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脳卒中後、右片麻痺からの回復。「2年使うことになる」と言われていた短下肢装具を、わずか1か月のリハビリで外すことができた

「変わってしまった自分の身体を見て、最初は絶望して自ら命を絶つことすら考えました。でも、最近ではリハビリに向かう電車の中、窓に映る自分の姿が愛おしく思えるようになってきたんですよ」。

静岡と大阪で会社を経営する井鍋安弘さんは、2020年10月に脳卒中を発症し、後遺症として右片麻痺が残りました。右足を補助する短下肢装具(※金属支柱付きAFO)を作ったときは医師から「2年は使うことになる」と言われたそうですが、mediVRリハビリテーションセンターに通いはじめてから約1か月で不要に。バスタブをまたげるようになり、腕も顔まで上がるようになるなど、劇的な改善を見せています。

「病を天からのギフトだとは、まだ思えません。でも、脳卒中になったおかげで気づけたこともたくさんあったし、夢が増えてしまいました」——そう話す井鍋さんに、脳卒中後の歩みとこれからの目標を伺いました。

井鍋安弘(いなべ・やすひろ)さん  静岡県藤枝市でふとん職人の息子として生まれ、家業を継承。睡眠と寝具について研究を重ね、“日本一の眠り馬鹿”と呼ばれる。藤枝市で寝具専門店「わたしの眠りいなべ」、大阪市で総合商社「NIPPON LIFE STYLE」を経営。2022年1月、脳卒中の経験から株式会社BETTER EARTHを設立。

バーチャルなのに、すごく人間くさいリハビリ

———脳卒中を発症した当時のことを教えてください。

忘れもしない、2020年10月20日のことです。大阪と藤枝を行き来する日々が続き、働きすぎでオーバーヒートしてしまったのでしょう。左の脳が出血し、1ヶ月間大阪の急性期病院に入院した後、地元藤枝の回復期リハビリテーション病院に移ったのですが、人生で一番のどん底を経験しました。それまで心身ともに健康で入院なんてしたことがなかったので、鏡に映る変わってしまった自分の姿が惨めに思えて仕方なく、自ら命を絶つことすら考えたほどです。ずっと快適な眠りを研究してきた“眠り馬鹿”だったのに、このときばかりは不安が重なって眠れませんでした。

———つらい想いをされたのですね。発症直後、お身体はどんな状態だったのですか?

急性期病院にいる頃は車いすで、右半身はまったく動かせませんでした。回復期リハビリテーション病院にいる頃も杖なしでは歩行できず、退院後少しずつ短下肢装具(※金属支柱付きAFO)で歩けるようになってきました。

———mediVRのことはどういった経緯で知ったのですか?

退院後は一年半ほど促通反復療法のリハビリに通っていて、周囲からは良くなっていると言ってもらえていたものの、自分で実感できるレベルではなかったんです。「自分に合ったリハビリが絶対にあるはずだ、あきらめたくない」と必死に調べるなかで、原先生が出演していたYouTubeにたどり着きました。動画の中で原先生が「ゴリゴリ治します」とおっしゃっていて、おもしろい先生だなと。サイトを見たら大阪の会社近くにリハビリテーションセンターがあったので、藤枝のスタッフに「しばらく店を空けてもいいかな」と相談して通うことにしました。

————最初にリハビリを体験されたときはどんな感想を抱かれましたか?

VRを使ったリハビリということで、最初は自分ひとりでリハビリに取り組むのかなと想像していました。でも、うまく的に触れられると先生たちが「そうそう、最高です!」と合いの手を入れてくれるんですよね。バーチャルなのにすごく人間くさくて、チームで行うリハビリなんだな、これだったら続けられるな、と思いました。

———どれくらいのペースで通われていますか?

2022年8月から、月に10〜13回ほど通っています。一週間ほど出張があるとその間は空いてしまいますが、だいたい3日に1回のペースですね。

お気に入りの靴をまた履くことができた

———2か月mediVRカグラでリハビリをして、お身体に変化はありましたか?

まず、全然上がらなかった右腕が顔の近くまで届くようになりました。劇的に変わったのは足です。私は靴が大好きで、倒れる前にAllbirdsというブランドのシューズを10足買っていたんです。サトウキビやユーカリなどの天然素材を使ったサステナブルなブランドで、これからはそういうもののほうがかっこいいな、と。

でも、短下肢装具をつけると一回り大きなサイズの靴ではないと入りません。「2年間は短下肢装具を使うことになる」と言われ、もうがっくりしてしまって。それが、カグラを始めて1か月で短下肢装具を外すことができたんです。いまもオルトップという軽い装具はつけていますが、これは見た目からはわかりませんし、何よりお気に入りの靴をまた履けることがうれしくて。履いたときは本当にテンションが上がりました。

とてもおしゃれな井鍋さん。この日もAllbirdsの靴を履いていました

———歩きやすさも変わりましたか?

