました。鎌込さんのお子さんは生まれてから11年間装具なしでは自力歩行ができませんでしたが、リハビリを開始してから半年後の卒業式では装具なしの杖歩行で卒業証書を受け取ることができました。そうした変化に感銘を受けた鎌込さんはmediVRに転職。現在はmediVRリハビリテーションセンター東京で管理事務の仕事を担ってくれています。
今回のように医学系の学会、それも年次総会で患者さんが発表することは前例がほぼなかったのではないかと考えられので、批判や反発の声が挙がることも予想していましたが、医師やセラピストのみなさんからは「一番情報を持っているのは患者さん自身。新しい当たり前への一歩ですね」といった好意的な反応が多数寄せられ嬉しく思いました。
かつて、医療の現場では「医師が治療方針を決め、患者は医療の受け手としてそれに従う」ことが一般的であったと言われていますが、1990年頃からインフォームド・コンセントという概念が広まりはじめ、患者さんやご家族が治療内容や選択肢について十分な説明を受けた上で意思決定を行うことが尊重されるようになりました。近年では、医学研究への患者・市民参画(Patient and Public Involvement, PPI)にも関心が高まっています。
こうしたなか、患者さんが自分自身に起きた変化を客観的に捉え、その機序や意義を考察し、世の中に発表するという今回の取り組みは、「患者主体の医療」を一歩先へ進めるものだと考えています。発表の機会を前向きに捉え、意欲的に取り組んでくださったみなさんの姿を見て、私たちも「医療の主役は医師やセラピストではなく患者である」ということを改めて強く実感しました。安江さん、井鍋さん、鎌込さん、ありがとうございました!
mediVRは今後も、医療業界の常識にとらわれず自分たちが大事だと思うことを形にしていきたいと思います。