劇的に歩きやすくなりました。出張が多いので月に7日ほどビジネスホテルに泊まるのですが、バスタブをまたぐことができないのでこれまでは大浴場を使っていたんです。でも、この前ためしに部屋のお風呂に入ってみたら、自力で右足を上げてバスタブに入ることができたんですよ。「うわーすごい!」と思って、誰かを呼んで見せたくなってしまったほどです(笑)。これまであたりまえにできていたことを取り戻せるというのは、めちゃくちゃうれしいことですね。

また、先日松山に行く機会があり羽田から飛行機に乗ったんです。自然と足が外に向いてしまうので狭い通路を歩くのは難しいと思っていたのですが、ゆっくりとなら問題なく歩くことができました。感激屋なので思わず涙がこぼれてしまい、客室乗務員さんに心配されてしまって(笑)。来年は海外出張の予定があるのですが、この分なら大丈夫そうです。

———暮らしの中で変化を実感できているのですね。

言葉も流暢に話せるようになりました。以前は口周りの感覚がなく、しびれたような感じがあって喋りにくかったんです。食事のときも口内の肉を噛んでしまっていました。それが、肩周りの筋肉の緊張が取れて顔周りにも影響が出たのか、随分動くようになって。ごはんもおいしく食べられるようになりました。

———何がよかったのだと思いますか?

なんでしょうね。原先生はじめ、セラピストのみなさんとの信頼関係があることも大きいかもしれません。信じてがんばろうと思えるんです。自分の身体が少しずつ良くなっていくことも楽しみだけど、陽気なみなさんとお話することも楽しみなんですよ。メンタルのリハビリになっています。リハビリに向かう電車の中、窓に映る自分の姿が愛おしく思えるようになってきました。

———mediVRリハビリテーションセンターでは、あらかじめ決めたステップを達成するごとにお支払いいただく成果報酬システムを取っています。いまはどのステップですか?

先日「右手を肩まで上げる」というステップを達成したところで、次は「右手で顔を触れるようになる」です。最後の目標は「目の前にあるペットボトルを右手で掴む」に設定しています。お店で枕を買ってくれたお客様に、両手でお渡ししたいんです。それができたら、きっと泣いちゃうでしょうね。

藤枝市にある「わたしの眠りいなべ」の店内

自分と同じような境遇の人に、勇気を与えられたら

———長期的な目標はありますか?

2025年、還暦になったときに僕の第二の人生が始まると思っています。野球では5回裏の後にグラウンド整備が入るでしょう。2020年に大病をして、5年間グラウンド整備の期間が続いて、2025年から6回表が始まる。そんなイメージを描いているんです。それで、2025年にホノルルマラソンに出ようと決めました。ホノルルマラソンって、時間に制限がないんですよ。ゴールまで何日かかってもいいんです。そのときまでに装具を完全に外して、自分の靴で、ゆっくりでいいから走り抜きたいですね。

また、自転車に乗って静岡の茶畑を走るという夢もあります。右片麻痺になった私が自転車に乗れたら、同じような境遇の人に勇気を与えられるのではないかと思うんですよ。

———実現したら、mediVRのスタッフもみんな泣いてしまうと思います。

夢はまだまだありますよ。自分がハンディキャッパーになってから、それまで見向きもしてこなかった弱者に目が行くようになりました。僕自身はたくさんの人達が支えてくれたおかげで立ち上がることができたけど、家で悶々とされている方も多いのではないでしょうか。そうした方々が前向きになれる事業を始めたいと思い、今年1月にBETTER EARTHという会社を設立しました。

僕が退院したとき、最初に社員に頼んで連れて行ってもらったのが御前崎でした。潮の香りを嗅ぎたくなったんです。太陽の光や潮風を感じ、心がふっと軽くなるのを感じました。この経験から、リハビリも自然の息吹を感じながら取り組むとより心身にいい影響があるのではと仮説を持つようになりました。そこで、御前崎にリハビリとバケーションを組み合わせた「リハビリケーション」ができる施設を作りたいと考えているんです。mediVRカグラを使ったリハビリもできるといいですね。不登校の生徒や不眠症の方も受け入れて、心身を癒す場所にしたいと構想を練っています。

病に感謝する境地にはまだ至っていないけど、健常者のままだったら、BETTER EARTHという会社をつくることはなかったでしょう。それまで周りを見ず突っ走ってきたけど、病になってブレーキがかかったことで、人生を振り返り、「自分は何のために生きてきたんだろう」「本当の幸せって何だろう」と考えることになりました。その結果、夢が増えちゃったんです。苦難は、自分を変えて周りの人を幸せにするチャンスになるんですね。

大病を通して考えたことや気持ちの変化を綴ったコラム。心配する友人たちに送っていたそう

———最後に、同じように後遺症に悩んでいる方へのメッセージをお願いします。

私は発症して2年が経っていますが、5年経っている人も10年経っている人も、誰にでも可能性があるんじゃないかと思います。これまで一般的なリハビリで効果が見られなかった方に「こんなリハビリもあるんだよ」と教えたいと思い、今回実名と顔出しでインタビューを受けさせていただきました。僕と同じ境遇の人が、カグラを知らなかったら可哀想でしょう。これも僕のひとつのミッションだと思っているんです。あきらめかけている人に、「あきらめちゃいけませんよ」とお伝えしたいです。

■株式会社mediVR
HP:https://www.medivr.jp/
リハビリセンター:https://www.medivr.jp/rehacenter/
Facebook:https://www.facebook.com/mediVR.media
instagram:https://www.instagram.com/medivr.jp/

(撮影:石川望 取材・文:飛田恵美子


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